浴場完成!……でも、お風呂はまだ先?
ジーノと下見をしてから1週間半。
真新しい建物がコークス村に出来上がった。
「こんなに早く出来るとは思わなかったわ」
「こっちが出来ねぇと、ヴェルデンの方に取り掛かれんからな」
簡単に言ってのけるジーノの頭に、そろっと手を伸ばそうとすると、
「ワシの頭を撫でたら釘を打ってやるからな!」
ジロッとこちらを睨んで別の釘を打たれてしまった。
「労いの意味を込めてよ」
「マリーやメイドと一緒にせんでくれ。
労うなら、エールの1杯でもよこしな」
見えないグラスをクイッと傾けて見せるジーノに、
報酬をねだるようになったことに少し嬉しくなった。
「考えとくわ」
「本当か!?」
さっきまでしかめっ面をしていたはずの老人が、
一瞬で子供の顔を浮かべていた。
「ここで話していてもあれだ、中を見てくれ」
ジーノに催促されて、大衆浴場の扉を開ける。
扉を開けると、この世界では珍しい靴を脱ぐスペースになっていた。
横には靴を入れる戸棚も設置されていて、
完全に元の世界の銭湯の入口そのものだ。
「ここでちゃんと靴を脱いで、
この棚に入れるんじゃぞ!」
ジーノが後ろのグリオたちに声をかけると、
首を傾げながらも、各々靴を脱いで棚に入れていった。
先にある扉を開けると次は脱衣所だ。
左右の壁に服を入れる棚が並び、
複数人が一度に着替えられるくらいの広さがある。
普通に5、6畳ほどはある。
「結構広いわね」
「裸で狭い場所に入りたくないじゃろ」
その言葉で想像してしまった。
ここの半分くらいの部屋に、
筋肉隆々の男たちがギュウギュウで着替えている⋯⋯
「このくらいないと⋯⋯ダメね」
頭を振って想像した絵を振り払わないと胸焼けしそうだ。
そしてとうとう浴場だ。
「やっぱこっちが一番苦労したぜ」
ジーノが扉をゆっくりと開くと、
脱衣所の倍近い広さの浴場が待ち構えていた。
「すごいわ!」
「当たり前じゃろ」
浴場へ一歩踏み出すと、
足裏にひんやりとした感触が伝わってきた。
足元を見ると、大きい石がいくつも敷き詰められていた。
「床に石を使ったのね」
「始めは木で考えていたが腐る心配があったからな、
グリオたちに平らな石を探してもらっていたんじゃ」
「川中探し歩きました!」
脱衣所から覗くグリオたちが、
誇らしげにしている。
ここ1週間でジーノとグリオたちの仲もそれなりに出来上がっているみたいね。
そしてお風呂と言えば浴槽だ。
肝心の浴槽へと歩み寄っていく。
近くで見たら思いの外広い。
グリオたちで6人、普通の大人なら8人は入れそう。
これなら足を伸ばしても問題ない。
いいな、早くお湯に浸かりたいわ。
浴槽を見てお風呂への渇望が湧き上がってきた。
この世界に来てからお風呂になんて一度も入れていない。
2、3日に一度の水浴びでごまかしていたけど、
体を綺麗にするのと、湯に浸かるのはまた別物よ。
浴槽に張られた水を手で掬いながら、
「この水、入れてからどのくらい経つの?」
「半日は経つと思うぞ」
「漏れたりとかは?」
「誰が作ったと思っているんじゃ!」
馬鹿にするなと言わんばかりに、
私の背中をジーノが叩いた。
「えっ!?ちょっちょっと!」
浴槽の縁に両手を付いて覗いていたので、
不意のことにバランスを崩してしまった。
あっ、これ濡れたわ。
覚悟を決めて目を閉じ息を止めたが、
一向に落ちる様子はなかった。
「リ⋯ズ様」
変わりに腹部に猛烈な圧迫感と、
アシュの切羽詰まった声が聞こえた。
「すまん、すまん」
ジーノも慌てて私の体を引っ張って、
どうにかびしょ濡れになることは免れた。
「危機一髪ね」
座り込んで濡れなかったことに安堵し、
アシュにお礼を言うと、
「ジーノさん!本当に気をつけてくださいね!」
「⋯⋯すまん」
「わざとじゃないんだから許して上げて」
ポンポンとアシュの肩を叩いて、
浴槽の反対側に目をやると見慣れない光景があった。
壁から樋が伸びていて、大きな桶に繋がっている。
「あれは?」
「頼まれていた、洗い場というやつじゃ」
「これがお願いしたやつね」
蛇口もシャワーもないから、
洗い場をどうしようか悩んでジーノに丸投げにしたけど、
多分私が考えたとしても似たような構造になっていたと思える出来栄えだ。
「こうやって囲んで座れば、5人は洗えるって寸法よ」
「このお湯で浴槽に入る前に体を流すのにも使えるわね」
再度浴場と脱衣所と見て回り、うんうんとジーノたちの仕事に感心して、
みんなの方を振り返る。
「それじゃ!窯作りに移りますか!」
右手を上げて窯作りの号令を掛けると、
待ってましたと言わんばかりの声を上げて村人たちが外に駆け出していった。
「彼らがドタバタしてもビクともしないなら、
地震がきても大丈夫そうね」
と、苦笑いを浮かべる。
大衆浴場の裏手に回ると、粘土窯が10個以上立ち並んでいた。
「よくこんなに作ったわね」
「そりゃ、リズ様の指示ですからね」
グリオが胸を張って言っているけど、
私は5個くらいでいいって言ったんだけどな⋯⋯。
「でもこれだけあれば、すぐに窯1個分のレンガを焼けそうね」
そう言ってグリオに、ガリルにレンガの焼き方を書いてもらったメモを渡す。
「あの⋯⋯リズ様」
「どうしたのかしら?」
「俺、文字が読めないのですが」
「そっかそっか、ごめんなさいね」
メモを戻してもらって、焼き方を読み上げていく。
「えーとね、窯の中にレンガを隙間を空けて並べる」
読み上げると、グリオがみんなに指示を出し窯にレンガを入れ始める。
「で、その上に交差するようにまたレンガを重ねるんだけど、
下のレンガと触れる部分に砂を敷くみたいね」
「何段まで重ねていいんですか?」
「うんとね⋯⋯4段でやめろって書いてあるわ」
みんなが積み上げるのを待っている間、
グリオは何度も手順を口ずさんでいる。
「こっち終わりました」
「こっちも完了だ」
釜の前にいる村人が手を上げて積み上げが終わったことを告げる。
「次はね、薪でゆっくりと弱火焼くみたいよ。
ここでじっくり焼かないと割れるみたいね」
「弱火って言うのは難しいですね」
「そうよね」
グリオと2人で、弱火をどう伝えるか悩んでいると、
「弱火っていうのは、窯を触っても熱くないくらいじゃ」
浴槽の水漏れを再度確認していたジーノが合流して教えてくれた。
「粘土窯の1発目なら、火が強ければ窯が先に割れるはずじゃ」
「ジーノも詳しいのね」
「道具を自分で直してるんだ、そのくらい知ってて当然じゃ」
そっか、うちには鍛冶屋がいないから自分で直すしかないのか。
それよりも、買い直すという選択肢がなかったのが正しいのかな。
「どのくらい弱火で焼けばいいんですか?」
「ちょっと待ってね」
時間を探してメモに目を走らせていると、
とんでもないことが判明してしまった。
焦るようにメモを捲って2枚目も確認する。
「まじか⋯⋯」
「どうしました?」
戸惑うようグリオを見て、これを伝えるのは残酷すぎると思った。
「えっとね⋯⋯弱火で半日。その後にコークスでの焼きもほぼ半日で、
その後の冷やしは1日以上掛かるみたい」
グリオが指を折りながら日にちを数える。
「3日⋯⋯結構掛かりますね」
しかもそれだけじゃない。
3枚目にもっと厳しいことが書かれていた。
「それでね。窯を組んだ後の目地の乾燥に3日。
で、今やっている手順を窯でもやるみたいだから⋯⋯
窯だけで6日は掛かるみたいよ」
グリオに全てを伝えると、力なく手を垂らしてしまった。
一人だったら、膝から崩れていてもおかしくなかったと思う。
私の考えが甘かった。
レンガも窯もパンを焼くくらいの感覚でいた。
「3の3の6で⋯12かな?」
力が抜けきった横で、グリオが再度指を折りながら数え、
「12日ならすぐですね」
「へ?」
思いがけない返答に気が抜けた声が出てしまった。
「火の管理とレンガ作りにコークス作りをしていたら、
12日なんてあっという間に過ぎますよ」
グリオたちの逞しさをこの言葉で実感した。
グリオたちは毎日を精一杯生き抜いているんだ。
だからやることをやっていれば1日なんてすぐに終わってしまう。
湯に浸かれるって浮足立っていたのは私の方だったのね。
「嬢ちゃん、物づくりは時間が掛かるんじゃ。
焦ったっていいもんは出来ん」
「そうね!なら私も最高の入浴体験が出来るように準備するわ」
グリオの逞しさとジーノの職人としての言葉を聞いて、
負けていられないと奮い立たせる。
最後までお読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけたら★評価とフォロー・感想お願いします。




