追い打ち
「こんなところに居て良いのか?」
窯の熱気と焼き上がったパンの香りに満たされた工房で、
バンズが心配そうに聞いてきた。
「こんなときだから、ここにいるのよ」
バンズの照れた顔が少し懐かしく感じるわ。
イルヴァが領地に来てから2日が経った。
アシュに王宮まで行くように指示したが、
往復で6日はかかるらしく、アシュが戻るまで何も手につかない。
「しかしよ、大手商団ってやつは何をしても許されると思っているのか?」
「大手ともなれば、変な貴族よりも力があるそうよ」
「まじかよ!?」
バンズの問いに、愛想無く返事をする。
「元気ないけど、大丈夫なのか?」
「色々手を考えているんだけど、アシュに頼んだ以上のものが思い浮かばないのよ」
「もしそれがダメなら?」
痛い指摘に、顔をしかめてしまった。
もし私の望む答えが返って来なかったら⋯⋯。
「崖っぷちね」
「おいおいおい、みんなの前であんな大見得を切ってそれはないぜ」
慌てるバンズに、青ざめた顔をしながらなにも聞いてないフリをするアレン。
屋敷に居ても頭が休まらないからここに来たのに、
これじゃ、休まらないわ。
「とりあえず今は――」
私の言葉を遮るように、工房にマリーが駆け込んできた。
「リズ様!」
「どうしたの?配達は?」
「アタンの取引先全部が、取引をやめたいと」
「なんで今になって?」
さっきまで暑いと感じていた工房なのに、
身体が震え始める。
「女将さん、どういうことですか?」
マリーに再度アタンに向かってもらい、
一番話が出来る女将に会いに来た。
「嬢ちゃん⋯⋯か」
私の顔を見た女将は、浮かない顔で視線を逸らしてきた。
数日前は、無理なお願いを快く受け入れてくれた女将が、
今一番会いたくないと言っているようだ。
「シードルの取引をやめるそうですね」
「⋯⋯あぁ」
絞り出すような返事を素直に受け止められなかった。
「急にどうし――」
言いかけた言葉を飲み込み、状況を理解した。
「⋯⋯ザルザですね?」
「⋯⋯」
私の問いに、返事が返ってこない。
でも、女将の握った手が震えているのを見て察した。
オイルの契約を蹴った仕返しに、ヴェルデンを締め出そうとしているのね。
私だけならまだしも、女将たちを巻き込むなんて。
「ご迷惑お掛けして、ごめんなさい」
今の私に出来るのはこれだけだ。
「嬢ちゃんが悪いわけじゃない。運が⋯悪かっただけさ」
逸らされた目は、次に私を見たときは哀れみの眼差しだった。
お互い、それ以上交わす言葉が見つからず。
「もしまた機会があれば、その時はよろしくお願いします」
それだけを言い残して、酒場を後にした。
女将の酒場以外に、アタンで取引があるところを全部回ったが、
「すまん、俺達も食っていかないといけないんだ」
全員、苦渋の選択だと言う反応だった。
領地の収入の柱が今にも折れそうに傾きはじめた。
「アタン以外のところは大丈夫でしょうか?」
マリーの疑問は当然の思考だ。
「多分、時間の問題ね」
「っ!?」
マリーの反応に、バカ正直に答えるべきじゃなかったと後悔した。
もし今日から収入が0になったとしても、
1か月は領民を養うことは出来る。
でも、その1ヶ月間で突破口を見出せなければ⋯⋯。
この世界に来て、パン屋で会った親子を思い出す。
「ふざけるな!」
辺り一帯に響く声で叫んだ。
周囲に居た人たちがこちらに振り向き、
隣のマリーも軽く飛び跳ねて驚いた。
オイル一つ思い通りに出来なかったからって、
私たちのこれまでの努力を踏みにじることは許せない。
「⋯⋯リズ様」
「急に大声出してごめんね」
「そういうときもありますよね!」
本当にマリーは可愛いんだから。
「領地に戻って作戦を考えるわ」
「はい!」
荷馬車の元へ歩き出そうとした時、
「おやおや、リズ様ではありませんか」
背後から、今一番ぶん殴りたい男の声が聞こえた。
今は顔を見たら本当に殴りかかりそうなので、
無視して歩き続けたが、
「シードルの売れ行きは好調でしょうか?」
聞き終わる前に、私は奴のもとに走り出していた。
「あんたね!」
本気で殴ろうと拳を握り、大きく構えて振り抜いたが、
私の拳はイルヴァの顔に届く前に、護衛の手によって止められた。
「おやおや、今日はご機嫌が優れないようですね」
「誰のせいだと思っているの!」
「商売は水物です。良いときもあれば悪いときもあります。
一つ判断を間違うことで、底に落ちるのは一瞬」
小馬鹿にするような口調で説いてくるイルヴァの顔に、
この拳をぶつけてやりたいと思っても、ピクリとも動かせない。
「どうですか?あなたが一言、私たちにあのオイルを売ると言うだけで、
明日には、いつもと同じ日常に戻れるのですよ?」
「明日があっても、その先がないわ」
「本当に君は、十数歳の子供なのかい?」
イルヴァが、鼻息が掛かる距離まで顔を近づけ顔を覗き込んできた。
「私が20や30に見えるなら、引退したほうが良いわ」
「本当に口だけは達者ですね」
イルヴァは元の姿勢に戻り、背を向けた。
「離してやりなさい」
その言葉で、私の右腕は解放された。
手首に思いっきり痕が残っている。
「どんなに意地を張っても、ヴェルデン商団が商売をすることは出来ません」
吐き捨てるように言って、馬車に乗り込んで走り去っていった。
「リズ様!大丈夫ですか?」
マリーが駆け寄って心配してくれたが震えていた。
「怯えさせてごめんね」
マリーの頭を軽く撫でて落ち着かせてあげる。
「私は大丈夫だから、領地に帰りましょう」
屋敷に戻り、帰り道で考えたあることを実行に移す。
「アシュ!手紙を書くから準備して」
玄関に入るなり、アシュに指示を出すが返事がない。
後ろを振り返り我に返る。
「⋯⋯居ないんだった」
いつもそこに居るはずの人が居ない。
たったそれだけなのに、心細いなんて。
弱気になるな。
自分に言い聞かせ、丁度通りがかったナツに手紙を準備してもらった。
「商売をすることが出来ない?
なら、商売しないであげるわ」
時間を忘れて、何通もの手紙を書き続けた。
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