止まっては居られない
「ヴェルデン商団に月に、コークスの売上の10%と300万イェンの返済として、
30万イェンを販売2ヶ月後から支払うことと、1週間に荷馬車3台――」
バリス領主との会談から2日後、
イルヴァと共にバリス領に訪れている。
「販売には、ザルザ商団アタン支部を経由して行うこと」
イルヴァが淡々と契約内容を読み上げる。
「以上が、コークスの契約となりますが双方よろしいでしょうか?」
「えぇ、問題ないわ」
「こちらも問題ない」
私もバリス領主も納得し、イルヴァから差し出された契約書に署名をした。
署名を終え契約書をイルヴァに戻した。
「バリス領主、これからが本当の正念場よ」
「わかっておる」
雪が降り始めるまで2ヶ月を切っている、
今のうちに煙石を掘り出すことと、コークス作りのための窯を大量に作らないといけない。
試作で作った斜面を利用した窯は、焼くたびに壊すので効率が悪い。
だから、今必要なのは耐熱レンガの材料である耐熱粘土だ。
「煙石が掘れる周辺を掘ってほしいの」
「どういうことだ?」
「既存の窯ではコークスを作るときの熱に耐えられない、
だから、高温に耐えれる窯を作る材料が煙石の近くに眠っているはずよ」
「リズ様は本当に物知りでございます」
普通ならなんでそんなことを知っているのかと聞くはずなのに、
バリス領主は目を丸くし、イルヴァは感嘆の声を上げるだけだった。
「その材料とはどんなものだ?」
「白や灰色の粘土みたいなものよ、
これを早く見つけないとコークスの大量生産は難しいわ」
「わかった、鉄の鉱脈探しを中止してその材料探しに回そう」
「それと同時に、ヴェルデンでコークスを作ったように、
斜面に穴を掘った窯で、少量でも作り始めないといけないわ」
コークスを作るのに耐火レンガ必要なのに、
その逆でもあるという、卵が先か鶏が先か問題が発生する。
「よく聞いて、これはコークスだけを売るだけの話じゃないわ、
必ず鍛冶屋がコークスの温度に気づいて使用するわ――」
バリス領主が顔を近づけてきて、
イルヴァがメガネを軽く掛け直す。
「でも、さっきも言ったように既存の窯なら2、3度でダメになる、
その時に、コークスにも耐えられる窯を売るのよ!」
「窯までも押さえるということですか?」
「そうよ!木炭があるからいつかはコークスを見て誰かが模倣するわ、
でも、コークスに耐える窯の材料はそうそう解明できないはずよ」
掛け直したはずのイルヴァのメガネがずり落ちる。
「今年は無理でも、来年には北部に展開して暖炉も押さえるのよ!」
「北部はここよりも冬が早く極寒だと聞く、
ならばコークスは喉から手が出るほど欲しいということか」
バリス領主が手を叩いて意図を読み、
私は小さく頷いた。
「どう?煙石が鉄に変わる資源に思えてきたでしょ」
「あの石が我が領地を救うとはな」
ジャガイモだってそうだった。
知らなければ無価値なものでも、元の世界の知識を活用すれば、
価値を創造することが出来る。
裏技だのセコいだの思われるけど、リズとの約束を果たすためなら、
どんなことだってやってやるわ。
バリス領主とイルヴァとの話し合いの後、
その間に、バリス領を視察していたガリルと落ち合った。
「ガリルどうだった?」
「山の近くで作付けするのは無理ぜ、
土が水を含むものじゃない」
「ネルガが言っていたとおりね」
「だから、農作業をするなら森を切り開く必要があるぜ」
「ジャガイモもダメそう?」
どんな土地でも育つという曖昧な知識で聞いてみる。
「ジャガイモは俺も実際よくわからんぜ、
ただ、ライ麦が育たない畑でも取れるから可能性はあるかもぜ」
「なら、ジャガイモだけでも山の村で作らせてみるのは良いわね」
「やらんよりはいいぜ」
バリス領の今後の方針が決まり、
私たちはヴェルデンへ戻ることにした。
ヴェルデンに戻ってもやらないといけないことは山積みだ。
少しでも稼げる商品は増やしていかないといけない。
火付けの木筒の量産もそうだが、
今はもう一つとっておきの商品の製作に取り掛かる。
「マァム、邪魔して悪いわね」
「いえいえ、新しい調味料を作るというので楽しみにしていました」
昼時を過ぎた食堂で、新商品の開発を始める。
目の前には、シードルを熟成させたリンゴ酢とひまわり油に卵と塩が並べられている。
「言われたものを準備しましたが、これをどうするのですか?」
「パンにも野菜にも肉にも合う、最高の調味料を作るのよ」
とはいっても、マァムは不思議そうにしていている。
まぁ無理もない、この世界は調味料と言ったら香辛料や薬味などと言った、
作物を刻んだりしたもので、後は塩と砂糖しかない。
マヨネーズ作りに関しては自信がある。
酵母などと違って、家庭科で作った経験があるからだ。
「まずは、卵黄だけにしてちょうだい」
まぁ、私が慣れない手つきでやるよりも、
マァムに指示を出してやってもらうんだけどね。
マァムは当然のように、半分に割った殻を上手に使って、
卵黄を殻に何度か行き来させて白身を取り除いていく。
「で、そこに小さいスプーン3杯くらいこのりんご酢と言うものと塩を入れて混ぜて」
シードルを一樽だけ熟成させてりんご酢を作っていた。
マヨネーズを作る予定でもあったし、
冬に向けて、野菜の酢漬け野菜を作るためでもある。
木製のボールとジーノに頼んで作ってもらった、
ツルを編んだ泡立て器を使ってマァムが混ぜる。
頑張って混ぜている間に、少しずつひまわり油を注いで乳化させる。
ここからが本当にきつい。
卵黄の色味が次第に白く濁りだし、トロみが出るまで10分近く混ぜ続けないといけない。
マァムの息が上がり始めたのを見て、
「交代しましょう」
ボールと泡立て器を受け取りかき混ぜる。
混ぜるだけなら私にだって出来る。
「リズ様、白くなり始めました!」
夢中でかき混ぜていたので、ボールの中を見る余裕がなかった。
泡立て器で掬ってみたが、まだまだトロみが足りない。
「もう少しトロみが出るまで混ぜ続けないといわけないわ」
ハァハァと息を吐きながら、苦行は続くことを告げる。
「アシュ、交代!」
右手が限界を迎え、3走者目のアシュに泡立て器を渡した。
「かしこまりました」
アシュは受け取ると、マァム以上の速度でかき混ぜ始めた。
「アシュ、そんな始めから頑張らなくていいのよ」
私の心配を他所に、涼しげな顔でこちらを見てくる。
アタンで逃げてたジャンを捕まえた時もそうだけど、
アシュの身体能力には脱帽するばかりだ。
「アシュ、掬って見せて」
疲れる様子も見せず、アシュが5分ほどかき混ぜ続けた結果、
泡立て器に纏わりついて、糸を引くように伸びだした。
それを見て指で一掬いして味を確かめる。
「!?」
懐かしいわ。
これよ!間合意事なくマヨネーズよ!
「味見してみて」
アシュとマァムにも味見をさせると、
「えっ!?甘さと酸味がすごいです」
「今まで体験したことない味です」
やっぱり驚きが先に来るようだ。
「苦手そうじゃない?」
不安ではあった、高価な香辛料は控えめ料理が多く、
全体としてこの世界は薄味が支流の中で、マヨネーズはガツンと主張してくる。
「私はこの味好きです。これで調味料って言うのはすごいですよ!
こんな味が前に出てくるものなんてありませんでした」
「これならパンに塗るだけでも、簡単に違うを味を楽しめますね」
2人の感触は悪くないようだ。
「じゃ、それを持って付いてきたなさい!」
そう言って2人を連れて食堂を飛び出し、
数件隣にある、パン屋に向かった。
売り場を後にし、工房へと足を踏み入れ、
「バンズ!茹でたてのイモを頂戴」
「急にどうした?」
「いいから早く」
バンズを急かして、茹でたてのイモを受け取ると、
「いい?このイモにそれを塗って食べたらぶっ飛ぶわよ」
私の言葉に、アシュとマァムの唾を飲み込む音がした。
熱々のイモを割ってマヨネーズを垂らして上げる。
「ぶっ飛びなさい!」
掛け声とともに2人はマヨネーズがタップリ掛かった部分に齧り付くと、
「「ん!んうんん!」」
声にならない反応を上げながら飛び跳ねた。
「ヤバいでしょ?」
うんうんと頭を振りながら、二口目も堪能する。
「おい、なんだそりゃ?」
「新しい調味料よ!」
マヨネーズを塗ったイモをバンズの口に入れる。
数度の咀嚼を終え飲み込んだ後に、
「なんだこりゃ!白いやつの酸味でイモの甘さがわかりやすくなってる」
「そうでしょ、そうでしょ。2人はどう?」
アシュとマァムの方を振り返ると、
持っていたはずのイモが綺麗に姿を消していた。
「イモの味を打ち消すかと思いましたが、
こんなに味を引き立てるとは驚きました」
「本当に美味しかったです」
「これを売り出そうと思うけどどうかな?」
私の提案に、
「これは間違いなく売れるぜ」
「売れると思います」
手放しで喜ぶバンズとアシュだったが、
「売るってなると、大量に⋯⋯かき混ぜるんですよね?」
暗い顔をするマァムが居た。
「大量に作るときは、水車か他の方法を考えるわ」
それならばと、暗い顔を引っ込めてマァムも賛同してくれた。
火付け木筒にマヨネーズ、
あとはあれを作ることが出来れば、領地に人も呼べるようになるわ。
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