領主の義務
地獄の⋯‥いや、みんなで乗り越えた3日間を経て、
私はお父様と4人の無骨な領民とバリス領へ向かう荷馬車に乗っている。
「バリスって遠いのね」
「馬車で2時間ほど掛かります」
手綱を握りながらアシュが答えてくれた。
「リズ、バリスにはまだ着かないから、
今のうちに休んでいなさい」
「そうしたいのは山々なのですが⋯⋯」
私は、木の床を叩いてここじゃ寝れないと伝える。
「それよりも、私の考えで良かったのですか?」
「時間的に、あれ以上は詰められん」
お父様は大事に袋を抱えている。
煙石を窯で蒸している間に、何度もお父様とどういう流れで、
話を進めるか話し合いを重ねてきた。
こっちとしては、お金も領民も渡さない姿勢で進めるつもりで居る。
そのうえで、ここぞというタイミングを見て、
切り札を切らないと、足元を見られて両方よこせとのたうつ可能性がある。
今回はイルヴァの時とは打って変わって、
私は横で座っているだけ。
それでも、いくつものバリス領主の出方を想像して、
最悪、私が口を挟んでいいのか考えてる。
思考はいつしか3日間を振り返りはじめて、意識が薄れていった。
「⋯着くぞ。リズ!」
一気に目を開けて周囲を見渡す。
「バリス領に入ったぞ」
寝ぼける私に、お父様がもうすぐバリス領主の屋敷に着くことを教えてくれた。
「いつの間にか、寝てしまいました」
こんな床では寝れないと言ったのに、
簡単に寝入るなんて、きっとみんなも今は爆睡しているだろう。
3日間喰らいついてきてくれたみんなを思い出し、
失敗は許されないと、気を引き締め直し両頬を叩いた。
「そこまでしなくとも⋯⋯」
私の気合の入れ方に呆れるお父様を尻目に、
バリス領を眺める。
建物はどれも木と土壁で建てられていて、
酒場や食事処に宿屋と服屋までもある。
しかも、ガラスの窓がある。
アタンほどではないが、バリス領も立派な街だ。
なのに⋯⋯。
人が歩いていない。
酒場も食事処も昼時だというのに、営業している様子がない。
初めてヴェルデンの領地を見たときと同じだ。
街が、領地が、生きていない。
「相当厳しそうですね」
「思った以上だな」
生気のない街を進み、バリス領主の屋敷へと向かう。
屋敷へ着くとすぐに、応接室へと通された。
屋敷はヴェルデンの3倍の大きさで、
玄関には、無駄にデカいシャンデリアや熊の剥製が置かれていた。
応接室にも、絵画や彫刻、金細工が施された剣が飾られている。
あんなのさっさと売ればいいのに。
ネルガたちの状況と、通ってきた街の様子を考えると、
ここの領主は身を削る気はないのだと感じた。
「水すら出さないのか」
バリスの無礼に、お父様が苦言を呈していると、
「遅かったな、それでどうするのだ」
扉を開けるやいなや、ヴェルデンの回答を求めてくる小太りの男が入ってきた。
その振る舞いにお父様が、拳を震わせていたが、
ここで怒ったりしたら相手の思うツボだ。
それはお父様も理解して、
「すぐに決められる内容ではありませんから」
平坦な声で小太りの男に言い返した。
小太りの男もとい、バリス領主は鼻で笑いながら席に着いた。
「それで、金を払うのか逃げたバカどもを返すのか、
それとも⋯⋯そっちの領民を出すのかどれにしたのだ?」
自分の政策の失敗で招いた今回の件を、
あたかもこちらの落ち度のように問い詰めてくるのは腹が立つ。
「ヴェルデンとしては――」
お父様は一呼吸を置いて、
「6000万も避難民もヴェルデンの領民も渡すつもりはない」
さっきの平坦な声とは打って変わって、
威圧するように語気を強めて返事をした。
「ふ、ふざけるな!人の領民を盗んでおいてなにを言っておるか!」
「盗んだとは聞き捨てなりませんな、バリス領では死ぬと判断して、
彼らは私たちに救いを求めてやってきたのです」
「なんだと⋯⋯」
顔を真っ赤にして、机を何度も叩いて反論するバリス領主だが、
「収入の柱だった鉄が取れなくなって、
経験のない鉱夫に作付けを命じたそうだが、土地を理解して作物を選定したのか?」
「あんなもん、土を耕して水をやればどこでも育つだろ」
じゃなんで育っていないのよ。
ダメだ、口を出さないと決めていたのに、
この短い時間だけで頭が痛くなる。
「ならばなぜ彼らは飢えている?」
「奴らが無能なだけだろ、金も稼げないやつに生きる価値などない」
「お父様、ごめんなさい」
お父様にだけ聞こえるように言って、
「無能は領民ではなく、あなたよ!」
私は立ち上がってバリス領主を指さして言い放った。
「なんだと小娘!」
「聞こえなかったようですからもう一度言いますわ。
無能なのはバリス領主、あなたです!」
「貴様⋯⋯!」
バリス領主も立ち上がり、青筋を浮かばせながら睨みつけてきた。
「無能でないというのなら聞かせて下さりますか、
鉄が取れなくなったバリス領をどうやって立て直すのかを」
「そ、それは⋯⋯」
すぐに答えが返ってこないどころか、
視線を逸らして言い淀む。
「偉そうなことを言ったのに、無策なんてないですよね?」
「新しい鉱脈を探しているのだ!それが見つかればすぐに元に戻る」
「見つかる根拠は?見つからなかったときの代案は?」
畳み掛けるように言葉で突き刺す。
「もしかして、40人返ってきたら探す手が増えるとか、
6000万で一時は凌げるとか甘い考えではないのですよね?」
「そんなの貴様に関係あるか!」
「大アリです。あなたが無能のせいで領民は逃げ出してうちに来たのですから」
やばい、口が止まらない。
「どっかの誰かが、人の商品を餌に粗悪品をばら撒いていたけど、
そんな子供だましの様な方法しか思いつかない領主ではありませんよね?」
あんたがあんな下世話な方法を使わないで、
しっかりシードルを作っていれば、きっとシードルのシェアは取れていたはず。
「目先のお金を拾うことに執着して、
育てることを怠ったあなたのせいで、バリス領は落ちぶれたのよ」
「税である鉄を納めない領民になんの価値があるというのだ!」
ここまで言っても、バリス領主に届いていなかったらしい。
だから私は。
「領民に義務を強要するけど、領主の義務は無視ですか?」
「義務⋯⋯だと?」
私はため息をついて、座り直した。
「呆れて疲れるわね、領民には義務だと税や労働を押し付けているのに、
当の本人はその義務を果たさないのですから、ここの領民が可哀そうでならないわ」
「フフ⋯⋯」
後ろに立つアシュが堪えきれなくなって笑ってしまった。
「従者ごときが私を笑うか!」
「そりゃ笑いたくもなるわよ。領民は無償で税を納めているのではないの、
いつか何かあったときに、領主が助けてくれるという備えも含めて納めているのよ」
「そ、そんなの知るか」
聞く耳を持たんとばかりに、腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「無能じゃないならしっかりと聞きなさい。
搾取するだけで、施しをしないのならあなたはただの泥棒よ」
「ふぬ⋯⋯」
響いているのかわからない。
もしこれで、ダメならそこまでの人物なんだろう。
可哀そうだけど、バリス領はここまでってことね。
「お父様」
私はお父様が大事に持ち運んでいた袋を指さした。
「これか?」
「はい」
それをお父様は手渡してくれた。
「バリス領主」
意固地になったバリス領主に声を掛け、
袋をテーブルに放り投げた。
袋の中で金属がぶつかる音と、重い音を鳴らした。
「6000万イェン入っているわ。それで満足かしら」
私の言葉を聞きすぐに、袋を開けて中から、
100万イェン金貨を数枚取り出し確認していた。
「なぜ、貴様がこの金貨を持っている?」
「ザルザ商団のイルヴァって知っているかしら?」
「あぁ、あのいけ好かない商人な、
鉄が取れなくなったって知ったらすぐに来なくなったわ」
「そのイルヴァに、とある商品の製造方法を担保に借りたのよ」
「商品の⋯⋯製造方法だと?」
6000万をポンと出すほどの商品だ、
そりゃ気にならないわけがない。
「アシュ」
「かしこまりました」
アシュは暖炉に近づいて、なにか準備を始める。
「バリス領主様、暖炉を少しお借りするわ」
「あ、あぁ」
これから何が起きるのか見当がつかないようで、
口を開けたまま、アシュを凝視している。
アシュは、暖炉にあった薪や灰を軽く除けて、
そこに袋から取り出した黒石を綺麗に重ねていく。
「なんだあれは?」
「あなたもよく知っているものよ」
バリス領主が目を細めて黒石を見ると、
「煙石か?」
「正確には、煙石だったものよ」
「だったもの?そんなものをどうするのだ?」
「燃やすのよ」
その言葉に、バリス領主と後ろに立つ執事が反応した。
「ふざけるな、そんなもんここで燃やしたら煙が充満するだろ」
「いいから見届けなさい」
「すぐ消せるように水を持ってきます」
執事が慌てて応接室を出ていった。
「煙でこの部屋が使い物にならなくなったら、
賠償をしっかり払ってもらうぞ」
「お好きにどうぞ」
この言葉を合図に、アシュは木筒を押し込んで黒石に火を付け、
火吹き筒を使って、しっかりと燃やし始める。
パチパチと弾ける音が鳴り出し、黒石は煌々と赤く染まった。
応接室は次第に暑くなり、軽く汗が吹き出してきた。
「旦那様、お水を⋯⋯」
執事が水瓶を抱えながら飛び込んできた。
「丁度良かったわ、暑くなってきたらお水を貰えるかしら?」
私の問いに一瞬戸惑い、
「すぐにグラスをお持ちします」
と言って、再度出ていった。
「どうかしら?煙石だと価値のなかったものが、
薪に変わる燃料になることを理解できたかしら?」
「そんな⋯⋯ばかな⋯⋯」
金貨が入っている袋をテーブルに戻して、
バリス領主はおぼつかない足取りで暖炉の前へと歩き出した。
「煙が出ないだと」
「えぇ、ある方法で煙石から煙を取り出して、
上質な燃料に変化させたのよ」
「その方法に、6000万出したということか」
「そのとおり」
アシュから燃やす前の黒石を渡され、
まじまじと見つめる。
うん、コークスは成功したけど⋯⋯。
「ちょっと、暑すぎじゃない!」
手で仰いでみるも、顔には温風が届くだけだった。
「数日前に、5倍のふざけた価格で買ったのはお前か?」
「えぇ」
「例え煙が出ない煙石を作れたとしても、
煙石がなければ意味がないだろ、それとも5倍で買い続けるつもりか?」
汗を拭きながら、バリス領主が席について問いかけてきた。
「別に煙石なら別のところで仕入れられるわ」
「⋯⋯だろうな」
さっきまでの威勢は鳴りを潜め、
押し殺すような声で頷いた。
パチン!
私は両手を叩き、
「だから、商売の話をしましょう」
「は?」
私の言葉に、呆気に取られるバリス領主と、
微笑むお父様とアシュ。
「この黒石の作り方を教える代わりに、
週に荷馬車3台分の黒石と売上の10%を渡しなさい」
「本気か!?」
「だけど、6000万も逃げ出した領民も渡さないわ。
鉄の代わりに煙石からこれを作ってバリス領を立て直しなさい」
「なぜだ?煙石を他で仕入れて自分たちで作って売ればいいだろ?」
無能とは言え、黒石の価値を理解する頭はあるようだ。
「そうしないとここ潰れるじゃない、
私は潰し合いたいわけじゃないの、助け合いたいのよ」
「支え合う?」
「えぇ、別にあなたを助けたいんじゃない、
バリス領に住んでいる領民を助けたいのよ」
付け加えるように、声を落として。
「飢えて人が死ぬなんて見過ごせることじゃないわ」
投げかけた言葉をバリス領主はしっかりと受け取り、
俯いて肩を震わせた。
「お待たせしました」
間が良いのか悪いのか、執事がグラスを持って入ってきた。
「早く水を下さるかしら」
煙の出ていない暖炉とバリス領主を見つめ、
状況が掴めないまま、執事は動揺を隠して水を注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
そんな執事に微笑んでグラスを受け取り、一気に飲み干した。
「生き返るわ」
「ま、窓を開けましょうか?」
「そうしてくれると助かるわ」
「かしこまりました」
執事はすぐに窓を開け、涼しい空気を応接室に呼び込んだ。
「それでバリス領主、どうしますか?
6000万を受け取り、見つかるかもわからない鉱脈に望みを託すか、
黒石の製造方法を教わり共に歩むか、選びなさい」
「あの石の価値は理解した。だが、すぐに売れる根拠もない」
今までも睨みとは違う、こちらを試すような目で見据えてきた。
正しい判断だ。
なにも考えず飛びつかれていたら困っていたわ。
「無能と言ったのを撤回するわ」
「なんだと?」
「そこは心配しないでいいわ、ザルザ商団が商団あげて売り込んでくれるわ。
それに、黒石を作るための窯などにイルヴァから500万の投資、
ヴェルデン領からは300万の食料などの援助、これ以上なにが不安?」
悪いけど、あなたの知らないところで話はもう決まっているのよ。
「⋯⋯私は領主失格だ」
「えぇそうよ、領民のためなら誇りも財産すらも売ってでも守り抜かないといかない」
バリス領主は立ち上がり、椅子の横に移動したかと思えば、
「ヴェルデン領主、これまでの非礼をお詫びする。
黒石の作り方をどうか、教えては頂けないだろうか」
地面に額をつけて、元の世界でいう土下座で提案を受け入れた。
「これだけは忘れないで、もっとあなたが早く周りに助けを求めていれば、
救えた命があったということを」
「⋯⋯はい」
バリス領主が姿勢を保ったまま、むせび泣いてしまった。
「落ち着いたのか?」
「はい」
あの後は、椅子に座らせて今後のことについて話し合った。
「じゃ、戻ったらすぐに食料の運搬をさせる」
後はお父様に任せて、私は静かな女の子に戻ることにした。
「それと、農作業に詳しい人物も向かわせるから、
彼にバリス領を自由に見させるように手配してくれ」
「了解した」
お父様の話を逐一メモを取る執事。
「詳細な契約内容や窯などの投資については、
2日後の再度イルヴァを連れてくるから、その時に話し合おう」
「そうしても貰えると助かる」
あれから結構経つというのに、黒石もといコークスは未だに燃え続けている。
イルヴァは教えてくれなかったけど、
コークスってどのくらいの規模を秘めているのだろう。
「それじゃ、2日後にまた来る」
話し合いがある程度まとまり、屋敷を後にすることにした。
玄関での見送りの際に、
「あの⋯⋯」
「うん、私?」
「そう言えば、名前を聞いていなかったと思い」
そう言えば名乗ってなかったし、
タイミングもなかったわね。
「リズよ!」
「リズ⋯様ですね」
「よろしくね」
そう言って、バリス領主に手を差し出した。
バリス領主は少し照れる様に頭を掻きながら、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ほら!奪い合うより、助け合ったほうがこんな気持ちの良い握手が出来るのよ」
「そ、そうですね」
うんうんと笑いながら頷いた。
ヴェルデン領に戻ると、窯の前には3日間を共にした人たちと、
ネルガたちが私たちの帰りを待っていた。
「どうだったんぜ?」
ガリルの大きな問いかけに、
私は両手を頭の上でつけて丸を作った。
そうすると、
「「よっしゃ!!!」」
みんな両手をあげて歓声を上げた。
ネルガに近づき、
「今日からあなた達は正真正銘のうちの領民よ」
「ありがとうございます」
気がつけば他の避難民も居て、
涙を流しながら抱き合っていた。
とはいっても⋯⋯バリス領への支援で結構火の車になってしまったことは、
みんなには内緒にしておこう。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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