楽しかった時間から一変
翌日も昼前まで自由時間にして、各々アタンを見て回り、
昼過ぎには、ヴェルデンに帰って来た。
「2日間お疲れ様」
荷馬車からノソノソと降りるみんなに向かって、
「それじゃ、明日の夜に事務所にまた集まってもらうけど、
その時に、アタンで感じたことを踏まえて、
これからの領地をどうしていくか、考えてきてね」
まばらな返事に不安を覚えたけど、
とりあえず、みんなが何を感じたか聞ければ良いや。
そう思い、みんなを見送ろうとしていると、
「旦那様、問題が起こりました」
屋敷の中から、神妙な面持ちでセバスが告げる後ろで、
お母様が心配そうにこちらを見つめていた。
「その人達は今どうしている?」
「奥様の命で、今は空き家を手配してそちらに滞在せております」
「わかった。すぐに向かおう」
セバスの説明では、昨日からバリス領からの避難民のような人たちが、
うちに助けを求めてやってきたらしい。
お父様は、彼らに事情を聞きに行くというので、
私も同行することにした。
セバスに領地の端にある一角へと案内された。
ノックをし、中に入ると少し前のヴェルデンの人たちを思い出してしまった。
やせ細った手足、そして虚ろな瞳には生気が宿っていない。
この家には10人ほどが居るが、セバスは後3軒にも同じ人数が居ると言う。
「⋯⋯ひどいわ」
「あぁ⋯⋯」
私の言葉に頷くお父様と、目をつぶり頭を抱えながら首を振るセバス。
突然の私たちの来訪に、怯える避難民。
「この中で、事情に詳しい者は居ないか?」
お父様の問いかけに、男が恐る恐る手を上げ立ち上がった。
「私が⋯⋯みんなを引き連れて来ました」
「そうか、話を聞かせてもらえるか?」
事務所で話をしようとお父様が提案をし、
男だけを連れて行こうとすると、
「その人だけが悪いのではありません」
「悪いのは俺等みんなです」
懇願するように掠れた声で、男の助命を願い出てきた。
「勘違いしないで、本当に話を聞くだけだから安心して」
怯える彼らを宥めるために声を掛け、
「セバス、食事は出したのかしら?」
「それが、領主様と先に話をしないことには、
食事は受け取れないと言うのです」
律儀というか、逃げてきたのにそういうことを気にするのね。
「お父様、よろしいでしょうか?」
「セバス、すぐに用意しなさい」
お父様は憤りを隠さずセバスに指示を出した。
「私は先に食堂に行って、マァムに事情を説明します」
「頼む、私は事務所で話をしているから、
済んだらすぐに来てくれ」
「はい」
セバスと一緒に、食堂へと駆け足で向かう。
見た様子だと、数日まともに食事を取れていない。
そんなときに、普通の食事を食べるのは胃腸に負担になってしまう。
食堂に駆け込むと、慌ただしくマァムが指示を出し作業していた。
「マァム、話があるの」
「他領から来られた人たちのことですよね?」
彼らのことは領民でも噂になっていて、
帰ってきたばかりのマァムにもすぐに伝わっていたようだ。
「それで、彼らに食事を出したいのだけど――」
「無断で申し訳ありませんが、話を聞いて急いで準備しています」
頭を下げるマァムに、
「何を言っているの、完璧な判断よ」
「あ、ありがとうございます」
叱責される可能性を理解しながら、
それでも、準備をはじめていたマァムに私は嬉しくなった。
「多分、数日食事をしていないから、
消化にいいものをお願いできるかしら」
「そう思いまして、スープにジャガイモをすりつぶして団子にしたのと、
肉を叩いて一口大にしたものを、薬味スープで煮込みます」
「本当にあなたにここを任せて良かったわ」
背丈は子供と変わらないはずなのに、
マァムは本当に大きく見えた。
「じゃセバス、出来上がったらすぐに出してほしいけど、
ゆっくり食べることをちゃんと伝えてね」
「かしこまりました」
後はセバスに引き継いで、慌ただしく事務所へ向かう。
事務所へ入ると、お父様と男が向かい合って話をしていたが、
未だに、男は震えて歯を鳴らしていた。
「どうですか?」
私の問いに、お父様が首を振る。
話が出来なかったのか、それとも結構深刻な話だったのか、
私には読み取ることが出来なかった。
とりあえず、話を妨げないようにお父様の隣に座った。
「去年から、鉱物が取れなくなりだしまして、
バリス領主様が畑の仕事をするように指示をされたのですが――」
男が話をしているから、深刻な方ってことね。
「俺等は、ずっと山を削ることしかしていなかったので、
急に畑仕事をと言われても、まったく育ちませんでした」
「バリス領主はその間、なにも支援をしてくれなかったのか?」
「支援なんて⋯⋯作物が育たなくていつも叱責されていました」
だからか、みんなこんなに怯えているのは。
「1年近くは村のみんなで頑張ったのですが――」
男は喉をつまらせ、下を向き涙をこぼした。
「去年の冬に8人死に、それでも今年の夏に作物が出来ればと踏ん張りましたが、
うまく行かずに、このまま冬にみんなで死ぬくらいならと⋯⋯」
「村を捨て、うちに流れ着いたってことね」
私の問いに、頷いた。
「俺は村の取りまとめを任されていました。
俺が責任を全部取りますのでどうか⋯⋯」
男のこの言葉に、お父様が膝を叩き、
「心配するな、今はとりあえずゆっくりしなさい」
言葉は優しいのに、語気は強かった。
男を家に戻して、お父様からはじめの方の話を聞いた。
まとめると、バリス領では鉱物が取れなくなり、
鉱物を売って成り立っていたバリス領は落ちぶれ、
起死回生の農業もうまくいかなく、彼らは最後の希望として村を出て、
他の領はバリス領とのいざこざを危惧して追い返された末に、
ヴェルデンにたどり着いたという感じね。
「これは⋯⋯まずいですね」
「あぁ、領民が領主の許可なく領地を離れるのは禁止されている」
「それを受け入れたとなると⋯⋯」
「我々も、咎められても仕方がない」
だからといって、食事を与え明日にでも追い返すというの?
そんなの死になさいって言っているのと同じじゃない。
「ただずっと気になっていたことがわかってよかったです」
「どういうことだ?」
お父様が不思議そうにこちらを向いて聞いてきた。
「以前シードルの模造品問題で、鉱物を生業にするバリスがなぜシードルをと思っていたのですが、
バリス領主もなりふり構わずに、稼ごうとしていたということが分かった、ということです」
「あれはそういうことだったんだな」
以前バーカスに探りを入れてもらっては居たが、
これといった情報を聞けなくてヤキモキしていたけど、これで繋がったわ。
それと同時に、バリス商団をアタンから追い出した張本人は私だ。
その結果、彼らを追い詰めることになってしまった。
知らなかったとは言え、胸にいくつもの針が突き刺さる。
「どうしましょうか?」
「一旦私からバリス領主に手紙を出す。
避難民が来たことと、私はそれを受け入れる意思があることを伝える」
お父様は硬く握られた手を見ながら続けて、
「彼は⋯⋯過去の私と同じに見えた」
震えた声で言われたことに、ハッとし納得した。
「もっと言うなら、私の行き着くはずだった先だな」
そうだ。もし私がリズの身体に入っていなければ、
数年後には、お父様も同じ道を辿っていただろう。
だからお父様は、彼を見捨てることが出来なかった。
「でも今は、そんな彼らを受け入れられる選択肢を選べるまで来ています」
お父様の震える手に手を添え、その道は辿らなかったと伝える。
「それはリズが⋯⋯いや、みんなが頑張ったお陰だ」
「お父様が領民を見捨てずに、身を削り守ったからみんな付いてきたのです」
何度も何度も小さく頷き、そうか、そうだなと繰り返す。
「リズ、40人増えても冬を越せるか見直してくれ、
私はバリス領主と王宮に手紙を出す」
「はい」
覚悟を決めたお父様は私に命令して、事務所を飛び出していった。
思えば、お父様からの初めての仕事かもしれない。
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