割れた手を癒すオイル
マァムに、香草の乾燥の仕方や細かくしてから
漬けるほうがいいという助言を貰った。
花が乾燥するのに、4日も掛かってしまった。
「今日でオイルに漬けて、3日目だぜ」
私が来るのを待っていたようで、
ガリルが、油倉庫の前に居た。
「花を入れた時は3日で、カビちゃったから、
ここを乗り越えればいいわね」
「うんだな」
油倉庫の扉を開け、木箱を取り出し私たちの前に差し出してきた。
「うんじゃ、開けるぞ」
ガリルの合図とともに、木箱の蓋が開けられた。
恐る恐る中を覗き込むと⋯⋯。
「カビていないわ!」
「うんだな」
しっかりと観察するために、
太陽の日差しが当たる場所に移動した。
「花も変色していないし、
明るい場所で見ると、オイル自体も少しオレンジがかっているわ」
「分離しているわけでもないぜ」
オイルを手で仰ぎ香りを確かめる。
「いいわね、ひまわりオイルにあった香ばしさの中に、
あの花の青臭さが微かに香るわ」
アシュも仰いで香りを感じたが、
ガリルは、オイルに鼻が付く近さまで近づけて確かめた。
「煮汁の時の匂いがするぜ」
色と匂いはオイルに付加されたことはわかった。
木箱に人差し指と薬指を入れて、オイルを掬う。
「手触りは変わらないわね」
指で何度もこすって、感触を確かめる。
「うんだな、ベタついたり、ピリピリしたりしないぜ」
後は⋯⋯。
左腕の袖を捲り、ハッと手が止まった。
そして、アシュの方に目を向ける。
「アシュ⋯⋯」
「予想はできていました。
違和感がありましたら、すぐに洗い流して下さい」
「うん!」
アシュの許可をもらい、煮汁を塗っていなかった傷口のかさぶたを剥がし、
オイルを優しく塗り込んだ。
そして、傷口に感じる感覚に集中する。
傷口に塗っても変な刺激はない。
それよりか、少しひんやりして気持ちいい。
「違和感はありませんか?」
「全然、なんか守られている感じがするわ」
私の言葉にアシュは胸を撫で下ろした。
「ガリル、あの花ってどのくらい咲いているの?」
「あの花なんて、腐る⋯⋯いや枯れるほど咲いているぜ」
ガリルの冗談に突っ込みそうになったが、
どうにか踏みとどまって。
「それじゃ、今のうちに花を摘みましょうか!」
「いまからぜ?」
「そうよ、乾燥に4日も掛かるんだから、
早く動いて損はないでしょ」
「まじか⋯⋯」
肩を落とすガリルに、
「ひまわりオイルで作業していた人も呼んで、
みんなでやればすぐよ」
「うんじゃ、やることがなくて沈んでいる奴らを呼んでくるぜ」
「嫌味?」
「みんなの代弁ぜ」
憎たらしい言葉を残して、ガリルは作業員を呼びに行った。
1日掛けて、8人で相当な花を摘むことができた。
傷口にオイルを塗ってから2日が経過した。
「オイルを塗っても悪化しないようね」
それどころか、オイルを塗ったことで、
煮汁を塗っていた傷口よりも遅れていた修復が、
追いつくまでになっていた。
ガリルから引き取った木箱のオイルも、
室内に持ってきても、カビたり腐ったりしていない。
「これなら、お願いできるわね」
今日も食堂からはいい匂いが漂ってくる。
中には数人の領民に、
大きな荷物を横においた、領外の集団が一卓を占めていた。
受付に行き、先日リザと呼ばれていた女性に話しかける。
「領外の人も結構利用しているようね」
「そうなんです。パン屋でヴェルデンイモを買って、
ここに来るのがみなさんの決まった流れになっているようです」
そっかそっか。
ヴェルデンイモは人気のままのようね。
後ろを確認し、待っている人が居ないことを見てから、
「ちょっと調理場にいる2人も呼んできてもらえるかしら」
リザは不思議そうな顔をして、
調理場にいる2人に声を掛けた。
「忙しいのに呼んでごめんなさいね」
「落ち着いている時間なので大丈夫ですよ。
それよりも、何かありましたでしょうか?」
不安がるマァムに、
「お願いがあってきたんだけど、
話を聞いて、断ってもらってもいいからね」
しっかりと無理強いしないことを伝え、
「森に咲いている、傷に効くオレンジ色の花を知っているかしら?」
「あれですね。包丁で切った時使ってます」
リザがすぐにどの花かを理解し、マァムが、
「カレンデュラと呼ばれている花ですね」
「そんな名前だったんだ」
マァムの物知りには、本当に驚かさせられる。
「その花をオイルに漬けて、傷に効くオイルを作ってみたのよ」
「リズ様は、そんなものも作れるのですか?
それを塗れば、この手も⋯⋯」
リザが自分の手を見る。
オイルで乾燥は幾分ましになっているけど、
割れた箇所は、パックリと開いたままだ。
「出来れば誰かに試してほしくて、相談しに来たわけ」
木箱を取り出し蓋を開けて3人に見せる。
「一応、私で試したから傷に塗っても問題ないとは思うわ、
出来れば、まずは1人だけ試してほしいのよ」
「なら私がやります」
その言葉に、躊躇いもなくリザが手を上げた。
「いいの?」
「リズ様で効果があったんですよね?
それなら、なにも心配いりません」
「ただ、人によってバラつきもあるのよ」
「ダメだったらすぐにやめます」
リザの目には、不安も戸惑いもなかった。
「わかったわ、ならリザさんにお願いするわね」
「はい」
リザに木箱を手渡し、違和感を感じたら本当にすぐやめるように伝えた。
「私のほうも、毎日手を見に来るわね」
それから毎日、リザの手を見に食堂に通った。
違和感や化膿するといったこともなく、
悪い方にオイルが変質していない事がわかり、
大きな変化は4日目に起きた。
「すごいわね」
「そうなんです、マァムさんに言われて気づきました」
リザとマァムの手を並べて、見比べると、
明らかにリザのほうが、割れ部分が小さくなっていた。
「割れた周りの赤みも引いて、いつもあった痛痒さもないんですよ」
リザの感想に、マァムが、
「リズ様、私も使っていいかしら?」
ここまで差が出れば、使いたくなるのは当然だ。
「そうね、これでマァムさんたちにも効果が出れば、
オイルにカレンデュラの効能が付いたって分かるわ」
「これで、今年の冬は痛い思いをしなくていいのね」
手を擦りながら言ったマァムの言葉が、これまでの過酷さを物語っていた。
ガリルに、量産の指示をしに行く途中で、
「これで、オイルもやっと商品になりそう」
「ガリルさんの物言いは、ちょっと引っかかっていました」
「しょうがないわ、畑と牛たちも見ているのに、
押し付けた仕事は、油が溜まるだけだったんだから」
これがうまく行けば、新しい人を管理者に充てるべきね。
「あとは、これをどうやって領外で売るかを考えないと」
冬を前に、思いがけない収入の柱が生まれそうで、
私の胸はドキドキしていた。
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