謝罪よりも握手を
「じゃ、1樽5リットルを80万で売るってことでいいわね」
「そちらで構いません」
あの一騒動から4日後、屋敷でイルヴァとオイルの契約の最終調整を行った。
「では、こちらに署名をお願いいたします」
イルヴァが契約書を差し出してくる。
「お父様、署名をお願いします」
同席しているお父様に署名を促すが、
「リズ、君がしなさい」
「私がですか?」
「これは商団同士の契約なのだから、リズがするべきだ」
お父様に促されるまま契約書を手に取り、
隅々まで読み込んで、契約内容の確認と、
元の世界の小さい注釈みたいなものがないか確かめる。
「引っ掛けみたいなことはしないのね」
「私としては、これ以上リズ様と敵対するよりは、
より良い関係を築いて行くほうが良いと思っております」
数日前までは見せなかった、商売人としての笑顔を向けてきた。
「ならいいんだけど」
そう言って、契約書に署名をしてイルヴァに渡した。
「これにて、ザルザ商団のアタン支部はアタンを含む、
7つの街でのあかぎれオイルの販売を仲介することとなりました」
「前に聞きたかったんだけど、ザルザ商団はアタンに本体を置いてないの?」
ずっと気になっていた。
アタンは南部の中心と言っても過言ではない。
それなのに、南部一の商団がアタンに本部ではなくて支部を置いている理由がわからない。
「私たちの本部は王宮のある、リガルドにあります」
「じゃ、南部だけじゃなくて中央でも商売をしているってわけ?」
「その通りです」
「もう少し詳しく教えてほしいんだけど、ザルザは南部にいくつ支部を持っているの?」
「我々は南部を4つの地区に区分けしておりまして、
アタンを含む南を私が、西のキュートンに1つ、北のホワリに1つ、
そして、東のブブルに一つの計4支部になります」
地区単位で支部を置いて運営できるほど、
ザルザ商団が大きいことを痛感した。
「西部とか北部にも、ザルザのような商団ってあるのかしら?」
「はい、西ですとホフマン商団が有力ですが、
最近はガエタという商団が伸びていて、バチバチしていると聞いております」
それからも、イルヴァから近隣の状況などを質問して、
今後の方針決めの材料にすることが出来た。
「色々聞けて良かったわ。今日はオイル持っていくのかしら?」
「可能であれば、手配頂けると助かります」
まぁ、馬車の後ろに荷馬車を引き連れていたから、
持って帰りたいことはわかっていたけどね。
「あれを!」
イルヴァが後ろに立つ、いつも引き連れているゴツい護衛に合図をすると、
この世界では珍しい革張りのカバンを受け取り、中から硬貨をテーブルに置きはじめた。
「それでは、7樽分の560万イェンになります」
テーブルには見たことがない板が5枚に10万イェン硬貨が6枚並んでいる。
5枚のうちの1枚を手に取り観察をする。
大きさは、元の世界のお札に近くずっしりと重い。
「これは⋯⋯金?」
「リズ様は初めてのようですね、金を使用した一定の商団だけが扱える100万イェンの硬貨になります」
「初めて見たわ」
「金単体でも、100万イェン相当の価値になっております」
「でもこんなの、私の商団じゃ扱いにくいわ」
100万をポンポンやり取りする取引なんて、
そうそう起きるほど、ヴェルデンは大きくない。
「では、10万イェン硬貨50枚の方がよろしいでしょうか?」
「出来るならそっちでお願いしたいわ」
「かしこまりました」
100万イェン硬貨をカバンに仕舞い、10万イェン硬貨が10枚納められている箱を5個差し出してきた。
「1000万近く持ち歩いているの?」
「いつ何時、いい商品が転がっているかわかりませんので、
このくらいは普段持ち歩いております。ですので――」
イルヴァは後ろの護衛に視線を向ける。
「そのためのごっつい2人ってことね」
「はい」
本当に、脅しの道具じゃなかったってことね。
「じゃ、保管庫に行きましょう」
イルヴァと護衛に、荷馬車を引き連れて保管庫に向かったが、
道中の領民たちは、イルヴァを見て怪訝な顔をしていた。
当然ちゃ当然だ。
数日前には、ここを乗っ取ろうとしていた奴が、
今は、領主と私と話しながら歩いているのだから。
「ガリル!」
「お!お嬢様」
数日前から再稼働したオイル抽出作業によって、
水車の周りには、人と杵の音が戻っていた。
「今日はどうしたぜ?」
「あかぎれオイルを7樽引き取りに来たの」
「それはよか――」
ガリルが、後ろに居るイルヴァを見るやいなや、
威嚇するように睨みつけた。
「なんで、そいつがここに居るぜ?」
「なんでって、この人に売るんだから」
道中の領民の反応を見れば、ガリルの対応もしょうがない。
「あのね、数日前は敵だったけど、今はちゃんと商売仲間だからそんなに警戒しないの」
「って、言ってもよ⋯⋯」
理解は出来ても納得は出来ないのはわかる。
「さっさと、荷馬車に樽を積んであげて」
急かすようにガリルを、油倉庫に押し込んだ。
「これはこれは、素晴らしいですね。
水車を利用して油を搾るとは贅沢なことをしておられる」
「今思えば少しやりすぎた感はあるわ」
「町並みを見る限り、作業も人力任せだと思っていましたので、
落差に驚いているだけです」
皮肉よりは称賛の意味だとは思うが、
これまで売れなかったことを思い返すと、投資をする場所を失敗したと反省している。
「ちなみに、あかぎれオイル以外には何に使っておられますか?」
「うん?貴族向けの美容オイルよ」
「それ以外には?」
「はじめは食用油にと思ったけど――」
「売れなかったと?」
この言葉に、私は肩をすくめて返事をした。
「それは勿体ない。それでは、なにもしてないオイルを1樽頂けますでしょうか?」
「どうして?」
「庶民の酒場では扱い難くとも、中央の貴族や富豪が利用するところなら、
価格よりも味を優先されますので、もし認められれば売ることは可能かと」
「本当に!?」
イルヴァの突然の申し出に、年甲斐もなく⋯⋯。
いや、年相応に飛び跳ねてはしゃいでしまった。
「ガリル、なにもしてオイルを2樽追加で載せてあげて」
油倉庫のガリルに指示をし、振り返り、
「2樽はおまけでいいわ」
「ありがとうございます」
さっきイルヴァは言っていた。
『どこに商機が転がっているかわからない』と、
アタンを任されるだけの商人としての嗅覚は最上だ。
荷馬車に樽を積み込み終わると、
「それでは、私はこのまま管轄の街にこのオイルを卸しに行きます」
「いっぱい売ってね」
私の言葉に、イルヴァの口角が少し上がり、
急に、これまで以上に深々と頭を下げ、
「リズ様、これまでの無礼を謝罪いたします」
この振る舞いに私はイルヴァらしいなと思った。
謝罪するなら応接室でも良かったはずだ。
それなのに、あえて領民が居る前でするということは、
本当にこの先、敵対すること無く商売をする仲であることを領民に知ってもらうためのものだ。
「やり方は好きじゃなかったけど、自分の利益を最大にする考えは好きよ」
そっと手を伸ばし、
「だから、謝罪よりもこの手を取ってほしいわ」
イルヴァの顔の前に出した手を何度も振ってみせた。
「ありがとうございます」
イルヴァが私の手を取ると、
後を付けて様子を伺っていた領民たちが拍手をしてくれた。
「私は敵対よりも手を取り合ってやっていきたいわ」
「そのようですね」
初めて、イルヴァと笑顔を向き合わせることが出来た。
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