物の価値と貴族のプライド
リザのおかげで、新オイルの効能をしっかりと証明できたことで、
急ピッチで、大量生産に移行した。
一樽に入れる花の分量で試行錯誤する事はあったが、
1週間後には、5樽分の新オイルが出来上がった。
「それで、これをどう売るぜ?」
ガリルが、問いかけてきた。
「いくつか方法は考えているけど、
それよりも先にやらないといけないことがあるの」
筋を通さないと行けない人がいる。
新オイル完成の翌日、私たちはユルガ公爵の応接室に居た。
「リズさんが来るなんて久しぶりね」
「はい、この度ヴェルデン商団を立ち上げることになりましたので、
そちらのご挨拶と、ただいま納品させていただいておりますオイルに関しまして、
お話をさせていただきたく、参りました」
「あら!商団を立ち上げたのは喜ばしいことで――」
ユルガ公爵夫人の声色は、一つ落とされた。
「それで、オイルになにか問題でも?」
「問題というわけでなく――」
手を後ろに出すと、アシュが小瓶を載せてくれた。
「新しいオイルを売り出そうとしているおります」
渡された、小瓶をテーブルに置き、
夫人の前へと近づける。
「新商品ってわけね。何に効くのかしら」
夫人の声はまた陽気気味に変わり、
新オイルの効能に興味があることが窺えた。
「あかぎれです」
「⋯⋯あかぎれって、あのあかぎれ?」
「はい、そのあかぎれです」
私の返答の後には、えも言えぬ沈黙が続いた。
「私は、あかぎれには困っていないわ」
沈黙を破るように夫人が、
手を私の方に向けて、色白でスラリと伸びた指を開いて見せてきた。
「こちらは、庶民向けの物となります」
「それをなぜ私に、見せるのかしら」
「原料が同じでして、そちらの小瓶の量を1000イェンで売るつもりです」
「1000イェン!3万払っているのと同じ物が?」
私が今回来た理由を夫人は理解したようだ。
「はい、ですので、夫人にお売りしているオイルの価格を下げたいと思い、
本日お伺いいたしました」
私の言葉に夫人は戸惑い、扇子で何度も額を叩いていた。
それは、化粧の上からもわかるほど赤くなっていた。
「全く同じものなの?」
悩んだ結果、夫人が口にした言葉は予想外のものだった。
「原材料は同じですが、こちらは傷の治りを早くするために、
カレンデュラの花の効能を付加しております」
「今までのオイルは?」
「あちらは、お届けする日に絞った物をなにも追加せずに、
納めさせていただいております」
一応は筋を通すために来てみたものの、
貴族と接した経験が乏しいから、どう出てくるかが読めない。
不安を感じ、夏が過ぎ去ったというのに、
汗が異様に出てくる。
「あまり私を舐めないでもらえるかしら」
またしても、予想外の言葉が返ってきた。
「と、おっしゃいますのは?」
「原材料が同じで、それを使って庶民向けに安いもの出すから、
私に売っている価格を下げたい!?」
夫人の口が滑らかに、かつリズミカルに言葉を発する。
「だから舐めないで!私は、3万であのオイルを買うことを良しとしたの、
原材料が同じだからって、あのオイルの価値が下がるといいたいの!」
「そっ、そういうわけではありません」
夫人の圧に押し負けてしまいそうになる。
「まだ若いから教えるけど、
本当の貴族は、自分が認めた価値を下げられるのを一番嫌いわ」
「価値⋯⋯ですか?」
「そうよ、あなたはそれを私にしようとしているの」
夫人の熱弁に負けじと踏みとどまっていると、
「廊下に君の大きな声が聞こえたけど、どうしたんだい?」
男性が1人、扉を開けて応接室に入ってきた。
「あらあなた、見苦しいところを見られて恥ずかしいわ」
夫人のさっきまでの圧が一瞬でなくなり、
女性へと変わっていた。
あなた⋯⋯?
ユルガ公爵御本人!?
突然の公爵との対面に、一気に緊張が高まった。
「ヴェルデン商団のリズと申します。
ご夫人には、いつもオイルを利用いただき感謝しております」
急いで立ち上がり、挨拶をした。
「君がヴェルデン領を盛り上げているというリズさんか、
オセロやシードルは本当にいいものだ」
「公爵様に、褒めて頂けて感謝いたします」
「そんな固くならないで、座って話を聞かせてもらえるかな」
「はい」
物腰の柔らかい声が、公爵という私の中のイメージを壊していく。
これまでの流れを大まかにユルガ公爵に説明をすると、
「ちょっと君、一番手が荒れている者と桶に水を組んできてくれ」
「かしこまりました」
夫人の側使いに公爵が指示を出し、
すぐに、1人の部屋女中と桶が運ばれてきた。
「手を見せてくれ」
部屋女中は、私たちの前に両手を開いて見せてくれた。
「ふむ、よく頑張ってくれている手だ」
公爵の言葉に、部屋女中が嬉しそうにした。
公爵が言うように、指の関節には割れが複数あり、
皮膚は白くガサガサとしていた。
「素直に言っていい、痛いかね?」
「⋯⋯はい、水につけるとズキズキするのを我慢しております」
「そうか、じゃこれを塗ってみてくれ」
公爵は、テーブルに置かれた小瓶を部屋女中に渡した。
「それは、そちらのリズさんの商品で、
あかぎれもそれを塗れば、痛みが引くどころか水に手を入れてもいいそうだ」
簡潔にオイルの仕様を伝える公爵は、まごうこと無く有能なんだろう、
親の七光りなどで、今の地位にいないことが一瞬でわかる。
部屋女中は、公爵の指示を受けてオイルを数滴手に落とし、
手全体に、丹念に塗り込んでいく。
「塗った感じはどうだい?」
「これすごいです。突っ張った感じがすぐに無くなりました」
「なるほど、じゃ悪いけど水の中に手を入れてもらえるかい?」
テーブルの上に置かれた桶に、ゆっくりと手を近づるけが、
指先が水に触れると、手が止まってしまった。
「い、入れます」
部屋女中の言葉とともに、勢いよく水へと手を沈めた。
一瞬の間の後に、
「えっ!?」
「どうしたの?」
部屋女中の戸惑いの反応に、夫人が答えを求めた。
「水に入れても痛くないです。手全体に膜があるみたいです」
「それはすごいな」
公爵自身も手に塗って感触を確かめている。
「これが1000イェンか⋯⋯」
何度も手触りを確かめて、公爵が含みのある言い方をする。
「高すぎては、庶民の手に届きません、
その量があれば、1月は持つと思います」
「元が同じだから、妻が使っているオイルを安くしたいと」
「はい」
公爵は、深々と座り直し、
「ダメだな」
「どういうことでしょうか?」
「あくまでもこれは庶民の商品で、妻のオイルは貴族の商品だ。
元が同じでも安くする道理はない」
公爵も夫人と同じ結論を口にする。
「君はこれを誠意や誠実と思ってやっていると思うが、
時として、それは客を馬鹿にしていることになる」
「そういう意図でしたわけでは――」
「わかっている。妻も言ったと思うが、
貴族には普通では理解できない、貴族だけの誇りがあるんだ」
見栄を張ることが貴族ということ?
「君は誇りなさい、ユルガ公爵の妻が、
君の品物の価値を認めていることを」
価値があっても安くすることを求められる世界で戦ってきたせいで、
自分自身で、価値を下げていたってこと?
「あっ、ありがとうございます」
貴族の意地なのか見栄なのかわからない、
でも、価値があると言われるのは、嬉しい。
「とりあえずだ。うちには使用人が18人居るから、
18本貰えるかな?」
「すぐにご用意いたします」
その後は、公爵を含め軽い雑談をして、
公爵の屋敷を後にすることにした。
「本日は、お話を聞いていただきありがとうございました」
「若い子が頑張っているんだ。応援してあげたくなっただけだ」
玄関まで、公爵と夫人2人が見送りに来てくれた。
「だから、これは忠告だ!
間違っても、傷に効くといって売らないことだ」
「どういうことでしょうか?」
「これは私からの宿題だ。
少しは、商売の荒波に飲まれるのもいいだろう」
宿題?荒波?
意味が全くわからない。
「持ち帰って、考えたいと思います」
「それと、出来ればシードルの量を増やしてくれないか?
あれがないと、妻が晩酌に付き合ってくれないのだよ」
夫人が肘で軽く公爵を小突く。
「次の納品だけになりますが、
どうにか1樽多く納品いたします」
「それは助かる」
再度お礼をし、屋敷を後にした。
荷馬車に揺られながら、公爵の言葉を思い出す。
「傷に効くと言ったらダメ⋯⋯」
「どういうことなんでしょうかね」
「アシュもわからない」
「はい」
薬関係は何かしら厳しいルールでもあるのかしら。
公爵の言葉に不気味さを感じながらも、
思いがけず、新オイルが公爵に認められたことで、
本格販売に、期待が膨らんでいく。
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