観光、夜の部
日が落ち始めると、女将の酒場にみんなが戻ってきた。
「それじゃ、お酒も解禁ということで⋯⋯カンパーイ!」
「「乾杯!」」
みんなの手にはエールとシードルが入った木製のコップが握られ、
乾杯を合図に夜の部が始まった。
「昼よりも豪勢だな」
「見たことがない料理ばかりです」
いくつも並ぶ料理に目移りしたかと思うと、
バンズとギータは、「全部食えばいいか」と悩むのをやめて、
取り皿によそい出した。
「みんな何していたの?」
「俺たちは、パン屋と酒を売っている店を周ったぜ」
バンズが口の中に料理を入れたまま話して、
ギータとユルが頷いている。
結構、この3人仲がいいのね。
まぁ、パン屋とシードルの作業場が近いから会う機会も多かったのかな。
「ジーノたちは?」
「わしと小僧は石壁を見たり、ここの大工に会いに行っていたわ」
「なんか面白い発見でもあった?」
ギルが、シードルで食事を流し込んでから、
「石壁はただすごいとしか思えなかったのですが、
大工の方と話をしている中で、土地が少ないから2階とか3階建てが主流って言ってました」
「うちは屋敷以外、全部1階建てしかないから、
土地ごとの特色があって面白いわね」
「それと、お嬢様の工法を話したら興味を持たれていました」
「えっ!?言っちゃったの?」
「ダメでしたでしょうか⋯⋯」
「言っちゃったなら、仕方がないわ」
ギルのやってしまったという顔を見ると、
これ以上責めるのも可哀想に思えたし、口止めをしなかった私が悪い。
出来るかはわからないけど、あの工法が確立できたら、
近隣に安くて早い家作りとして売り込むことを考えていたから、
本当は、口外して欲しくなかったな。
これは完全に反省だ。
「ガリルは何してたの?」
「俺は領主様と、市場で売ってる作物などを見て回っていたぜ」
「なにかわかりましたか?」
お父様の方を向き、話を振ってみる。
「時期だからか、塩やライ麦など冬に向けた物がよく売れていたな」
「じゃ、うちも今の内に今年のライ麦を売れば高いんじゃないんですか?」
私の問いに、お父様は首を振った。
「夏に取れたライ麦はすぐに売ったから、もうないんだ」
「⋯⋯そうですか」
そうだよね。8月に穫れたものを残しておける程の余裕なんてなかったわ。
「じゃ、来年は時期を見て売るようにしましょう」
「そう、だな」
私の言葉にお父様は微笑んでくれた。
「マリーは?」
「私は、前から気になっていた服屋に行ってきました」
年頃の女の子らしい。
「なにも、買わなかったの?」
「⋯⋯手に取ったんですけど、みんなに悪いなと思ってやめました」
「なんで?」
「他の子たちはアタンに来れないですし、
ましてや、新しい服なんて買えないのに私だけ買うのは気が引けて⋯⋯」
私は両手で顔を覆い、宙を仰いだ。
「欲しい服はいくらしたの?」
「あっ、1500イェンくらいだったと思います」
財布代わりの小袋から5000イェンを取り出し、
「これで今すぐ何着か買ってきなさい!」
「いえ、買うなら自分で買えます」
「ダメよ!配送と売り込みをしてもらっているから、
これからはそれなりに着飾って頂戴」
私に促され、マリーは服屋に走っていった。
これが、ヴェルデンの次の段階に進む上で避けて通れない課題だ。
みんなと同じ。みんな我慢している。
聞こえは良いが、それは自分を抑えているだけ。
前までは、欲は破滅を招く行為だったけど、
これから、欲がないと前に進めない。
これは、自由市場での買い物や、
みんなの自由時間の過ごし方でも垣間見えている。
まぁ、バンズたちは別としてね。
「マァムは⋯⋯なにか女将さんから盗めた?」
「いっぱいありました。大量の仕込みの仕方は大変勉強になりました」
「じゃ、明日からの食堂に期待だね」
「ぜひ期待して下さい!」
ゆったりと楽しい時間は流れた。
服屋から戻ってきたマリーは、
満面の笑みと服を抱えて戻ってきた。
この時間のまま終わればいいのに⋯⋯。
心のなかで愚痴りながら、アリーシアの顔がちらつく。
「食事も食べ終わったし、そろそろ出ましょうか」
「そうだな。長居しても店に迷惑だな」
みんな顔は赤く、出来上がっている様子だ。
「あんまり気は進まないんだけど⋯⋯2軒目に行きましょうか」
「まだあるんですか!?」
男性陣は元気を取り戻し、マリーとマァムはダウン状態。
「夜の店に行くから、マリーとマァムは嫌なら宿屋で寝ててもいいわよ」
「「そうします」」
本当なら、私だって行きたくないわよ。
「リズ、なんでそんなところに行くんだ?」
小さな声で、お父様が怒ったように問いただしてきた。
「昼の後に、アリーシアさんに会って誘われてしまったんです。
女ボスの誘いを断れますか?」
アリーシアの名前を出すだけで、
お父様も渋々理解してくれた。
酒場を出て、マリーとマァムを宿屋に送り届け、
気乗りしない、夜の店を目指す。
境界線らしいものはなかったけど、
明らかに、客層も店の出で立ちも一気に変わった。
「アシュも宿屋で休んでていいのに」
「いいえ、リズ様が行くなら私も行きます」
酒場では、席にすら着こうとしなかったので、
「アシュが食べないなら、私も食べない」という最終手段を使って、
無理やり座らせることに成功した。
「あぁ⋯⋯あれね」
アリーシアが言っていた、フリーダムという店はすぐに見つけられた。
一際大きく、入口には数人の女性と用心棒のような男が立っていた。
彼に話しかけようと近づくと、
「女が来る店じゃない」
男の方から入店拒否を言い渡されたが、
「アリーシアさんから誘われているの、リズで通じない?」
これを言っただけで、男はペコペコと何度も頭を下げて、
中に案内してくれた。
中に入ると、むせ返るほど香水と葉巻の匂いが充満し、
際どい格好の女性が、それぞれの席で客と足を絡めたり、
耳元で何かをささやきあっていた。
そんな光景に面を喰らっていると、
「リズ様ですね。アリーシア様が奥でお待ちです」
執事のような整った服装と立ち振る舞いの男が、
バンズたちは別の席に案内し、
私とお父様とアシュだけが奥の個室へと通された。
「意外と遅かったわね」
個室には、アリーシアと2人の女性が待ち構えていた。
「ここに向かう足取りが重くて⋯⋯」
「そう、それでも来たのは偉いわ」
皮肉さえ、全く効かないのね。
「立ってないで座りなさい」
アリーシアの言葉で、2人の女性が隣に座るように手招きをしてくる。
「お二人は必要ですか?」
「嫌なら、男を呼んであげてもいいわよね」
「結構です」
完全にアリーシアのペースでやり難い。
というか、なんで私たちを呼んだの?
「気まぐれで呼んだわけではないんですよね?」
「どうかしら」
「要件がないなら、顔は出したので帰りますよ」
私の強固な態度に呆れた顔をして、
アリーシアは葉巻に火を付けた。
「領主様もどうぞ、最高級品ですわ」
お父様に葉巻を手渡すと、隣に座る女性が手慣れた手付きで、
ロウソクから木片に火を移し、葉巻に火を点けた。
一口目でお父様の眉が跳ねる。
「結構来ますわよね」
「かなり強いな」
お父様に葉巻を吸わせたのは帰らせないため?
アリーシアの行動を勘ぐっていると、
「ヴェルデンで店を出すって言ったら、リズはどう思う?」
「店とは⋯⋯この店のような?」
私の問いに、葉巻の煙で返してくる。
「需要があるならいいんじゃないですか」
「春を切り売りする仕事を否定しないの?」
「なぜ?」
私の返答に、初めてアリーシアの顔が変わった。
「下世話な職業だと罵る輩がいるじゃない」
「それは蔑みたいだけの無能が言うことですので、
私なら聞き流します」
アリーシアは明らかに微笑んだ。
「下世話だと言うなら、ここまで大きい店や店の数は生まれません。
売りたいと思う人と、買いたいと思う人がいるなら、
私は立派な職業であり、商売だと思います」
臆すること無く、アリーシアの目を真っ直ぐに見つめて言い切った。
「はっははは⋯⋯!」
顔を上げて大笑いするアリーシアに、女性2人が困惑している。
「言い切ったのは、あんたが初めてだよ」
「大工の家を建てる技術を売り物にするのは良くて、
女の美や若さを使った、男を喜ばす技術を売り物にしたらダメな道理はありません」
グラスに入った酒を一気に飲み干し、
「そこまで言ってくれたら、惚れちゃうじゃないの」
「からかわないで下さい」
私とアリーシアとのやり合いに、みんな追いつけないでいる。
いつの間にか、お父様の葉巻の火が消えている。
「ヴェルデンに店を出すっていうのは冗談よ⋯⋯今はね」
「発展すれば可能性はあると?」
「ここくらい発展したら考えてあげるわ」
「じゃ、言った意味はなんですか?」
「値踏みさ」
睨むように視線と言葉で私を突き刺してきた。
「成り行きであんたを担いだけど、担ぐ価値があるか、
あんたが私たちの職業をどう思っているのか、それが知りたかっただけよ」
「期待には答えられましたか?」
これまでの惑わすような声を隠し、
喉元にナイフの切先を向ける声で言ってきた。
「私の仕事を卑下していたら潰していたわ!」
アリーシアの威嚇に、全身に鳥肌が立った。
「だから⋯⋯とりあえず合格にしておいてあげる」
どうにか、最低限の期待には答えられたみたいで、
胸を撫で下ろし、深呼吸をした。
アリーシアはいつもの顔に戻っていたが、
普通の人なら、あの睨みだけで泡吹いて気絶してるわよ!
まだ引かない鳥肌に、アリーシアは怒らせたらダメだと刻まれた。
「私の値踏みも済んだみたいですし、この空気どうにかしてくれます?」
「そうね」
アリーシアがテーブルに置かれたベルを鳴らすと、
バンズたちが個室に招かれたが、
彼らの顔中に口紅が付いているのを見て、
「あんたたちね⋯⋯」
こっちは、喰われかけて踏ん張っていたのに、
随分と楽しい時間を過ごしていたことに怒りがこみ上げてきて、
「明日は歩いて帰りなさい!」
八つ当たりして、個室から追い出した。
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