完成は目前!?
「ねぇ、何しているの?」
ガリルたちがなぜか、地面に深い溝を迷路のように掘っていた。
「これか?北でよく使われている地中暖ってやつぜ」
「地中暖?」
言葉からなんとなく意味は理解できるけど、
「暖炉で温めた熱気を地中を這わせて温めるってやつぜ」
あぁ、やっぱり床暖房的なやつね。
「でも、なんで大衆浴場にそれをしているの?
大広間には暖炉を設置する予定のはずよ」
「それはジーノに聞いてくれぜ」
話を振られたジーノが後ろから続きを話してきた。
「大広間に暖炉を置くのはいいけどな、
コークスを焚べたりするのに人を置くのは無駄じゃろ」
言われてみたらそうだ。
焚べるだけならいいけど、大広間内にコークスをある程度保管する場所も必要になる。
「それなら、湯を沸かした熱気で温めたほうがコークスの使用も減らせて、
人手も無駄にならんじゃろ」
「そこまで考えてくれたんなんて」
「使えるものはとことん使う、それがここで生きていくのに必要なことじゃ」
本当に彼らには頭が上がらないわ。
少しでも良いものをやってくれるのは、
本当に助かる。
まぁ、やる前に相談をしてほしいって言うのはあるけど、
そういうのは追々で良いかと心に留めていると、
「それで相談なんじゃが⋯⋯」
ジーノが意味深に小さい声を掛けてきた。
「なにか問題?」
「いや⋯⋯」
ジーノには珍しく、なぜかモジモジして続きを言おうとはしない。
「はっきり言わないなら、ダメよ」
「あーもう!、寝る場所を作っていいか?」
「⋯⋯寝る場所?」
突拍子もないことを言われると思って身構えていたけど、
思いの外普通の話で、逆に面を喰らってしまった。
「大広間の横に、数人が寝れる部屋を作りたいんじゃ」
「作ればいいじゃない」
私が真顔で返事をすると、ジーノもなぜか真顔で、
「いいのか?」
「大広間だと煩いから寝れないって話でしょ」
「そうじゃ、それにワシのように独り身のやつは、
家に帰って火を起こすよりもさっさと寝たいんじゃ」
「ちゃんと理由があるなら良いわよ。いくら必要なの?」
「10万ほどあれば、2段ベッドで16人は寝れると思う」
「そのくらいなら全然大丈夫よ」
そう言うと、ジーノの顔が明るくなってガリルや大工たちにガッツポーズを向けていた。
「ただし!あなた達で独占しないようにね!」
とりあえず、彼らに釘を刺しておく。
入り浸ってくれるのは一向に構わないけど、
みんながちゃんと共有できないなら意味がない。
「それで、完成するのはどのくらい掛かりそう?」
「そうじゃな⋯⋯今の具合だと3週間ってところじゃな」
「それは21日後ってことでいいの?」
私はジーノに顔を近づけて、最終確認をする。
「なんじゃ、珍しくケツを気にするんじゃな」
「こっちも準備することがあるから」
それを聞いたジーノは目を閉じて唸りだした。
「⋯⋯23日後じゃ」
「約束できる?」
「おうよ!死んでも23日後までに完成してやる!」
私はそれを聞いて屋敷へと走り出した。
そして振り返って、
「約束を破ったら針千本だからね」
ジーノに、約束を破ったときのペナルティを叫んだ。
ジーノと約束を交わして、私は女将の店に居た。
「女将さん、お願いがあるんだけど」
「おう、なんだい!?」
大きいフライパンらしき物を振りながら私の話を聞いてくれている。
「11月15日にね。うちの領地でみんなが入れるお風呂が完成するんだけど、
それと一緒にちょっとしたお祭りをしたくて、女将さんの料理を振る舞ってほしいの」
「嬢ちゃんの領地で料理してほしいってことかい?」
女将の問いに頷いて返すと、
「でもあんたのところには、腕の良い料理人が居るだろ?」
「当然マァムにも作ってもらうけど、多分彼女たちだけじゃ回らないと思うのよ」
「そういうことかい」
多分マァムたちならお願いすればやりきってくれると思う。
だけど、それじゃ意味がない。
マァムたちも出来れば一緒にお祭りに参加してほしい。
「15日ね⋯⋯」
あまり芳しくない声色が返ってきた。
「もし無理なら、ここで作って運ぶという形でも」
代替案を私は提示したつもりが、
女将の目が険しく私を睨んできた。
「そんな冷めた料理を食わせられないよ」
「⋯⋯そうですか」
肩を落とすと、アシュが手を添えてくれた。
「なんだ?私が断ると思っているのかい?」
「え?」
どう考えてもさっきの声は無理だって言っていたわよ。
「食材の注文とか間に合うかと、ただ考えただけだから」
そう言って女将は笑った。
「それじゃ⋯⋯」
「あぁいいよ。15日に嬢ちゃんの所で料理を振る舞ってやるよ」
「ありがとうございます。食材とか費用に関しては――」
「あたいたちも風呂に入らせてくれればいいさね」
女将の言葉に、他の従業員も笑顔で返してきた。
「本当にそんなのでいいの?」
「馬鹿言うんじゃないよ。風呂なんてそうそう入れるもんじゃないさ」
これで料理の手配はクリアできた。
後はお酒をと考えていると、お店の扉が開いたと同時にみんなが息を呑んだ。
それを感じて振り返るとそこには、
「酒場の前に、見慣れた荷馬車が止まっているから寄ってみたけど――」
真っ赤なドレスを身にまとったアリーシアが居た。
「あんたがここに来るなんてね」
嫌味のように女将がアリーシアに話しかけると、
「私が酒場に来ると、逆に店に迷惑になるから来ないだけで、
私は結構酒場は好きよ」
アリーシアが隣の席に座る。
彼女が座っただけで、甘い香りが漂ってきた。
「リズ。聞いた話なんだけど、あなた面白いことをしているそうね」
「どれのことでしょうか?」
アリーシアの顔を見れない。
見たらダメだと、なぜか私の生存本能が警報を鳴らし続けている。
「バリス領で、風呂を作ったって聞いたけど?」
「あんた!バリス領にも作ってるのかい?」
アリーシアの問いに、女将が反応した。
「にも?」
「バリス領のは試作で作っただけですよ」
私は正面を向いたまま、引きつった顔で説明した。
「じゃ、本番は?」
「えーと⋯⋯ヴェルデンです」
別にアリーシアに隠したいわけではないんだけど、
根拠のない不安が込み上げてくる。
「それはもう出来ているのかしら?」
ちょっとおかしくない?
尋問されているような気がするのは私だけ?
「えーと、11月15日に完成する予定です」
「そう⋯⋯」
こちらを覗き込んでいたアリーシアが正面を向き直して、
「シードル貰えるかしら」
危機的状況は脱したと思い息を吐くと、
「当然、招待してもらえるのよね?」
完全なる不意打ちをもらってしまった。
「いやあの⋯⋯みんなで入るようなお風呂ですから――」
「私は、呼んでもらえないの?」
さっきまでの圧のある声ではなく、
すこし寂しさを含んだ声で問いかけてきた。
「10人とかで入るお風呂ですけど、良いんですか?」
「お風呂に入れるのなら文句は言わないわよ」
「それなら⋯⋯」
きっとこうやって、数多の男たちを誘惑して手玉に取ってきたのだろう。
「招待状はあとでちゃんと送ってね」
「⋯⋯はい」
アリーシアは出されたシードルを一口で飲み干すと、
「当日はうちの子も連れて行くから、楽しみにしていてね」
言い残して席を立っていった。
考えていた最悪がこれよ。
バンズたちがアリーシアの店に行った時を思い出し、
ヴェルデンの男たちが、夜の蝶たちを見て誘惑されないかが問題なのよ。
誘惑されるだけならまだいい。
沼にハマって帰ってこれなくなるのが大問題。
「営業はするなってしっかりと釘を刺しておきなよ」
「はい」
アリーシアが来るなら、ユルガ夫人にも招待しないと後々まずくなるわね。
待ち遠しかった11月15日が、
なぜか急に重苦しく感じはじめてしまった。
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