大衆浴場のワケ
「おいおい、大衆浴場ってなんだ?」
身を乗り出しながらバンズが聞き返してきた。
「お風呂は分かるわよね?」
「あぁ⋯⋯」
バンズは頷いて椅子に座り直し、みんなも頷いている。
「誰でも入れる大きなお風呂をヴェルデンに作るってことよ」
「それの意味は?」
そんなに急かさないでほしいわ。
「さっきユルが言ったように、ヴェルデンは物を作って売るのと、
人を呼ぶというのを両方やるべきだと思うの」
ユルを見て、話を続ける。
「理由は単純で、今後不作などでジャガイモやシードルが作れなくなったときに、
稼ぐ柱が1つしかないと、バリス領のようになってしまう可能性があるのね」
「なるほどな」
納得したのか、バンズが小さく何度も首を縦に振っている。
「だからといって、すぐにシードルの生産量を増やして、
ヴェルデンで売り出すわけにもいかないから、
ヴェルデンに来る理由を作る必要があるのね」
「それが風呂なのか?」
「正確にはお風呂だけじゃないのよ」
コークスが届くからって、みんなの家に配って薪代わりにとはいかない。
領民の家には暖炉がなく、家の中央に囲炉裏のような炉で薪を燃やしているけど、
これではコークスを燃やし続けることは難しいだけでなく、
最悪、不完全燃焼による一酸化炭素中毒で死んでしまう可能性が出てくる。
だから⋯⋯。
「バリス領から届くコークスでお湯を作るのだけど、
一緒に温められた空気を大衆浴場に併設した大きい部屋に流すことで、
冬でも温かく過ごせるようにするつもりよ」
建物の話になってジーノが反応する。
「どのくらいを見積もっているのじゃ?」
「大雑把な絵だけど、こんな感じよ」
そう言って紙をみんなの前に広げてみせた。
元の世界の銭湯を参考に図面を引いた。
指を指しながら説明を始めると、
顔を寄せてみんな図面に視線を落とした。
「この部分が浴場って言って、お風呂と体を洗う場になっているわ。
これが大体この事務所くらいだと思って」
「でけぇな」
バンズは驚いて、図面に顔を近づける。
事務所は大体教室くらいの大きさだ。
「その浴場が2つあるのはなぜじゃ?」
「男と女で分けるためよ」
「無駄じゃないか?」
「無駄じゃありません!」
ジーノの発言に、マリーが机を叩いて否定した。
マァムとアシュも頷いてマリーに賛同している。
「秩序は大切よ」
女性陣の刺すような視線に晒され、
旗色が悪いのを悟って、ジーノは身を縮めながら両手を上げた。
「わかったわかった。それで、浴場に繋がっている小さい部屋はなんじゃ?」
「服を脱ぐ場所ね、棚を設けてそこに入れておくようにするわ」
「その横にあるデカい部屋が、さっき言ってた温かい部屋ってわけじゃな」
「そうよ」
見取り図を見てジーノとギルが何かを話し出す。
「ちなみにぜ。これをどこに建てるつもりぜ?」
「川から水を引くことも考えないといけないから、
畑の横の空き地はどうかと思っているわ」
それを聞いて、ガリルもジーノたちの会話に加わった。
「話を戻すけど、例えばシードルの配達の帰りにそこの住民を連れてきて、
大衆浴場を使えるようにすれば、それなりに人は来ると思うのね」
「いくらで考えているだ?」
「領民は無料で、その他は子ども100イェン、大人300イェンよ」
「そんなに上手くいくぜ?」
本当にガリルは疑り深いのね。
「すぐにうまくいかなくても良いのよ。
ヴェルデンのみんなが暖かく過ごせる場所だけでも十分だと考えているわ」
「でも、女性なら1食抜いてでも冬に温かいお湯で体を洗えるなら、
利用したいと思います」
マリーはまた机を叩いて真剣な目で訴える。
衛生面の大切さもあるけど、女性はいつだって綺麗で居たいのは、
どこの世界でも同じなんだろう。
「いや俺も、冬でもパンを焼いて汗をかくから、
お湯で体を洗えるなら嬉しいぞ」
仕事柄、汗を避けられないバンズも賛同の声を上げる。
「そうやって、少しずつでも他の領から人が来るようになれば、
食堂やパン屋を利用するようになるし、人が来れば商人も来るようになる」
「その商人たちが店を出すってことですか?」
ユルがなるほどと言ったように、手を叩いて言ったが、
「すぐには無理ね」
私の返答に撃沈して、肩を落とした。
「ただ、うちで商品を置く場所を提供し、
仲介料をもらって代わりに売って上げるのよ」
「お店を持たなくても、物を売れるから商人の出入りが生まれるってことですね」
「そうよ」
始めから店を構えるのはリスクが高すぎて避けられてしまう。
だけど、商品を置けてある程度売れることが分かれば、
重い腰を動かすきっかけになるはず。
「大衆浴場を起点に人が来る流れを生み出して、
次第に、アタンのようにヴェルデンでお店を出したいと言う人を呼び込めれば思っているわ」
「そうなったら、楽しそうですね」
興奮するように目を輝かせるギータ。
その目には、人で溢れたヴェルデンの街が思い浮かんでいる様に思えた。
「この大きさ建物だと、森を切り開かなにゃいかんし、
水路だって掘らんといけない。
木材だって手持ちだとギリギリだがどうするつもりじゃ?」
「建物の大きさは、手持ちの材料と相談して決めましょう。
新しい領民も加わったし、開墾と水路はどうにかなる計算よ」
腹落ちしないのか、ジーノだけでなくガリルも渋い顔を向けてくる。
「これまでの資料を調べていたらね。冬の間に亡くなる高齢の領民が居るのよ。
ジーノだってもしかしたらって事があるでしょ」
「おやっさん!冬は俺と一緒に居ましょう!」
ギルが、立ち上がってジーノの肩を掴んで慌て出す。
「ワシはそんな弱い体しとらんわ!」
掴んだ手を跳ね除けて、腕組をして鼻を鳴らしながら怒るが、
「いつ誰に何が起きるかわからないから、1日中暖かく過ごせる場所を作りたかったのよ」
「コークスを薪代わりに配れないのか?」
「みんなの家にある炉では、コークスを燃やすのは難しいのよ。
だから、家を建て替えられない代わりにみんなが使える場所をと」
コークスが見つかる前はただ大きい部屋に暖炉を備え付けて、
誰でも暖を取れる案を考えていた。
いくら薪を配っても、燃やせないほど衰弱したり、
節約と言って渋られてしまっては意味がない。
ましてや、冬になればみんな家に引きこもって、
編み物などの内職をするとお母様が言っていた。
そうなってしまったら、隣人の異変にも気付けない。
目が届かないなら、目の届く場所に集まってもらって、
暖を取りながら、みんなで過ごしてもらいたい。
「わかった。嬢ちゃんがそこまで言うならやるしかないな。
領主様もそれで良いですね?」
ジーノがお父様を見つめて最終判断を仰ぐ。
「これで進めて構わない」
短い言葉で、お父様のGOサインが出された。
「うんじゃギルは大工ども集めておけ。
ガリルはワシとどのくらい森を開くか見に行くぞ」
そこからは本当に早かった。
ジーノが指揮を取ってみんなを動かす。
「これ借りてくぞ」
机の図面を掴んでジーノたちが事務所から出ていった。
「これで、温かい冬を過ごせますね」
「そう、だな⋯⋯」
「どうかしましたか?」
お父様の歯切れの悪い返事に、なにか見落としているのかと不安になったが、
「あいつらは今から動き出すつもりのようだが――」
お父様の視線は窓の向こうの暗い外に向けられていた。
「もう夜だぞ」
「止めてきます!」
慌てて立ち上がり、事務所を駆け出した。
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