失敗と成功への兆し
花の効果は、2日目には目に見えて出ていた。
傷自体は両方とも塞がって血は止まっていた。
しかし、塗った方は、薄い皮膚のようなかさぶたに対して、
塗っていない方は、完全に血が固まったかさぶたを作っていた。
「知恵ってやっぱりすごいわね」
「効果がわかったのであれば、両方とも塗りませんか?」
アシュが、不安そうな顔で聞いてきた。
「ダメよ!今はまだ修復段階なのよ。
修復の早さに違いが出るのか見ないと」
不安そうな顔は、すぐに呆れた顔に変わっていた。
「今のうちに、オイルにこの花をどうやって入れるか試さないと」
冬を前にこれを完成させて、みんなの手を守るわ。
「ガリルのところに行きましょう」
「はい」
期待を胸に、部屋を飛び出した。
今日もただ回るだけの水車。
先月までは希望を乗せて回っていたのに。
「お嬢様が立て続けに来るとは珍しいぜ」
「なによそれ、私がここを避けているみたいじゃない」
「避けてない?」
「⋯⋯避けてないわよ⋯⋯そっそうよ、遠いだけよ」
溜まるだけの在庫に、足が向かなっただけ。
「それで、今日はなんぜ?」
「これを見て!」
私は、左腕の袖を捲って傷を見せた。
「本当に、お嬢様はバカぜ。
うんなもん、大工に頼めば生傷なんていくらでもあるぜ」
「アシュにも言われたわ」
花の効果があったことを見てほしかったのに、
先に、自分で試したことを指摘された。
「それよりも!これを見て」
「ほほん、黒いほうが塗ってないってわけぜ」
「そうよ!こんなすぐに効果が出るとは思わなかったわ」
「それで、これがわかって薬でも作るのか?」
「オイルにこの効果を混ぜれるのか試すのよ」
ガリルは小さく頷き、
「香りのように治す力も付けれたら、
そりゃ、女どもは嬉しがるだろうぜ」
ガリルに人差し指を向け、
「そういうこと!」
「うんじゃ、少量で試すだろうから、
小さい木箱を持ってくるぜ、何個くらいあればいいぜ?」
「3つ持ってきてちょうだい」
「ほい」
そう言って、ガリルは畑の方に歩いていった。
私とアシュは、その間に花を摘むことにした。
「持ってきたぜ」
「ありがとう」
ガリルの腕には、10センチほどの正方形の木箱が抱えられていた。
「それで、どうやるんだ?」
「まずは、煮汁を入れるやつと、
花をそのままと、後は花を絞ってその液を入れて試すわ」
「結構めんどくさいぜ」
「塗ったりつけるものは、細心の注意を払ってやらないと、
逆に傷を悪化させるかもしれないのよ」
「考えているんだな」
感心しながら、ガリルは木箱にオイルを注ぎはじめた。
「とりあえず、煮汁を入れましょう」
屋敷で煮込んだ煮汁をアシュから受け取り、
オイルへと注ぐ。
「どのくらい入れるんぜ?」
「塗るだけで効果があったから、10%も入れれば十分だと思うわ」
「お嬢様は、そんな計算もできるのか」
こんなの、中学で習うことだけど、
ここにはないのか⋯⋯。
でも、一時期はお母様が基礎的なことを教えているって、
そんなことを考えているうちに、
大体10%になる量を注ぎ終えた。
注ぎながら、うすうすは感じてはいたけど、
「分離しているわね」
「水と油は混ざらなねぜ」
木箱だから、上からしか観察はできないが、
間違いなく、底面に煮汁の層が見えた。
「界面活――」
口にしかけて、そんなものはこの世界にないことを思い出す。
「これじゃ、絞った液体を入れるのもダメそうね」
「あれも、水分だからな」
「とりあえず、花を入れてみましょう」
3人で花びらをむしり、木箱へと入れていく。
「指に花の色が移ったぜ」
「本当だ!」
色の移った指を嗅ぐと、オレンジ色の花なのに青臭くハーブ系の匂いがした。
「このくらい入れれば十分でしょ」
木箱の底には、1センチほどの花びらの絨毯が出来ていた。
「これをどうする?」
「2、3日漬けておいて、花の効能がオイルに染み出すのを待ちましょう」
「じゃ、油倉庫に入れておくぜ」
「お願いね」
これでうまく行けばいい。
そう思っていた。
3日後に、再度ガリルの元を尋ねると、
「どう?」
丁度、油倉庫で木箱を覗いてるガリルがいた。
私の声に、こちらを向いて何度か首を横に振った。
「ダメだったの?」
「昨日までは、見た感じは変化無かったんだが、
今見たら、カビが生えてやがるぜ」
ガリルが木箱をこちらに向ける。
そこには、白っぽくオイルが変色し、
カビのようなものが浮いていて、花びらは茶色に変色していた。
「こんなの塗ったら化膿するぜ」
「なにが、ダメだったんだ」
よくよく考えれば、答えは至って簡単だ。
花を絞って液体が出るのなら、花びら自体が水分の塊である。
「普通に考えればそうよね⋯⋯」
自分の浅慮さに、腹が立つ。
「オイルに、この花の効果を入れるのは無理なんじゃないか?」
ガリルが、諦めの言葉を口にした。
左腕を見つめる。
塗らない方は、未だにかさぶたをこしらえているのに、
塗った方は、完全に治りかけて傷口が薄ピンク色になっている。
オイルだけでも、あかぎれを予防するだけなら効果はある。
それだけでも、商品価値は十分と言えるだろう。
だけど、1日でも早く割れた手を癒せるなら⋯⋯。
「諦めるのはまだ早いは、方法は絶対に見つけるわ」
一旦屋敷に戻って、それらしい書物がないか、
セバスに聞くとしよう。
「明日また来るわね」
屋敷へと向かう道中に、
「リズ様、リズ様」
1人の若い女性に呼び止められた。
「どうかしましたか?」
「これを見て下さい」
彼女はそう言うと、手のひらと手の甲を交互に見せてきた。
「食堂のオイルのおかげで、カサカサだった手がキレイになりました」
言葉通り、彼女の手には乾燥している様子もなく、
血色の良い色をしていた。
「それは良かったわ」
「それだけお伝えしたくて、
呼び止めてしまい申し訳ありません」
「そんなことないわ、いつでも気軽に声を掛けてね」
彼女はペコリとお辞儀をして、足早に去っていった。
「ついでに、食堂も覗いていきましょう」
屋敷へ向かっていた足を、食堂へと向ける。
昼時だと言うのに、食堂には列ができていなかった。
以前バンズが言ったように、
みんながうまい具合に時間をずらし合って利用しているようだ。
中へ入ると、今日のお昼は香草を使った料理だということがわかった。
「いい匂いね」
「そうですね、マァムさんは薬味にお詳しいですから」
「ついでに食べていこうか」
「はい」
2人で、カウンターへと並んだ。
「リズ様、いらっしゃいませ」
「いい匂いにひかれてしまいました」
その言葉に、受付の女性は小さく笑ってくれた。
「今日は、マァムさんの香草スープとパンです」
「パンにつけて食べると美味しそうね」
「そのとおりです」
何気ない会話を通して、
無理をして仕事をしていないことが伝わってきた。
「2人分と⋯⋯手の方はどうですか?」
私の問いかけに、
「それまで水でもしみて痛かったのですが、
つけたときからまったく痛くなくて、今では治りかけてきています」
彼女の手も、少し赤みを取り戻し、
潤いを纏っているのがわかった。
「いくらでも使っていいから、無理だけはしないでね」
「ありがとうございます」
彼女は受付を離れ、盛り付けをはじめた。
その間に、調理場をチラッと覗くと、
マァムともう1人がスープの準備をしていた。
「リザさん、新しいスープに香草を入れてもらえます」
マァムが、リザに指示を出す。
「刻んで入れればいいんですよね?」
「細かく刻んでね」
リザが香草を刻みだすと、
「ちょっと待って!」
「え!?」
「リズ様⋯⋯?」
「刻んでいるそれを見せてもらえますか?」
少し怯えた様子で、リザが香草を渡してくれた。
「マァムさん、これって匂い付けだけですか?」
「いえ、お腹の調子を良くする効果があると言われています」
「それって、こんな普通に乾燥させても効果はあるの?」
私の圧に、1歩下がるマァム。
「ものにもよると思いますが、
大体は乾燥させても大丈夫だと聞きます」
「ありがとう!」
お礼を伝え、受付に用意された料理を受け取り席へ着いた。
「乾燥させれば、うまくいきそうですね」
マァムとのやり取りを聞いて、
アシュがその意図を読み取っていた。
「えぇ、これがオイルにも応用できれば⋯⋯
上手くいくわ!」
「途中であった女性に感謝ですね」
「本当にね、彼女に合わなければまっすぐ屋敷に戻っていたもの」
「リズ様がみんなに良くしているご褒美かもしれません」
アシュの何気ない一言に、スプーンが一瞬止まった。
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