勝負を決めるピース
玄関には、アシュが居た。
「リズ様!」
アシュの声を聞くのは何日振りだろうか。
アシュに飛びつき、戻ってきたことを体全体で確認する。
「リズ様、離れて下さい」
しかし、私の抱擁をアシュが両手で突き放してきた。
「どうしたの?」
初めての拒絶に、無理なことを頼んだのかと胸が痛くなる。
「⋯⋯身体を洗っていないので、私臭いです」
顔を赤らめて、恥ずかしそうに言うアシュに、
「そんなの気にならないわ!」
再度抱きつこうとしたが、
「それよりも、頼まれていたものを先に見て下さい」
「そうね、そっちが先ね」
冷静になり、手渡された封書を開けて中を確認する。
「リズ様の所望する内容でしょうか?」
アシュの問いに、
「完璧よ!」
これで必要なピースはすべて揃った。
応接室に戻り、公爵夫人たちに一言謝ってから、伝えた。
「子爵夫人の懸念が解決しました」
「どういうことかしら?」
応接室に居る私以外のすべての人が、前のめりに詰め寄ってきた。
「先日、ユルガ公爵様から宿題を頂戴していました。
多分、公爵様はザルザの妨害を予見していたのでしょう」
皆が私の言葉をじっくりと聞いている。
「屋敷に戻ってから、『傷に効くと言って売らないこと』の意図を察し、
薬品に関係する法律を可能な限り調べました」
「それで、何がわかったの?」
「薬品が国からの認可によって、特定の商団や教会に権利を付与しているのは、
毒殺や乱用による社会秩序の混乱を防ぐことにあります」
前置きが長く感じたのか、アリーシアの指が何度も腕を叩いていた。
それでも、私は構わずに続けた。
「ですので、商団を作るときに扱う商品の申請が必要なことを思い出し、
シードルと太陽のオイルに、このあかぎれオイルを商団の商品として申請しました」
「その結果が、今あなたが持っている紙ってこと?」
「はい」
私は手紙を開いて、テーブルに手紙を置き、
「そちらには、ヴェルデン商団の商品として、
あかぎれオイルは”美容オイル”であると認定するとなっています」
この言葉を聞き、公爵夫人が手紙を拾って、
「なになに、『貴殿が主張する、薬品法の原則である薬を用いた暗殺や、
乱用による混乱を防ぐことを鑑みれば、あかぎれオイルはいくら塗っても害はなく、
飲んだり食品に付着しても問題なく、薬品であるとは言えないため、
貴殿の主張通り、美容オイルとして登録することを認可する』って書いてあるわ!」
重要な部分を読み上げてくれた。
私は、立ち上がって自信を持って言葉にした。
「これによって、完全にザルザが主張するあかぎれオイルが、
彼らの権利を侵害しているという根拠は覆りました」
お父様が、そっと私の手を握ってくれた。
「なら、いまザルザがやっていることは完全な不当行為ってことね」
アリーシアは指を止め、微笑んでいた。
「その通りです。他の商団への妨害行為の何ものでもありません」
「後は、やることは一つね」
「はい、イルヴァのところに乗り込みます!」
そう言って、私たちはイルヴァが居るアタンの事務所に向かった。
アタンには、私とお父様に公爵夫人とアリーシアで向かうこととなった。
主人の命で来た使いの者は、経緯を説明しに戻り、
子爵夫人は、この先は荷が重いということで帰られた。
「お邪魔するわ」
ザルザの事務所の扉を開け、中へと足を踏み入れる。
事務所の中は、商品が並んでいたりすることもなく、
貴族の応接室を切り取った作りになっていた。
奥から、腹立つ声が聞こえてくる。
「これはこれは、リズ様と領主様に⋯⋯ユルガ公爵夫人にアリーシア様とは、
珍しい顔ぶれでお越しになられるとは」
公爵夫人とアリーシアを見て、目を細めた。
「あのオイルをうちに卸す気になりましたか?」
「その件について、話をしに来たの」
それならばと、奥にある別の部屋に案内された。
「それで、お話というのはどういう内容でしょうか?」
公爵夫人とアリーシアが居ても、
これまでと変わらない態度を貫き通すイルヴァの胆力には舌を巻く。
「あなたは、あかぎれオイルは薬品であるから、
ザルザ商団の権利を侵害している違法品だと言っていましたね」
「えぇそのとおりです。いくら言葉を並べようと、
あかぎれは病気です。それを治すならまごうこと無く薬品です」
その言葉を聞いて、私は認可証をイルヴァに差し出した。
「これ、読んでみて」
「なんですか、これは?」
受け取った認可証を読み進めていくうちに、
顔色が青ざめ、認可証を持つ手が震えだした。
「商団を作った時に、商品の申請をしていなかったので、
ついでに、あかぎれオイルも申請してみたら美容オイルで認可されたんだけど」
「おかしいですね、薬品であるかの判断も私たちに一任されているはずです」
動揺しながらも、まだ権利にしがみつこうとする。
「でも、そこには薬品ではないって書いているわよ。
文字が読めないの?それに、王宮商務院の印がわからないのかしら?」
私を睨みつけてくるイルヴァに、ニッコリと笑い返してやった。
「仮に薬品でないとしても、私が手を回すだけで、
ヴェルデンの商品が並ぶことは叶いません」
権利がダメなら力に逃げる、あまりにも滑稽だ。
このやり取りに、アリーシアも笑いを我慢出来なくなり、
「本当に往生際が悪いな。あんたの負けだよ。
文句があるならこの子に言わないで、国に言ったらどうかしら?」
アリーシアの圧に、認可証を落とす。
「それに、自分たちの力に物を言わせて、
酒場などに圧を掛けているのは見過ごせないわ」
追い打ちをかけるように、公爵夫人が詰め寄る。
「公爵家もうちの領地もザルザ商団と付き合いはあるけど、
こういうことをするなら、安心して付き合いを続けられないわ」
「そ、それは⋯⋯」
「私の一言で、夜から締め出されるってわかっているのかしら?」
「⋯⋯」
この2人、怖すぎる。
お父様が口を開いた。
「即刻、ザルザ商団がうちの商団にしていることを辞めてもらえるか?」
「⋯⋯」
口を硬く閉じ、下を見たままのイルヴァに対し、
「理解が遅いようだから言ってあげるけど、あたしも公爵夫人も抗議をしに来たんじゃなくて、
ヴェルデン商団の後ろ盾としてここに居るのを忘れないでね」
アリーシアがトドメを刺しに来た。
「⋯⋯わかりました」
「なにがわかったの?」
私でさえ、アリーシアの容赦の無さに引いてしまう。
「酒場などへの根回しをやめて、取引を再開できるようにいたします」
イルヴァは、全身を震わせ俯いたままだった。
イルヴァが完全に落ちた瞬間だ。
この時を待っていた私は、パチンと手を鳴らし、
「それじゃ、ここからは商売の話をしましょう」
突然の行動に、全員が驚いている中、
「曲がりなりにも、ザルザ商団は南部1の商団ですから、
手を組まない理由がないと思いませんか?」
「それはそうだけど⋯⋯」
困惑しながら、公爵夫人がこちらを見てきた。
「なので、正規の価格であかぎれオイルの契約を結んでほしいのです」
この場にいる全員が、唖然とすることを言い放った。
「あんた、さっきまでこいつに苦しめられていたのよ?」
慌てるアリーシアに、
「わかっています。でも、あかぎれオイルを締め出すだけでいいのに、
独占契約を持ちかけてきたということは、商売勘はあると思います」
イルヴァの方を向き、返事を求めた。
「た、確かに庶民があんなに並ぶ商品を見たことはありませんでしたので、
自分たちが捌けば、利益が大きくなると見込んでいました」
「そう、シードルや太陽のオイルと違ってあかぎれオイルって、
庶民向けのため、売るための場が今のヴェルデン商団にはないのです」
「また酒場の店先を借りて売れば良いんじゃないのかしら?」
公爵夫人の疑問に対して、
「あかぎれオイルは薄利多売の商品ですので、
毎日、うちから人を出して売るというのは難しいんです」
「だから、ザルザに卸して売ってもらうってこと?」
「はい」
アタンだけならやれなくもないが、
売る街を増やしていくのは不可能に近い。
「イルヴァは、アタンだけが管轄なの?」
「アタンを含め、7つの街が私の管轄になります」
7つもあれば十分。
「その7つの街で正当な価格で対等な契約を結ぶなら、
あかぎれオイルを卸してもいいわ」
イルヴァは短い間を置くと、頭を深々と下げて、
「その契約、よろしくお願いします」
「たくさん売ってね」
詳細な契約に内容は後日決めることにし、
今日は、これで解散することとなった。
事務所を出て、
「お二人とも、今日はありがとうございました」
2人に感謝をしっかりと伝える。
「シードルが飲めなくなるのは嫌よ。
それに、太陽のオイルがないとフレイナが悲しむのよ」
私のためじゃないとそっけない反応をする公爵夫人と、
「私は女の味方よ」
意図が汲み取りきれないアリーシア。
「あとね、ヴェルデン男爵」
「なんでしょうか」
公爵夫人がお父様に、初めて声を掛けた。
「領民の守るのは素晴らしいけど、
貴族としての誇りを失わないで頂戴」
「精進します」
「馬車くらい、さっさと買いなさい」
私たちが荷馬車で来たことが許せなかったらしい。
きつい言葉を言い残し、公爵夫人は行ってしまった。
「あたしからも一つ言いたいんだけど」
「なんでしょうか?」
「今回の件、わざと大事にしたの?」
どういうことだろう?
わざわざ窮地に立ちに行ったつもりはない。
「そういうことはありませんが⋯⋯」
「なら反省すべきね、認可証を待ってから売り出せば、
ザルザとここまで拗れないで済んだのだから」
言われてみて気付かされた。
ひまわり油が溜まっていく焦りと、薬品でないことを言えば通じると思っていた、
甘い考えの私が確かに居た。
「反省します」
「でも、頑張る女は好きよ。
あんたんとこのオイル、今度持ってきなさい」
「ありがとうございます」
アリーシアの背中を見て、
酸いも甘いも経験してきた女は強いと、ひしひしと実感した。
「リズ、帰ろうか」
お父様の言葉に、
「はい」
ザルザ商団との目まぐるしい1週間はこれでやっと終わった。
「早く、アシュに会いたいな」
アシュが待つ屋敷に着くのが待ち遠しい。
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