全てが頭打ち
「お金が足りない⋯⋯」
10月に入り、先月の報告書をまとめている。
「シードルもオイルも頭打ちね」
シードルは生産量の兼ね合いから、
オイルは、近隣貴族には売り込み済み。
「どうしたものか⋯⋯」
チラッと、以前西の貴族から貰った手紙を手に取る。
話によれば、ヴェルデンがある南よりも、
西の方が栄えていると聞く。
「西に手を出したいけど、販路がね」
西まで馬車で4日、オイルのような小さいものならいいが、
シードルで売り上げるを立てるとなると、
1配送ごとに、馬車が5・6台は必要になる。
「コンコン」
ドアがノックされた。
「⋯⋯」
「誰?」
「⋯⋯リズ様⋯⋯マリーがお見えになりました 」
「通して」
開いたドアには耳を赤くしたアシュとマリーが居た。
「リズ様に頼まれていた、調査の報告に来ました」
「ありがとう、早速だけど聞かせて」
「はい」
マリーが部屋に入るやいなや、
「アシュさんがリズ様呼びに!」
「ちょっと前からなんだけど、未だに恥ずかしがるのよね」
「耳が真っ赤で、可愛かったです」
「アシュはいつでも可愛いわよ、報告をしてちょうだい」
マリーがわざとらしく咳払いをし、
「貴族のほうですが、南部ということもあり、
オリーブの石けんを愛用しているようです」
「オイルを売り込んだときに、
オリーブの美容オイルを使っていたから当然ね」
「次に、街の人は私たち同様動物の脂を灰で煮込んで使うか、
灰で身体を洗っているようです」
予想通りの結果ってことか。
「ありがとう、これで売り込む相手が明確になったわ」
「一応、アタンやシードルを卸している街の肉屋に聞いたのですが、
これまでの取引先があるから、脂はそこまで融通出来ないと言われました」
「それは仕方がないわ、わざわざ聞いてくれてありがとうね」
ペコリと頭を下げ、部屋を出ていくマリーを見届けると、
「貴族のオリーブ石けんには勝てないし、
平民は、石けんを自前で作っているから買う習慣がないのよね」
水車まで作って張り切ったひまわり油が、
どうしても、お金を生むものに変えられないでいた。
「単価で言えば太陽のオイルは申し分ないけど、
数が出る商品じゃないのがネックね」
溜まっていくばかりのひまわり油と、
生産が追いつかないシードルに頭を悩ませる。
机の前でいくら考えても答えは出てこない。
「アシュ、領地に行くわよ」
目的なんて特に無かった。
パン屋に行って、バンズと雑談をし、
やる気に満ち溢れた大工たちの作業を眺めたりと、
目的はないけど、何かを求めて領地を練り歩く。
「調子はどう?」
食堂に入り、マァムに声をかける。
「リズ様、いらっしゃいませ」
食堂の中は、昼時を外れているため人はまばらだった。
「みんなに評判いいと聞いているわ」
「材料や香辛料に、お手伝ってくれる2人のお陰です」
「ついでに、頂いてもいいかしら?」
「はい」
「アシュは?」
「よろしいのですか?」
「一緒に食べよう」
今日はよく、アシュの耳が赤くなる日だ。
空いてる席に座って、隣に座るように椅子を叩いて合図をする。
渋々アシュが隣に座るが、
なんか落ち着かないようだ。
「お待たせいたしました、
バンズさんのパンにイノシシの肉のサンドイッチです」
マァムが料理の説明をしながら、
私たちの前に料理を置いた。
私はマァムの手を掴み聞いた。
「この手はどうしたの?」
「えっ!?」
マァムの手を引っ張って見ると、
切り傷の様なものが痛々しいほどにあった。
「これは⋯⋯料理をしていると出来るものですよ」
何も問題ないと言わんばかりにマァムが答える。
「いえ、あなたの家に行ったときには無かったわ」
私は、調理場にいる2人の元に向かった。
「2人の手も見せてくれる?」
2人は恐る恐る私に両手を見せてくれた。
「やっぱり」
2人の手にも、切った傷が無数にあった。
でも、明らかに包丁で切った傷ではない。
指先や関節部分に集中する傷を見て、
「あかぎれね」
そりゃそうだ、持ち帰りは皿を持参するとはいっても、
1日で500人分の食事を用意するとなると、
同じ数だけの洗い物をしないといけない。
「ここまで、頭が回っていなかったわ」
2人の手を撫でながら、小さく頭を下げる。
「頭を上げて下さい」
食堂に居た他の領民も驚いていた。
「アシュ、急いでオイルを取ってきてもらえる」
「かしこまりました」
アシュがオイルを取りに行ってる間に、
調理場に入らせてもらった。
「食器を洗うときに使っているものは?」
「こちらです」
マァムが指さした先を見ると、
樽に茶褐色の水が溜まっていた。
「石けんは使わないの?」
「量が量ですので、樽の中に水を溜めてそこに木灰を入れて洗ってます」
効率を重視した方法ってことか。
「正直に言ってね、食堂をはじめてからひどくなったわよね?」
3人は、沈痛な面持ちをし頷いた。
「どうしたものかしらね」
順調に見えていた食堂だけど、
こんな見落としがあったとは。
「大丈夫です。こんなの慣れればいいことですし、
冬になれば、みんな起こることですから」
「慣れて良いことと、ダメなことがあるの!」
自分を鑑みないマァムの言葉に、語気を強めてしまった。
「ですが、こんなのを理由に食堂をやめたくありません」
「大丈夫、どうにかするから」
私の怒りように、食堂の閉鎖を気にするマァムと、
「ここをやめさせられたら、お給金が⋯⋯」
給金を心配する2人。
当然の反応だ。
「お待たせしました」
息を切らしながら、アシュが戻ってきた。
アシュから瓶を受け取り、3人へと渡す。
「とりあえず、今はこのオイルを手に塗ってちょうだい」
「こんな高価なものは使えません」
「気にしなくていいから」
3人を促すと、渋々オイルを塗り始める。
「塗った感じがしないわ」
「変な匂いもしないわね」
「それ、飲めるくらい安全だから、
塗ったまま調理も出来るから、小まめに塗ってね」
少しはこれでマシになるとしても、
根本的な問題を解決をしないといけない。
席に戻って、サンドイッチを頬張りながら、
今後の方策を考える。
「やはり、マァムさんの料理はおいしいです」
マァムの料理に嫉妬するアシュ。
サンドイッチを持つ乾燥しているアシュの手を見て、
「アシュ、あなたもオイル使っていいからね。
あとハルとナツにも渡しておいて貰える」
「はい」
今回ばかりは、博打になるかも。
不安を胸に、最後のひと口を飲み込む。
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