小規模トライ
領民の家やパン屋に食堂がある場所と、
水車がある川との丁度中間にあたる場所で、
開墾作業が行われていた。
地面に木の棒で線を引くジーノに声を掛ける。
「今は何をしているの?」
「これか?」
立ち上がり、手に持っている紙を見せてきた。
「これって、私が書いた図面ね」
「それをこうやって地面に書いて、
実際の大きさを確認しているんじゃ」
「木材は足りそう?」
恐る恐る聞いてみる。
「足りんな」
濁すこと無くジーノが言い切った。
「どのくらい足りなさそう?」
私の問いに、図面を指さしながら話し出す。
「この脱衣所?だかと広い部屋で30万イェン⋯⋯
あとは浴場が難儀なんじゃ」
頭を掻きながら、話を続けた。
「ワシらは水が頻繁に使われる部屋なんて作ったことがない。
それにこの湯船だが、10人近くが入れる大きさともなると、
水だけで相当の力が加わるじゃろ?接合部分が耐えられるかが心配じゃ」
「湯船をレンガで作るのはどうかしら?」
「レンガで組んでも接合部の問題は変わらん、
一応浴場の壁には松脂を塗ってみるがどのくらい持つかわからん」
ため息をつくジーノを見て、
技術的に無理があるかと不安になる。
「それなら、5人が入る湯船を2つ作るのは?」
「5人も10人も作ってみないとわからん。
それに、これだけの力に耐えられるだけの木材ってなると、
1枚物で相当な厚みが必要じゃ――」
私の顔を覗き込みながら、
「最低でも1枚で5万イェンは掛かるな」
咄嗟にすぐに計算した。
1つの湯船を作るのに5枚必要で、それが男湯と女湯で2つ。
という事は⋯⋯。
「湯船だけで最低50万!?」
あまりの金額に大きな声を上げてしまい、
開墾作業をしている人たちがこちらに振り向いていた。
「大丈夫よ」とみんなに手を振って、
ジーノと一緒にしゃがんみ小声で、
「ちょっと、もう少し安く作れる方法はないの?」
「考えてはいるが、いい方法が見つからんな」
思っていた以上に大きい話になり始めている。
合理性を求めて、ある程度の人数が集まり暖を取れて、
そのついでに、お風呂に入れる施設をと思ったのが飛躍しすぎたのかと不安になる。
「ジーノは大衆浴場をどう思うかしら?」
「わがままを詰め合わせたものじゃな」
ジーノの返答に、無意識に顔をしかめてしまった。
「そんな睨むな。わがままにも良いのと悪いのがあるじゃろ?
このわがままは良い方のわがままじゃとワシは思うがな」
「本当に?」
一層小さい声で、ジーノに顔を近づけ肯定の言葉を求める。
「領民のワシが言うのもあれじゃが、領民のためを思って建てるんじゃろ?
ならそれは、いい金の使い方じゃないのか?」
余剰金の300万イェンの内の80万イェンが飛んでいくことに、
不安と領民の幸福を天秤に掛けるべきじゃないと、
頭を叩いた。
「まぁ、開墾が終わらんとワシらは動けん」
「それなら⋯⋯」
ジーノの顔を小さく笑って見つめる。
「突拍子もないことを言うんじゃな」
翌日、私とジーノとバリス領のあの村に来ていた。
「あれ?12日後って言ってなかった?」
グリオが私たちの荷馬車駆け寄りながら、
急な来訪に戸惑っていた。
「そのつもりだったんだけど、
この村で試したいことが出来たの、それの下見よ」
「下見⋯ですか?」
ヴェルデンでジーノが言ったように、
浴槽も浴場も未知な部分が多い、
そしてなによりも、お湯を沸かす重要な部分が決まっていない。
だから、ヴェルデンで試行錯誤するよりも、
この村で小さい大衆浴場をトライを兼ねて建てようとジーノに持ちかけた。
これもイルヴァの財布から出させるから、
ヴェルデンの財布は傷まないで済む。
「うむ、川から村までは掘れば水は流せそうじゃな」
いつの間にか、村の人に聞いて川まで往復していたジーノ。
「しかし、匂いがすごいな」
鼻をつまみながら、反対の手で仰いで不快感を表す。
「ちゃんとした窯は、もう少し村から離れた位置に作る予定よ」
「そうした方じゃいい、こんなもんずっと吸ってたら具合悪くなるわ」
それからジーノとグリオと話し合い、
村から500メートル離れた所を今後窯を作る場所に決めた。
場所が決まるとジーノは木の枝を2本拾い、
川まで続く50センチ幅ほどの2本の線をひき始めた。
川まで行って戻ってきたかと思えば、
今度は下流の方に向かってまた線をひき始める。
「兄ちゃん、この線の通りに水が流れるように掘ってほしいんじゃが、
どのくらい掛かるよ?」
「深さはどのくらいですか?」
「そうじゃな⋯⋯」
持っていた木の枝を折って、
「これよりも深ければ嬉しい」
簡単に20センチほどに折った枝を持っているけど、
目測でも300メートル近くを20センチ掘らせるって鬼じゃない?
「ちょっとジーノ――」
もう少し川の近くで、距離を短くするべきだと割り込もとすると、
「これなら4日もあれば、いけます」
あっけらかんとした顔をしながら、
グリオが途方もないことを答えた。
「4日じゃと?」
「俺達は鉱夫ですよ?ここ地面なら簡単です」
そう言って、両腕を曲げて立派な腕こぶしを披露してくれた。
「ねぇ、ネルガたちは結構痩せていたけど、
あなた達はそうじゃないのはなにかあるの?」
前回来たときに感じた違和感を素直に聞いてみる。
「ネルガの村が任せられていた山が最初に鉄が取れなくなったんです。
それに、領主様の対応も先に知れたので、
届けられる食料を出来るだけ保存して、後は若い奴らに狩りに行かせていました」
「対応策が取れた違いってことね」
「もしこっちの山が先に死んでいたら、ネルガのようになっていたのは俺達です」
視線を落として、運が良かっただけだと語るグリオ。
沈んだ空気を変えるために手を叩いて、
「ちょっと早いけどお昼にしましょう」
「本当ですか?」
グリオの暗い顔が一気に笑顔に変わった。
みんながお昼を食べている間に、
「浴槽だけど、水路を掘るで思いついたんだけど、
地面を掘って浴槽を埋めれば、土が守ってくれないかな?」
元の世界の大浴場を思い返すと、
地面よりも下に浴槽があることに気づいた。
「なるほどな!」
パンを咥えながら、ジーノが地面に何かを描き始めた。
「底と周りにレンガや砂利を入れて補強してやれば⋯⋯」
ブツクサと独り言を言いながら、
いくつもの図面らしきものを描き続ける手が止まったと思うと、
「これ、ガリルに言ったらぶっ倒れるぞ」
悪い顔をしたジーノがこっちを見ていた。
「ヴェルデンも、グリオたちを呼んで掘ってもらえばいいでしょ」
「それもそうじゃな」
私とジーノにアシュが、くだらないことで笑い合う。
きっとガリルは今頃くしゃみをしているだろう。
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