義務と権利
浴槽の問題は解決できたけど、
もう一つ重要な課題が残されている。
「お湯をどう沸かすのか考え中なのよね」
私の言葉に、ジーノが目を見開き口を大きく開けた。
「だから、コークスで大きな釜を用意して沸かすにしても、
そのまんま浴槽に注ぐわけにはいかないでしょ?」
語気を強め、地面を軽く手で叩いて聞き返す。
「それもそうじゃ。そうなると温度管理が難しいな」
腕組みをしてうーんと唸り始める。
「リズ様いいでしょうか?」
アシュが昼食の片付けの手を止めて、
近くに落ちている木の枝を拾って、2つの箱を地面に描いた。
「浴槽の前に、ちょっと大きめの湯を溜める箱を用意しまして、
そこに沸騰したお湯と水を合わせてから浴槽に流すのはどうでしょうか?」
「大きさにもよるが、そうなると結局接合問題が出てくるぞ」
「そう⋯⋯ですね⋯⋯口を挟み申し訳ありません」
頭を下げて謝り、再度片付けを始めようとするアシュに、
「ちょっと待って!」
アシュの案を聞いてなにか閃きそうだと、
アシュに手を向けて静止した。
接合が問題で浴槽を埋めるとして、
丁度いい温度で沸かすことなんて不可能に近い。
だから、完全に沸騰させてお湯の温度は毎回同じにすれば、
水を加える量で温度管理は容易になるけど、
接合問題が出てくるわけで⋯⋯。
目を強く閉じ、拳で何度もおでこを叩きながら、
喉元まで出かけている閃きをどうにか掴もうと頭をフル回転させる。
「そうよ!そうすればいいわ」
完全に黙り込んで、思考していた私が急に大きい声を出したため、
ジーノとアシュが驚いて仰け反っていた。
「なにがわかったんじゃ?」
仰け反りながらジーノが聞いてくれた。
「どのくらいの大きさのなら自信を持って作れる?」
「そうじゃな⋯⋯人一人入るくらいの大きさなら昔作った事があるな」
「それなら――」
ジーノの木の枝を奪って、私も地面に閃いた工程を描き始める。
「結局問題は水を入れる箱の大きさでしょ?」
「そうじゃ」
「例えば、1日に2回はお湯を完全に抜いて入れ替えをさせてるようにして、
それでも注ぎ足しをしないとお湯は汚れるし、温度も下がってしまう」
相槌を打ちながら2人が地面に釘付けになる。
「なら、入れ替えの時は直接釜からお湯と水を注ぐようにして、
それとは別に注ぎ足し分をアシュの案で使い分けれるようにしたら、
そこまで大きな桶なのか箱を作らなくてもいいんじゃない?」
「なるほどな、量の多さで分けるってことか」
「構造は複雑になるけど、間違って熱湯を注いで火傷するとかの問題も解消できるわ」
本当はアシュが考える必要はないのに、
一緒に悩んでいてくれたことが嬉しくって、
気がついたらアシュの頭をナデナデしていた。
「もう⋯⋯リズ様」
恥ずかしがって顔を赤く染めて下を向いてしまったが、
私の手を払わないってことは、そういうことよね?
「さっきから何を話しているんですか?」
グリオが声を掛けてきて周りをみると、
村人たちが集まっていた。
「これはね。大きいお風呂をどう作ろうか話し合っていたのよ」
「風呂ですか⋯⋯ヴェルデン領はそんなものまで作るんですね」
自分たちには関係ない話だと作業に戻ろうとするグリオたちに、
「この村に作るんだけど?」
「えっ!?」
みんなの足が完全に止まった。
「だってあなた達、真っ黒じゃない。
それに下見に来たって最初に言ったでしょ?」
みんな自分の手や腕に衣服を見て、
煙石で黒くなっていることを再認識する。
「窯を置く場所や水路のことだと⋯⋯」
「これからコークスや耐熱レンガを作るのに、
余るほど熱を生むんだから、それを使わない手はないでしょ?」
「勿体なくはないのですか?」
「なにが?」
不意の問いに、質問を質問で返してしまった。
「風呂を作るって、タダじゃない」
「そりゃ数十万イェンは掛かるけど、
みんなが病気になって働けなくなるよりは安いわよ」
元の世界の感覚で当たり前のことを言ったつもりで居た。
だけど、
「本当にありがとうございます」
グリオが頭を下げ、それを見て他の人達も頭を下げてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何しているの!?」
立ち上がり駆け寄ろうと1歩を踏み出したら、
「ネルガのこともそうですが、
あなたは私たちをちゃんと見ているのが嬉しいのです」
「当たり前のことでしょ?」
「それが当たり前なら、ネルガたちが逃げ出したり、
他の村で餓死する人は出ていません」
これを聞いて他の村人は小さく頷いたり、下を向いている。
「今はレンガやコークス作りで重要な時だから、
頻繁に来られているのかもしれませんが、
我々の領主様は今も、そして鉄が枯れた時でさえ来てはくれませんでした」
あの馬鹿バリス領主、話し合いの場では改心したように見えたけど、
まだ絞る必要がありそうね。
「あのね私はヴェルデンの領民も、一緒に仕事をするようになったバリスの領民も、
税や労力を提供する駒だとは思っていないわ」
後ろで座るジーノとアシュを見る。
ジーノは鼻を掻き、アシュは小さく頷いてくれた。
「みんなには税や労力を提供する義務があるように、
私にはみんなを幸せにする義務があるの、私はそれをただやっているだけ」
「幸せにする義務⋯ですか」
「コークス事業が軌道に乗ってバリス領が持ち直しても、
あなた達の生活が改善されなかったら私に言いなさい!
私がバリス領主に直談判してあげるから」
この言葉を聞いて、歓声が上がった。
「じゃ、その時はお願いします」
「あなた達はもう少しわがままになりなさい。
バリス領主が屋敷で暮らせているのはあなた達のお陰なんだから」
グリオたちは軽い足取りで作業へと戻っていった。
ジーノのと浴槽の位置と大きさを決めて、
追加で浴槽を埋めるための穴の指示をして帰路に着いた。
村を出るときには、次はいつ来るのかと、
何人もの村人に聞かれてしまった。
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