待ってはくれません
イルヴァの言葉に、列を作っていた客たちはすぐに居なくなり、
その後は、誰一人買いに来なくなってしまった。
「ザルザが出張ってきたかい」
「2日しか経っていないのに、早いわね」
「ザルザが動いたってことは、それだけこのオイルがヤバいってことさ」
本当に治療薬として捉えた行動なのか、
単純な嫌がらせによるものなのか、腹の中が見えないのがもどかしい。
「ザルザ商団って有名なのかしら?」
「有名も何も、南部1の商団さ」
バーカスが前に言っていたのがザルザってことね。
「たださね、売れるとわかったものには、
見境無いから、このオイルも気をつけなさいよ」
「えぇ、気をつけておくわ」
気をつけるだけで、済むなら良いけど⋯⋯。
翌日、翌々日と酒場の前で営業したものの、
こちらを見る人は居ても、買いに来る人は居なかった。
「お嬢様、大丈夫なのか?」
2日連続で、満杯のまま持ち帰って来たことを知って、
心配をするガリル。
「私が指示するまで、あかぎれオイルは1日2樽は作り続けて」
「だけどよ⋯⋯」
油倉庫を見て、言い淀むガリルの気持ちはわかる。
「他の街で売るとかしてみるのはどうぜ?」
「ザルザ商団は、どこにでも拠点を持っているみたいだから、
南部以外で売らない限りは鉢合わせるわ」
「じゃ、作っても無駄にならないか?」
ガリルの言葉が胸に突き刺さった。
需要があっても、売れなければただの在庫だ。
ガリルが不安に感じるのも仕方がない。
「大丈夫よ、ちゃんと次の手は考えてあるわ、
今ある油だって、すぐに無くなるんだから」
彼らを不安にさせないように精一杯前向きに振る舞う。
ここで私が浮き足立つと、一層不安を煽るだけ、
そして、これは自分に言い聞かせるためでもある。
ただ、相手は次の手を待ってはくれない。
「お嬢様」
息を切らしながら、ナツが駆け寄ってきた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「イルヴァと言う方が屋敷に来られまして、
お嬢様にお会いしと」
イルヴァがわざわざヴェルデンまで来た?
あかぎれオイルに対して、完全な抗議をしに来たってことかしら。
「ありがとう」
出来ることなら今はあいつの顔を見たくないけど、
なにをしに来たのかは確かめないと。
屋敷に向かいながら、イルヴァの出方に対して、
いくつものシミュレーションをし続けた。
怯えるナツを落ち着かせながら歩いていると、
屋敷の方から、見慣れない馬車がこちらに向かって走ってくる。
馬車が私たちの前で止まると、
中からイルヴァと護衛の2人が下りてきた。
「これこれは、リズ様またお会いできて光栄です」
「私は会いたくなかったけどね」
私の言葉に護衛が1歩前に出て周囲に睨みを効かせる、
それを見てナツがアシュの背中に隠れてしまった。
「うちの者が怯えているけど、あんた達屋敷で横暴なことしてないでしょうね」
「そんなことはございません。ただ、彼らは居るだけで他者を威圧してしまうもので」
「それで、今日は何しに来たの?正式に抗議でもしに来たのかしら」
イルヴァに遅れて、お父様とお母様もやってきた。
2人とも私の側に来たのを確認してから、
イルヴァは、舞台が整ったと言わんばかりに話し始める。
「回りくどいのは苦手なので、単刀直入に言いましょう。
あのオイルを我々に卸しなさい」
イルヴァの発言に、お父様も周囲に居る領民も驚いている。
「専属契約を結べってことかしら?」
「おっしゃるとおりです。あなたたちが作りザルザ商団の販売網を駆使して、
南部全体で売ってあげましょう」
私やお父様を見ずに、イルヴァは領民に向けて話している。
それに呼応するように、領民たちの中からはすごいことだと言う者が出てきている。
そんな甘い話じゃないわ。
『結構強引な手を使う』
以前言っていたバーカスの言葉を思い出し、
間違いなく、この話には裏がある。
「それは、私たちでも売っていいってことかしら?」
「と、言われますと?」
「私たちの手の届く範囲は私たちが売り、
それ以外をザルザ商団が売るってことよ」
イルヴァの眉が一瞬動いた。
「それは難しいお話です。薬品の販売はザルザ商団しか出来ませんので」
「ちなみに聞くけど、いくらで売るつもり?」
「仲介料や運搬費などを考えますと、2500が妥当かと」
「なるほどね」
これでわかったわ。
アタンの様な交易が盛んな街なら、1か月に5000を出せる人が居ても、
普通の街ならそう簡単に出せる金額じゃない。
「わざと高い値で売って、その後に売れないからって買い叩くつもりね」
明らかにイルヴァの顔が引きつる。
アタンのときもそうだ。イルヴァは私に話をしない。
大衆を自分の有利になるように動かす。
だから今回も、屋敷で待たずにここまで来たんだ。
「いえいえ、運搬するのだってお金がかかるのですよ」
「馬鹿言わないで、1樽で5000人分は賄えるっていうのに、
運搬費がかさばるわけ無いでしょ」
小さく息を吐き、これまでとは違う威嚇するよう声で、
「あまり状況がわかって居られないようだ。
いくら意地を張ったところで、今のままでは売ることは出来ないのを理解されていますか」
「仮面を脱いだのかしら?」
「これは失礼しました」
そう言って、何度か咳払いをして首を振るイルヴァ。
「売れなければそれはないのも同然。
それを我々が売ることで、0が100イェンにでもなるのなら十分でしょ」
「その0から100が、100から0に、そしてマイナスにならない保証があるっていうの?」
「いくら言っても、契約を結ぶおつもりはないと?」
私はお父様とお母様、そして領民たちを見た。
一時はイルヴァの甘言に乗せられていた領民も悲痛な顔をしている。
「騙し討ちのような話をする相手と契約したい馬鹿がいるかしら」
深く息を吐いて肩を落としあと、
「今回はいいでしょう。ですが、今のままではあのオイルを売ることは叶いませんよ。
気が変わりましたら、アレクの事務所にいつでもお越しください」
深々とお辞儀をし、馬車に乗り込んで去っていった。
「ふぅー、乗り込んでくるとは思っていなかったわ」
「大丈夫⋯⋯なのか?」
不安そうに私を見るお父様。
お母様も動揺を隠しきれていない。
「素直に言いますと、わかりません」
私の言葉にお父様が顔を手で覆った。
領民たちにも、不安は伝播しはじめ、
「あんな馬車に乗る商団を相手にしていいのか?」
「そもそも売れないってどういうことだ?」
思い思いの言葉を口にする。
アタンの時と一緒で、
不安を煽って不穏な空気を作るのがイルヴァのやり口だ。
ザルザ商団と組めば、確かにオイルを売ることは出来るが、
それは地獄に足を踏み入れるのと一緒。
重い空気が一帯を占めるのを拭い去るように、
「なにを弱気になっているのかしら。
私は前に言ったわ、ただの歯車にはなりたくないと」
私は声を張って話した。
ざわつきが静まり、みんなが私の言葉に耳を傾ける。
「私はこの領地が豊かになるためなら、お金も知識も惜しみなくつぎ込むけど、
搾取されるとわかっている相手にそれを提供するつもりはないわ」
これは私の覚悟だ。
「ザルザ商団が相手だろうと、この領地の歩みを邪魔させないわ」
言い終わり一瞬の沈黙の後、拍手と声が上がった。
「そうだ!勝手にやって来て奪うなんて泥棒だ!」
「搾取はもう懲りごりだ」
これで、この領地の気持ちは一つになった。
「やるんだな?」
歓声の中、お父様が問いかけてきた。
「はい」
短くはっきりと、お父様の目を見て答える。
「なら、任せる」
「私に任せて下さい」
そうとなれば善は急げだ。
吉報だか果報だかは寝て待てって言うけど、
待っていられるような状況じゃなくなった。
「アシュ馬に乗れたわね?」
「はい」
「なら、今から王宮に行ってちょうだい」
領地の命運を掛けた喧嘩、受けて立ってあげるわ。
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