豊かさとはなにか?
冬を前に、ヴェルデン領に平穏な日常が戻ってきた。
イルヴァが手配してくれたお陰で、お父様たちの寝室の材料も手に入り、
連日、屋敷の中から金づちの音が鳴り響いている。
「本当に可愛いわね」
「鶏の子供ってこんなに可愛いのですね」
二人してニヤニヤが止まらない。
アシュと一緒に両手の中に居る、真っ黄色の生き物に頬ずりをし、
短い期間しか堪能できない可愛さを愛でる。
「お嬢様の指示通り、鶏の繁殖は順調ですぜ」
以前買った20羽の鶏が、今やひよこを合わせれば70羽まで増えているという。
「メスが100羽になったら一旦繁殖は辞めていいわ」
「了解ですぜ」
卵が手に入れば、油もあるし酢だってシードルから作れるから、
とうとうマヨネーズを作ることが叶う。
マヨネーズはヴェルデンイモとの相性もいいし、
何よりも酢を入れているから長期保存が可能。
あの味がこの世界の人たちに受け入れられるかは不安だけど。
「牛の方は、出産が冬になりそうだって言ってましたぜ」
「母牛の体調を気にしてあげてね」
「それで⋯⋯牛も鶏もいつ食べますぜ?」
「え!?」
ガリルの問いに膠着してしまった。
食べる?この子達を?
首を振りながら歩く鶏と、モーモー鳴いている牛を見て、
「食べないわよ!」
「じゃ何のために飼っているんですぜ?」
「牛乳と卵のためよ」
私の返答が腑に落ちなかったガリルは、
「じゃ豚は何のために居るんですぜ?
牛乳も卵も産まないで、肥えるばかりぜ」
ガリルの問い詰めに、私は苦虫を噛んだ顔をした。
「ほら⋯⋯豚は残飯処理とかで有用じゃない」
わかっている。かなり無理のある言い訳だってことは。
でも、実際に動物たちを見てそれを食べるってイメージをすると、
買ってきた肉は食べれても、気持ちが受け付けない。
ガリルは苦笑いをし、完全に呆れていた。
「それよりも、今日の夜に商団事務所に来てほしいの」
「やっと完成しましたぜ?」
「重要な話し合いをするから、絶対に来てね」
ガリル以外にも、バンズ・ギータ・ユル・ジーノ・ギル・マァムに声を掛けてある。
領地の未来を決める大事な会議だ。
事務所でみんなを待っていると、
「おう嬢ちゃん待たせた」
一番最初に扉を開けたのはバンズだった。
それからすぐにみんなが集まりだし、最後にお父様が来られた。
「あのボロ家が立派な事務所になるとはな」
バンズが感心して、ジーノが鼻を鳴らしている。
「それじゃ、みんな集まったところで本題に入る前に、
進歩状況を確認させてちょうだい」
真面目な議題に、みんな背筋を伸ばして身構えた。
「まずはバンズから、月毎の報告書では売上も増えているけど、
領外の人が増えている感じ?」
「それもあるが、領民も今まではパンだけだったやつも、
イモを買ったりと1人の買う量が増えているな」
よかった。給金として領内に配ったお金がしっかり回っているようだ。
「じゃ次にジーノとギルね。
みんなの家の修繕の進み具合と前に話した組み立て工法は、どこまで煮詰めたのかしら」
2人を見て返事を求めたが、ジーノは腕組をして、
絶対に答えないオーラを醸し出していた。
「ギル、答えて」
「えっ、あ、修繕は来週中には完了します。
工法の方は枠の大きさも決まりまして、家の大きさも概ね固まりました。
今ある材料ですと大体20軒は建てられる計算です」
「結構進んでいるのね」
今ある材料から建てられる軒数を出してるのは偉いわ。
「残りの家を建てるのに必要な材料も出しておいて」
「はい」
「次に、ギータとユルね。シードルは⋯⋯保管場所不足よね」
私の問いに、頷く2人。
地下の保管庫が一杯のために生産量が増やせない問題に直面している。
「あとは⋯⋯ユルさんとどうにか計算してみたのですが、
今の領内のりんごの生産量ですと、増やせても今の倍が限界となりました」
「それを聞けただけでも助かるわ」
そうか、保管場所不足を解消したら次は原材料不足が待ち構えているのか。
「ガリル、りんごってどのくらい育つのに時間が掛かるの?」
「今のりんご畑は領主様と8年掛けて広げたぜ」
8年?こっちの世界でも同じか。
「それは種からってことよね?接ぎ木って方法は知らない?」
「なんじゃそりゃ」
「じゃ、森にりんごに似た実がなる木はないかしら」
渋い顔をしながら首を何度も傾ける記憶を辿っている中、
「多分、あると思います。りんごに似ているのに不味いんですよ」
森で薬味を取っているマァムが代わりに答えてくれた。
「それがあるなら、3年くらいで実を付けれるように出来るわ」
「ホントかよ!?」
「えぇ」
この方法には自信がある。
なぜなら、おじいちゃんの畑にはりんごとブドウが栽培されていて、
子供の頃に一緒にやった事があるからだ。
数少ないおじいちゃんとの大切な思い出。
「詳しい話は今度するわ」
「わかったぜ」
「最後にマァムね。始めは混んでいたけど今は綺麗に分散してくれて、
問題なく回ってそうだけど、なにか問題はあるかしら?」
「強いて言うのであれば、川から水を運ぶことでしょうか。
水を大量に使うので、女性しか居ないために困っています」
そっか。そこまで私も頭が回っていなかったわ。
とはいっても、これは結構簡単に解決できる。
「ジーノとギル。大工で朝昼晩の水汲みを交代でさせて、
その代わり、大工組は食堂の料理を大盛りにしてあげる、どう?」
私の提案に、真っ先にギルが反応した。
「やります。やらせて下さい。水汲みで大盛りになるなら他の奴らも喜んでやります」
「時間とかはマァムと調整してね」
「「はい」」
これで、現状把握は概ね完了だ。
「お父様、なにか気になるところはありますか?」
「いや、言う事なしだ」
お父様の顔は満足そうに見えて、彼らを誇らしく思える。
「それじゃ、本題に入りましょう」
一同私が何を言い出すのかに注目している。
「ヴェルデン領を今後どういう領地にしていくか、
みんなの意見を聞きたいの」
私の言葉に、みんな耳を疑った。
「嬢ちゃんよ、領地をどうするかは領主様が決めることじゃないのか?」
バンズの当然の質問に、みんな頷いてみせた。
「普通ならそうだけど、ヴェルデンはこれから始まる領地よ。
みんなの考えを取り入れたって悪くないと思うわ」
それでも、みんな浮かない顔で悩んでいると、
「領主様はどう考えて居られんじゃ?」
ジーノがお父様の考えを求める。
「ヴェルデン領の長い停滞をリズが切り開いてくれた。
この先領地が発展するのであれば、みなが住みたいと思える領地でありたいと思う」
お父様のお陰で、やっとみんな納得した様子だ。
「と言ってもですね⋯⋯」
「そうだな⋯⋯」
なぜかみんなから出てくる意見はどれも言い淀んでいる。
「はっきり言いなさいよ!」
業を煮やして、せっつくと、
「家は新しくなる予定ですし、食事も食堂で困っていません、
これ以上何が必要かわからないんです」
ギータの言葉に、みんな頷いている。
みんな同じ意見ってこと?
「いやいや、もっと他領から人を呼びたいとか、
もっと豪華なご飯を食べたいとかないの?」
顔を見合わせ不思議そうにし、ユルが口を開いた。
「仕事もしっかりありますし、お給金だって頂いています。
豪華なご飯と言われましても⋯⋯食堂の料理で十分豪華です」
ユルのお陰で理解できた。
彼らの豊かさと、私の豊かさには完全なズレがある。
生きることで精一杯だった彼らにしたら、
明日を気にせずに暮らせる今で、十分豊かなんだ。
豊かさをいくら言葉を並べても、理解はされないだろう。
説明してもダメなら⋯⋯。
そうか!体験させればいいのよ。
「わかった!じゃ、みんなにはアタンに1泊2日の観光に行ってもらうわ!」
「「はい!?」」
突然の私の発表に、お父様も目を点にしている。
「みんなには一度、贅沢とは何かを体験してもらうわ」
「リズ様、それはアタンの料理も食べられるってことですか?」
「とっておきの酒場を知っているわよ!」
マァムは目を輝かせて、アタンの料理を妄想しだした。
「それじゃ、3日後にアタンに行くからみんな予定を調整しておいてね」
「「はい」」
「「おう」」
今で満足と言っていたわりには、
事務所を出るときにはみんな3日後が楽しみだと口を揃えていっていた。
「良い者たちが集まっているな」
お父様が噛みしめるように口にする。
「はい、彼らが居ればヴェルデンはもっと良くなります」
久しぶりに、お父様の笑顔が見えて、
この場が無駄じゃなかったことを実感できた。
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