最高の入浴のために必要なもの
「本当に、お待たせしました」
ギルが私やお父様とお母様にジーノを集め、
とある一室の前で謝りながらも自信に満ちた顔を浮かべていた。
「ワシなら、5日もありゃすぐだったんじゃがな」
「黙ってなさい」
ジーノの小言に私は肘で小突いてストップをかける。
「それでは、中を見てください」
ギルによって扉が開けられ、
「すごいわ」
感嘆な声を出してお母様が中へ、
続いてお父様が入っていった。
2人の後ろから部屋を見ると、
光が差し込み、明るいベージュ色が壁を染めている。
あの時の悲惨な部屋は見る影も無くなっていた。
「こんな素敵な部屋をギルもリズもありがとう」
そう言ってお母様はギルと手を握り、
私を抱きしめてくれた。
「ベッドも棚もギルが作ったのか?」
お父様の問いにギルが背筋を伸ばし直して、
「はい!領主様と奥様に満足して頂けるように、
試行錯誤しながら作らせていただきました」
「そうか⋯⋯」
素っ気ない返事に心配になってギルの顔を覗くと、
案の定、青ざめかけていた。
どう声を掛けようか言葉を探している間も、
お父様は棚とベッドを吟味してる。
「お父様――」
一歩踏み出しギルを労って欲しいと言いかけた時、
「人が触れる部分の角が取られて、
仕上げが丁寧で手触りが滑らかだ。本当にいい仕事をしてくれた」
「あ、ありがとうございます!」
お父様の言葉を聞くやいなやものすごい勢いで頭を下げるギル。
「それでリズは何を言いかけた?」
「うんうん、気にしないでください」
首を振って、私が気を利かせなくてもお父様はしっかりと、
ギルの仕事を認めてくれた。
「ジーノも良い後継者が出来て良かったな」
「ワシャまだまだ現役じゃ!」
拗ねたように顔を背けたが、
確かにジーノの顔は微笑んでいた。
「じゃ私からもプレゼントね。アシュお願い」
部屋の外で待つアシュが布団を抱えて入ってきた。
「これから冬ですから、羊の毛をいっぱい詰めた布団を用意しました」
「なんて贅沢なのかしら」
「部屋を直してもらって布団までも」
困惑するお父様たちだけど、
「ギルが良い寝室に仕上げてくれたから、
良い布団で寝てもらいたいと思うのは普通ですよ」
「リズ様⋯⋯」
おい、泣くな泣くな。
こっちを向いたギルの目にはいつ溢れてもおかしくない涙が溜まっていた。
「今日は早く寝ないといけないわね」
お母様がお父様の方を見つめて問いかけると、
お父様が腰に手を回し軽く引き寄せ、
「そうだな」
一言だけ口にすると、お母様の顔が真っ赤になって手で顔を隠してしまった。
「そういうのは、2人のときにやってくれ」
ジーノの言葉に、寝室にいたみんなが笑い出した。
寝室のお披露目会が終わった後ガリルに会うため、
ジーノたちと一緒に大衆浴場予定地に向かった。
「嬢ちゃんよ、村で最高の入浴がどうのとか言っていたが、
あれはなんじゃ?」
「グリオたちの汚れ具合を見るとお湯に浸かるだけじゃ取れないのよ。
だから石けんを作ろうと思うの」
「石けんならあいつらも持っているじゃろ」
「それって動物の油と灰汁で作ったやつでしょ?
あれって泡立たないし臭いし、洗った後カサつくのよね」
「何贅沢なことを言っているんじゃ」
「その贅沢が出来るから、最高の入浴になるのよ」
「へいへい」
力説する私を冷めた目でジーノが見てくるけど、
そうこれは、グリオたちのためでもあり私のためでもあるのだ。
お風呂へのこだわりを舐めてもらったら困るわ。
大衆浴場予定地に行くと、ガリルが大工たちに指示を出していた。
「何をしているの?」
「うんな?開墾で切った木の皮を剥いて、来年使えるようにしたいたぜ」
「使えるものはどんどん使っていかないとね」
「それぜ、どうしたぜ?」
ガリルに明日一緒に村に付いてきてほしいことを伝える。
やっぱりメモだけじゃ心許ないのと、
ガリルにも村の浴場を見ておいてほしかったからだ。
「こっちも開墾が終わったから問題ないぜ」
「それとね。石けんを作りたいから手伝って」
「なんか前に言っていたぜ」
前にひまわり油を取り始めたときに言っていたことを
ちゃんと覚えていてくれたなんて。
「でも、なんで今ぜ?」
「そりゃ⋯⋯お風呂が出来るからよ」
これまでも何度か作ろうかと思ったけど、
どうしても石けん単体で売り出すには弱すぎて断念していた。
でも今なら、大衆浴場が出来て利用する他領の客に売り込めば、
それなりに売れると思う。
「嬢ちゃんが作るってことは、ただの石けんじゃないぜ?」
「当然よ。泡立ち良し、香り良し、肌スベスベを目指すわ」
「そんなすげぇやつの作り方を知ってるぜ?」
「結構簡単よ」
そう言って、食堂へと向かうことにした。
「マァム、悪いんだけどちょっと調理場と脂を借りてもいいかしら?」
「大丈夫ですよ」
受付で休憩しているマァムたちに声を掛けて、
そのまま調理場へと入っていく。
「あ!鍋を持ってくるの忘れた」
鍋はいくつも並んでいたが、料理に使っている鍋を使うのは忍びなく、
屋敷の使わない鍋を取りに行こうかと調理場を出ようとしたら、
「リズ様、石けんで使われている鍋ならこちらにあります」
アシュが窯の横に無造作に置かれた一つの鍋を手にとって教えてくれた。
「それ石けん用なの?それよりも、ここで石けん作ってるの?」
私の声が聞こえたのかマァムが、
「脂も灰もありますから、ここでまとめて作ってみんなに渡してます」
「そんなことまでしていたのね」
言われてみたら理に適っている。
ホント、驚きよりも感心が大きい。
「石けんを作られるのですか?」
「ただの石けんじゃないわよ」
私はマァムに不敵な笑みで笑いかけた。
ただの石けんじゃないに釣られてか、
マァムたちが手伝うと申し出てくれた。
「どう作ればいいのですか?」
「今まで通りの作り方でいいけど、ひまわり油を加えてほしいの」
「それだけですか?」
私は頷くが、マァムたちはちょっと疑っている。
一瞬、今の石けんは飽和脂肪酸しかないから、
不飽和脂肪酸を加えればいいだけと喉元まで出かけて飲み込んだ。
「私を信じなさい!」
胸を張って叩いて言い切ると、
「リズ様が言うなら大丈夫ですね」
疑いがたった一言で晴れてしまった。
今はいいけど、何でも私が言うから信じるってなるのは考えものね。
ひまわり油を取りに行っていたガリルも合流して、
通常の石けんの素にひまわり油を加え、交代でかき混ぜていく。
数時間、弱火でかき混ぜ続け、
「このくらいで十分ね」
そう言うと、鍋からボウルに移して冷めるのを待つ。
「混ぜてて気づいたのですが、
だまにならないで混ぜやすかったのはひまわり油のお陰ですか?」
「そうよ。ひまわり油がほぐしてくれるの」
たったそれだけでと感心している。
「とはいってもぜ、この匂いはきついぜ」
「私たちは、毎週この匂いの中で作っているのよ」
当然の指摘をしたガリルに、
マァムたちが噛みついて、ガリルの肩身が狭くなってしまった。
「この匂いも、ひまわり油に花の香りを付けてあげれば相当緩和されるはずよ」
「それは本当ですか?」
「今度は匂い付きも作りましょう」
使い慣れている人たちでも、やっぱこの匂いは気にはなっていたのね。
「だからガリル、いい花を探して前みたいに乾燥させておいてね」
しょぼくれるガリルに、追い打ちをかけるように仕事を振る私は鬼だろうか?
各々あの花の香りがしたらいいなと、
話に花を咲かせていると、
「そろそろ触れそうですよ」
躊躇無く指を突っ込んでアシュが温度を教えてくれた。
「熱くないの?」
「熱かったら引っ込めているので大丈夫です。
それよりも、早く使ってみたいです」
ずっと静かだったけど、アシュも石けんを楽しみにしていたみたいね。
みんなの手に石けんを垂らして、水を掛けて擦り合わると、
「なんですかこれ!?」
「泡がこんなにも出てきます」
見るからに泡立ちが良くなっているし、
根こそぎ油分が持っていかれている感覚が無くなっている。
水で泡を洗い流し、指同士を擦ったり手の甲を何度もさすっても、
カサつきはなく、滑らかさは維持されたままだ。
「流しても突っ張り感がありませんね」
「ひまわり油を加えるだけでここまで変わるなんて」
「これならあかぎれオイルを塗らなくてもいいかも」
「それは絶対に塗って!」
リザの突拍子もない言葉に、素で突っ込んでしまい、
ここでも笑いが溢れた。
「あとはこれを固めれば出来上がりね」
「リズ様、今石けんに取り掛かっているのって大衆浴場のためですか?」
本当にマァムは勘が良いわね。
「どうせ入るなら、いい石鹸を使って入りたいじゃない」
マァムたちが私の手を取って、
「本当にリズ様、どこまでも付いていきます!」
ジーノの時との反応の差に面をくらい掛けたが、
「お楽しみはこれだけじゃないのよ」
私はもう一度不敵な笑みを彼女たちに向けた。
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