お湯を沸かすのに必要なもの
大衆浴場建設がヴェルデンで動き始めたが、
大衆浴場を成功させるためには、耐熱レンガの窯が必要不可欠だ。
今日は耐熱レンガの下準備のため、
バリス領に9つある採掘村の1つに行くことにした。
バリス領主の屋敷がある街を通り過ぎ、
荷馬車を走らせるといくつもの煙が上がっているのが見えてきた。
村というだけあって、木造の家が10数軒立ち並んでいて、
遠目から見ても、うちの領民の家よりもしっかりしている。
村から100メートルほど離れた場所に、
2メートルほどの土の山がいくつも並び、
頂上から煙を吐き出していた。
「調子はどうかしら?」
土の山を囲うように集まる男たちに声を掛けると、
全員が振り向いた。
その中で一人が尋ねてきた。
「えーと⋯⋯誰でしょうか?」
煤だらけの顔が完全に困惑している。
「ヴェルデン領のリズといいますが、バリス領主から話は聞いていないかしら?」
これを聞いて、男たちの顔が明るくなって、
「リズ様ですね。話は聞いています。
今日はどういったことで来たんですか?」
「バリス領主から、お願いしていた材料が掘れたと手紙を頂いたので、
耐熱レンガの作り方を教えに来ました」
「それは本当ですか?」
私が来た理由を聞くと驚いた反応を示してきた。
「言われたとおりに煙石を蒸してコークスとやらを作ってはいたんですけど、
毎回土窯を作っては壊してを繰り返していて、滅入っていました」
ため息をつきながら、苦行に近いコークス作りをしていたことを吐露してきた。
「なら、耐熱レンガが出来れば解放されるわね」
本当に辛かったのか、後ろの人たちから安堵の声が聞こえる。
「作業に取り掛かる前に、荷馬車の荷物を降ろしてもらえる?」
「はい」
ヴェルデンから持ってきたのはレンガを作るための木枠と、
「この鉄網で囲われている奇妙なランプはなんですか?」
「みんなの安全を守るものよ」
イルヴァに頼んで鍛冶師に作ってもらった、
マイナーズランプだ。
マイナーズランプを一つ手に取って、
「煙石を採掘していると目に見えない危険な煙が充満していることがあるのね。
だけど、その危険をこのランプが教えてくれるってわけ」
「どうやってわかるんだ?」
「危険な煙がある場所なら、火の色が変わったり火柱が高くなったりするわ。
それとは反対に、空気が薄い場所では火が小さくなったり消えて知らせてくれる」
「すげぇな⋯⋯」
「必ず奥に行くときとかは、これを持って床から天井を丹念に調べてね」
ランプを持ちながら、屈んだり手を伸ばしたりして見せて、
穴全体に翳すように指示をした。
このランプが出来るまで、バリス領主には深く掘って作業することを止めてもらっていた。
崩落と並んでガスの事故は、炭鉱で作業するなら避けては通れない。
何よりも、私がコークスを持ちかけたせいで人が死んだら夢見が悪いわ。
ちなみにマイナーズランプは1個3万イェンもする。
それをイルヴァの投資枠を使って20個作ってもらった。
だから、絶対に壊さないでね。
「それじゃ、耐熱レンガ作りに取り掛かりましょう!」
「待ってました!」
窯から離れた場所に案内された。
「言われたとおりに、コークスを作りながら普通の粘土を焼いたのがこれです」
不格好な塊がいくつも無造作に積まれ、
それを軽く叩いて、
「しっかりと焼けているようね。じゃこれをみんなで砕きましょう」
そう言って、一塊を持ち上げて別の塊の上に落としてみせた。
「「えっ!?」」
突拍子もない行動に、みんな引いているようだから、
「粘土を一度焼くことで、無駄な水分とか結晶の結合が――」
そんな難しいこと言っても通じないかと、
科学的な説明は諦めて、
「とりあえず、もう一度これが砂になるまで頑張って砕きなさい!」
「「は、はい!」」
彼らは言われるままに、ぶつけ合ったり石で叩いたりして砕き始めた。
30人近くでがむしゃらに砕いているお陰で、
塊たちがみるみると、砂へと戻っていく。
近くで作業している人に声を掛ける。
「ねぇ、この村の村長的な人は誰かしら?」
尋ねると、一番初めに私と会話をしていた人を指さした。
「ありがとう」
彼のもとに近づいて、
「あなたが村長だと言われたけど合っているかしら?」
「あっ、はい」
「名前を聞いてもいい?」
「グリオです」
「ねぇグリオ、村の近くに川はあるの?」
グリオは立ち上がって、土窯がある方を指さし、
「窯からちょっと歩いた先にあります。
他の採掘村も川の近くに作られています」
山の近くじゃなくて、川の近くを選んでいるのはちゃんと考えられているわね。
水は近くにあって、今後はコークスと耐熱レンガを焼いていくのだから⋯⋯。
煤で黒くなった彼らの身なりを見ながら、
とあることを考える。
「もう限界だ」
最後の塊を砕き終わると、尻込みしてみんなへばっている。
「はい、お疲れ様。これはヴェルデンからの差し入れよ」
丁度昼時ということで、マァムとバンズに特別に作ってもらったお昼を振る舞うことにした。
「一人一個よ」
人の顔くらい大きいパンに、
肉とポテトサラダを挟んだサンドイッチをアシュと配る。
「なんじゃこりゃ!?」
先に受け取った人が、奇声にも聞こえる声を上げてむさぼり食っている。
「食べ終わった人は、こっちの箱を村の人たちに配ってきて」
村には、女性や子どもが20人ほど居ると聞いていたので、
当然彼女らの分も持ってきてある。
「食べ終わって少し休んだら、次の作業よ!」
サンドイッチを咥えた男たちが、
無言で頷いているのは、奇妙であり面白い光景だ。
昼休憩を終えて、耐熱レンガに必要な材料とご対面だ。
「煙石の周りから出てきた灰色の層を掘ったのがこれです」
近づいて観察する。
見た感じは灰色の砂が押し固まった感じで、
石で削ると簡単に削れていく。
うん、間違いない。
煙石もとい石炭の元である植物によって、
アルカリや鉄分が吸収された下盤粘土だ。
「じゃ、これも砕くわよ!」
不満の声が上がるが、さっきよりも簡単に砕けるからと言って、
尻を叩いて作業をさせた。
「グリオはこっちに来て」
時間的に、下盤粘土の砕き終わるの待っていると、
ヴェルデンに変えるのが夜になってしまうため、
グリオに、先の作業を説明する。
「耐熱レンガの元の耐熱粘土を作りましょう。
さっき砕いた物を4、今砕いているのを4に普通の粘土を2入れて水と混ぜて」
指示を受けてグリオは、大きい木の桶を運んできて、
言われた分量を桶に入れていく。
「硬さはどのくらいがいいんですか?」
「手で丸めて崩れない硬さって言えば通じるかしら?」
小さく頷いて、何度も手で丸めて確認しながら水を注いでいく。
始めは団子にならなかったが、水を足すごとに形を保てるようになり、
4度目にはしっかりと丸い団子になった。
「これでいいですか?」
差し出された団子を触って、軽くデコピンをすると、
団子はしっかりと砕けてくれた。
親指を立ててOKサインを見せたけど、
首を傾げられてしまった。
「⋯⋯ちょうどいい硬さよ」
「天日干しは何日すればいいですか?」
OKサインを完全になかったことにされて肩を落としながら、
「10日以上は干してほしいわ」
「わかりました」
「これをまずは200個作ってちょうだい」
「2、200!?」
グリオが驚き、下盤粘土を砕いていたみんなもこちらを向いて驚いている。
「なに200で驚いているのよ。耐熱性を確かめるために200個で、
本当の窯を作る時は1000個は必要よ」
かき混ぜる手が完全に止まっている。
「今は採掘も窯を作ってコークス作りも全部やっているけど、
ある程度準備ができたら、他の村と役割を分けるから」
「それなら⋯⋯大丈夫」
安心してくれたみたいで、止まっていた手が動き出した。
「この村はバリス領復興の第一歩を刻む村なんだから、
もっと元気を出して!」
グリオの腰を軽く叩いて活を入れる。
耐熱粘土が混ぜ上がって、今度は木枠に流し込む。
「力強く押し固めて」
「はい」
上から枠より少し小さい板で押し固める。
「これを⋯⋯200かぁ」
「愚痴は言わない!」
今はしょうがない。
お金がないのだから、手作業に頼るしかない。
だけど、耐熱レンガとコークスが軌道に乗れば、
水車を使って作業が楽になる設備を導入することが出来る。
来年には一度、ジーノたちを連れて来て相談しないとね。
40個ほど耐熱レンガの素が出来上がると、
「リズ様、そろそろ出ないと遅くなります」
アシュが太陽を見て時間切れを知らせてきた。
「私はこれで帰るけど、そうね⋯⋯。
12日後にまた来るから、それまでに作れるだけ作っておいてね」
「わかりました」
「その時に焼入れして、本当に耐熱レンガの出来上がりよ」
「楽しみに待っています」
後ろ髪を引かれながら、荷馬車に乗り込む。
「もし怠けたら、次のお昼は上げないからね」
「頑張るんで、今日以上のものを持ってきてください!」
いつの間にか、村の女性や子供達も出てきて見送ってくれた。
心配と不安はあるけど、彼らを信じよう。
彼らが見えなくなるまで、手を振り続けた。
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