煙石は石炭?
「リズ様、リズ様⋯⋯」
遠いところで、私を呼ぶ声が聞こえる。
「お眠りになるなら屋敷に戻りましょう」
ハッとなって起き上がった。
やばいやばい、普通に意識が飛んでいたわ。
「気を抜いたら寝てしまったわ」
心配するアシュと後ろで戸惑うネルガ。
「もう起きたから、話を聞かせて」
ネルガは他の避難民に聞いても、実物は持っていなく、
この近くで取れるというのも聞いたことはないと教えてくれた。
「セバスはなんて言ってたの?」
「はい、セバス様も煙石のことは存じて居られましたが、
屋敷にはないようですが、イルヴァ様に頼めばすぐに手に入るのではと」
「なるほどね」
そうと決まれば早速イルヴァに会いに行くしかない。
「そんなに煙石が気になるのですか?」
ネルガにとって私の煙石への執着は異常に見えているようだ。
まぁ、煙石と本当に煙たがられているみたいだし、
利用価値がないものに、時間を掛けるのは無駄に見えているのだろう。
「もしかしたら、鉄よりも重要な鉱物になるかもよ」
「まっ、まさか⋯⋯」
疑いを拭えないネルガを置いて、すぐにアタンへと荷馬車を走らせた。
「結構な量ね」
目の前には荷馬車5台分の煙石が山積みになっている。
イルヴァに頼んで煙石を仕入れてもらったが、
2日で運んできたのには驚いた。
荷馬車5台分で1万イェン、運搬費7000イェン。
これが薪なら6万から8万イェンになるだろう。
これからも分かる通り、煙石は市場価値がないものと思われている。
「なんであんたも居るのよ」
「リズ様が急にゴミ石を大量に仕入れるというのですから、
また何かやってくれると思いまして、楽しみでしょうがないのです」
何も疑いもない、真っ直ぐな目で私を見てくるイルヴァ。
本当に、ちょっと前に潰しあいした仲なのかを疑いたくなる。
「それはあれかしら、一枚噛みたいということでいいのかしら?」
「それは当然です」
「なら、成功しても失敗しても出資をしてくるってこと?」
私の嫌味な申し出に一瞬怯んでみせたが、
「わかりました、200万イェンまでなら出資いたしましょう」
「何になるかもわからないもので、収益性も不明な状態で?」
「腹の探り合いはやめましょう、仮に今回がダメだったり収益性が良くなくとも、
次にリズ様がなにかされる時も、私に声を掛けて頂けますよね?」
腹の探り合いはやめようと言うくせに、
完全にこっちを値踏みする目で見ているじゃない。
「そこまで評価してくれるなら悪くわないわ。
私が今しようとしているのは、薪に変わる燃料の開発よ」
これだけで、イルヴァは目を大きく見開いて、
私と煙石を何度も見返した。
「本気でおっしゃられていますか?」
「私は本気よ。この石が薪よりも効率のいい燃料になるとしたら?
しかもその方法を私たちだけが知っているとしたら?」
目を細め、イルヴァを試す。
イルヴァは身震いをし、彼の頭の中で途方もない数字を叩いていることは、
容易に想像ができた。
「なら、500万イェンまでお出しします」
「結果を見たら、1000万イェンを検討して」
「それほど⋯⋯自信があると?」
その問いに、私は笑って返した。
イルヴァには強気に出たが、大事なのはここからだ。
煙石を見たところ、石炭であることは間違いなさそうだが、
石炭をコークスにするには蒸して、煙として不純物を出さないといけない。
その工程が難しいと学生時代に読んだ事がある。
空気を取り込みすぎれば普通に燃えて灰になり、
少なすぎれば不純物を出しきれない。
ここからはいつも通り、手探りで進めるしかない。
「さぁみんな始めるわよ!」
「「おー!」」
ガリルに頼んで、開墾組を20人集めてもらっていた。
「まずは10人で、この煙石の山を10個の山に分けて。
出来るだけ同じ量になるようにね」
力自慢の男たちが、木のスコップを煙石の山に突き刺して、
豪快に切り崩していく。
「残りの10人はあそこの斜面に窯状の穴を掘ってほしいの」
私は分かりやすいように指示したつもりだったけど、
「くり抜けばいいのですか?」
「口だけじゃわからないわよね」
近くの小枝を手にして、地面に絵を描いてみせた。
「下の方に火を入れる口を開けて、
中はあの山1個がギリギリ収まる広さにして、
そして、天井には煙が出る小さめの穴を開けてくれればいいわ」
「なんじゃ、石で木炭を作ろうってことぜ?」
私の絵を見て、遅れてきたガリルが一瞬で理解した。
「そうよ、あれって石に見えて元は相当昔の植物とかの集まりなの」
「なら、窯作りはこっちに任せるぜ、木炭なら何度か作ったことあるぜ」
「本当?それなら助かるわ」
ガリルの手助けで、肝心の窯が手から離せたお陰で、
私は別のことに集中できる。
「一旦どのくらい煙がすごいのか試したいわ」
煙石を分けている作業者に声を掛け、
実際に燃やしてもらうことにした。
ただ驚いたのは、火をつけるのに火打ち石を使用しているということだ。
私は小声で、
「アシュ、火ってあんなふうに点けているの?」
「はい、調理場などで一日に何度も点けるときは、
朝に火打ちで火を起こし、火種を灰の中にしまってまた使っています」
そうだったのね。
自分で火を起こしていなかったら盲点だったわ。
「ちょっとあなた。少し待っていなさい」
火起こしに悪戦苦闘する男にそう言って、一旦離れることにした。
30分程して私は、木の筒を手にして戻ってきた。
「これなら簡単に火を起こせるわ」
木の筒をさっきの男に手渡すも、
目をキョトンとしてこちらを見つめてくる。
「左右に引き抜いてみて」
私の指示に従い、男は木の筒を引っ張ると真ん中で別々になった。
片方は中がくり抜かれていて、もう片方は突起になっている。
「突起の先端に凹みがあるでしょ?そこにこの木の切り屑を入れて、
一瞬で押し込んで、もう一回開けてみて」
慣れない手つきで男は指示通りに切り屑を入れて、
押し込もうとしたが、
「ふ、ふぬぬぬ――」
両腕に青筋が浮き出るほど力を加えるがビクともしていない。
「そんなじわじわ力を入れないで、本当に一瞬で押し込む感じでやりなさい」
「は⋯⋯はい」
地面に木筒を置いて、男が全体重を乗せて押し込む。
「ふぬ!」
男の力で木筒がまた一つになったのを見て、
「すぐに引き抜く!」
「は、はい」
慌てるように木筒を手にとって左右に引っ張ると、
切り屑が赤く光って煙が微かに上がっていた。
男はすぐに藁に落として息を吹きかけた。
「ふー、ふー」
息を吹きかけるたびに、藁から煙が上がり、
それは次第に大きくなって、最後は藁が燃え始めた。
「石を叩くより簡単でしょ?」
「そんな話ではありません」
男は木筒を驚いた目で見つめる。
「俺にもやらせてくれ」
これを見た他の男たちもやらせてくれと、
木筒を取り合って、無駄に何度も火起こしをし始める。
「遊んでないで、さっさと山を分けてよ」
「「はい!」」
私に叱られた男たちは、子どものように背中を丸めて作業に戻った。
「あの⋯⋯リズ様?」
「どうしたのイルヴァ?」
「先程の物はどういう方法で火が点いたのでしょうか?」
「空気は圧縮すると高温になるから、それを利用して火を点けただけよ」
当たり前のように答えるが、
「空気を圧縮?空気が熱を持つ?」
イルヴァには圧縮で空気が熱くなることを理解できなかったようだ。
「まぁ原理はよくわかりませんが、あれを商品にするおつもりはありませんか?」
そっか、こんなのでも売り物になるのか。
「1個2000イェンで売ってあげるから、3000イェンで市場で売りなさい」
「いやいや、1万イェンでもこれは売れます」
これから冬になるから、簡単に火を点ける道具の需要はうなぎ登りだろう。
それでも⋯⋯。
「1万イェンで庶民が買えると思っているの?」
「庶民ではなく、貴族や富豪をだけでも相当売れます」
「イルヴァねぇ――」
別に彼が悪いわけじゃない、特別な物や珍しいものを貴族や富豪に売るのは、
この世界の商人としては至極当然の行動だ。
「私と今後もやっていきたいなら私のことを理解して、
私は庶民のために、物を作り物を売るの!納得できないなら私とは終わりよ」
少しは悩んだり、否定してくるかと思っていたが、
「かしこまりました。私も今後は庶民に目を向けて商いをしていきます」
何度見ても綺麗なお辞儀で考え直すことを告げてきた。
「わ、分かってくれたならいいわ」
なんか拍子抜けするのよね。
「お嬢様!窯が出来たぞ!」
遠くからガリルの声が聞こえた。
「今行くわ!」
始めるわよ、泥臭いコークス作りを!
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