目指すべきヴェルデンの先
「マァム、ポテトサラダは好評だった?」
「それはもうすごかったですよ!」
食堂の調理場で鍋をかき混ぜるマァムが、
目を輝かせながらこちらを見てきた。
マヨネーズを作ったので、ジャガイモとマヨネーズとくれば、
ポテトサラダを作るのは必然であろう。
まぁジャガイモを茹でて潰して、マヨネーズを混ぜることしか知らないから、
ほぼマァムに丸投げしたけど、変に元の世界のレシピで作るよりも、
この世界の味に落とし込んだほうが良いかなと思った。
ちなみに、過酷なマヨネーズのかき混ぜは水汲みを頼んでいる大工たちに任せた。
「野菜よりも肉って言う男たちでも、ポテトサラダをおかわりしたいって」
「好かれるか不安だったけど、受け入れられて良かったわ」
「なので、今日も出そうかと思います」
木の皿に山盛りになっているポテトサラダを指ですくって、
パクリと一口食べてみる。
「もう、リズ様!」
「おいしいわ」
やっぱり、変に口を出すよりもアイデアだけを伝えたほうが、
良いものに作り上げてくれる。
「それじゃ、また後でね」
「はい」
バリス領から避難民問題で頓挫した、
アタン観光の感想会兼ヴェルデン領をどうするか会を今日やり直す予定だ。
夜になると寒さを感じ始める季節になってきた。
アシュが事務所の暖炉に薪を焚べ火を灯す。
南部に位置することもあって、極寒や猛吹雪などはないことはリズの記憶で把握しているが、
それでもお父様やセバスに聞いた話では、例年高齢の領民が亡くなっているらしい。
寿命なら仕方がないけど、出来れば寒さや飢えで死ぬ人は無くしたい。
「待たせたな」
そんなことを考えているとバンズが入ってきた。
続くように、マァムにジーノとみんなが集まりだし、
最後にお父様が事務所に入ってきた。
「色々あって遅れたけど、私が出した宿題を覚えているかしら?」
「アタンを見て、ヴェルデンをどうするかってことですね」
ギータはしっかりと覚えていてくれた。
呼応するようにみんな頷いている。
「じゃ、誰か行く?」
みんなを見渡すと、みんな私から目を逸らし始めた。
「ちょっと⋯⋯」
不満を口にするとジーノが、
「しょうがない、年寄りが先に出るわい」
「ありがとう、聞かせて頂戴」
咳払いをしてからジーノが話し始める。
「久しぶりに外を見て感じたのは、生きることにただ必死だったってことじゃな、
屋根と壁があって、毎日死なない程度の食事は出来ていた」
ジーノが対面に座るお父様を見つめて、
「先代の時はいつ死んでもおかしくなかった。
しかし、今の領主様は自分を犠牲にして儂らを生かしてくれた。
楽ではなかったが、みんなでどうにか今日までやってきたんじゃ。
だから、儂は誰も犠牲にならない領地を望むな」
ジーノが言い終わると、誰かが手を叩き始め、
いつの間にかみんな手を叩いていた。
帳簿上でしか知らない先代の搾取。
だからこそ、生き抜いてきたジーノの言葉にはしっかりと重みがある。
「ありがとう、いい話だったわ。
まとめはみんなの話を聞いた最後にするとして、次は誰が行く?」
私の問いに、バンズが手を上げた。
「俺はギータとユルで回ったが、多分アタンとヴェルデンは性質が違うと感じたな」
「どういうことかしら」
「なんて言えばいいんだろう⋯⋯パンと肉みたいな。
アタンは人と物が集まることで儲けている街だろ?
でも、ヴェルデンは物を作って稼ぐから違う気がしたな」
バンズにしては、本質的な部分を理解している。
「あまり参考にならなかったってこと?」
「参考にならなかったと言うよりも、アタンを目指そうと思うと難しいと思った」
「それはなぜかしら?」
「アタンがあるのに、今更同じ様なことをしても人が来るのかってことだろ」
「面白い考察ね」
ギータがバンズに続いて、
「酒場でシードルがたくさん飲まれていることを実際に目にして、
始めはうちの食堂でもシードルを出せば良いんじゃないかと思いましたが」
「それじゃダメだと?」
「はい、多分うちに来ている人たちって寄り道程度の感覚なんだと思います。
ですので、来る人とシードルが合わないと感じました」
「なるほど、良い着眼点ね。ユルはどうかしら」
元々アタンで貧民をしていたユルなら、
違った見方をしているかも知れないと、ユルの方を見る。
「俺が思うのは、間を取るのがヴェルデンにあっていると思ます」
「間?」
「アタンはみんなが感じたように、場所が売り物みたいな街なんです。
アタンと言えばなにかって言われたらなにか浮かびますか?」
ユルの質問に、みんな目を閉じたり腕を組んで考え始める。
短い沈黙の後にバンズが、
「ないな」
「ヴェルデンであればジャガイモやシードルがあります。
バリスなら鉱物がありますが、アタンにはそれがない」
初めてアタンに行ったときに、
私がマリーに言ったことと同じことをユルはみんなに説明している。
「ですので、ギータさんが言ったシードルを飲めるじゃなくて、
買えるとかヴェルデンイモを買えるじゃなくて、
ジャガイモを買える方向にすれば、仕入れの人たちを呼び込めると思いました」
「なるほどね、客は客だけど商人の様な人を呼び込むってことね」
私の言葉に、ユルが頷いて返した。
「でもそれって、うちに金を落とす客じゃないぜ」
ユルの案に疑問を口にするガリル。
「どういうことかしら?」
「シードルを仕入れに来た商人が、食堂を使うかって話ぜ」
敢えて私が口にしなかったことをガリルが指摘してくれた。
「言われてみたら、食堂に来る人は渡り職人や巡礼者と言った旅人ですね」
ガリルの意見を補強するようにマァムが食堂の実情を語った。
「人が来たって、寄り道や通り道ついでだと意味ないぜ、
だから、変なことをしないで畑を大きくして今の事業を拡大したほうが無難ぜ」
溜まる一方だったひまわり油を早めに見切って、
シードルに注力するべきだと言っていたガリルらしい考えだ。
「でっ、でも、あっちから仕入れに来てくれるのは大きくないですか?」
怯え気味にマリーがガリルの考えに割って入った。
「どういうことぜ?」
「配送を私を含め3人でやっていますが、
取引先を増やすとなると人も馬も必要になってきますよね」
「配送する街を増やすとなるとそうなるわね」
「でも、商人が勝手に運んでくれればその分は浮くじゃないですか」
「それなら、ザルザ商団に売ればいいだけぜ」
「⋯⋯そうですね」
ガリルの一言で撃沈してしまうマリー。
だけど良いところを突いている。
その後、ギルは「ヴェルデンをどうするかは難しくてわからないけど、
とりあえずみんなの家を立て直したい」と言って、
マァムは「酒場のように、料理を選べるようにしたい」と言った。
「これまでの話を聞いて、お父様はどうでしょうか?」
静かに話を聞いていたお父様が、
「色んな話を聞けて、方向性をすぐには決められないが、
ジーノが言ったように、誰かを犠牲にするようなことはしたくないと思う」
一呼吸置いて、
「これまでは停滞からの脱却で手放しで喜べていたが、
これからは変化になってくるだろう。
そうなれば必ず、それを望むものと望まぬものが出てくるのは仕方がないことだ」
隣に座る私の方を向いて、
「そういう者たちを取り残さないでやっていきたいと思う」
「そうですね」
私もお父様の方を向いて答える。
「ということで、私から1つ提案があるの」
これは事前にお父様に話は通してある。
お父様からは、みんなが賛同するなら進めていいという条件をもらった。
「大衆浴場を作りたいと思うのだけれど、どうかしら?」
「「大衆、浴場?」」
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