大工の矜持とアシュとの距離
「大丈夫だったか?」
昨日のことを気にかけるジーノが声を掛けてきた。
「変なところを見せてごめんなさいね」
「何を言う、嬢ちゃんが怒るのも領主様と奥様があぁ言ったのも分かる。
ワシらが不甲斐ないあまりに⋯⋯すまん」
気遣いの言葉の後に、ジーノが頭を下げる。
「ちょっと⋯⋯やめてよ」
突然の出来事に戸惑ってしまった。
「領主様の寝室をあんなのにしたのは、ワシら領民の至らなさじゃ」
言いたい事は分かる。
だけど、それを受け取るわけにはいかない。
「それを含めて采配するのが、領主の努めよ」
「そうか」と、苦笑いを浮かべる。
「寝室については、後で別で話がしたいわ」
「了解じゃ」
「提案した組み立て工法はどうなったの?」
「そうじゃそうじゃ、他の奴らが張り切って色々調べておったぞ」
そう言うと、大工たちを呼び始める。
「お嬢様、従来の建て方とお嬢様のやり方を大まかにまとめてみました」
ガタイのいい大工が、小さいメモを手渡してきた。
メモには、壁一面を同サイズで建てたときの、
釘や木材の使用量がわかりやすくまとめられていた。
「すごいわね」
前回の修繕のメモもそうだけど、こういう資料を作れることに少し驚いている。
「こういうのって、誰かに教えてもらっているの?」
「昔、奥様にオイラたちは教えてもらいました」
お母様が?
でも、今はそういうことをしているようには見えない。
「ごめんなさい、話が逸れたわね。
簡潔に要点を教えてもらえるかしら」
「はい」
大工たちが代わるがわるしながら、説明をはじめた。
「釘の使用数はお嬢様の工法が多く、
木材の使用量では既存の方法が多くなります」
「金額の違いは出している?」
「大体ではありますが、お嬢様のメモ通りに釘を使用しますと、
1軒建てるのに釘代だけで、50万イェンくらい変わります」
「釘だけで!?」
思いがけない数字に声を上ずらせて反応してしまった。
「知らんと思うが、釘1本2000イェンが相場じゃ」
追い打ちをかけるように、ジーノが衝撃のことを口にする。
その言葉を受けて、周囲の住居を見渡す。
「確かに⋯⋯言われてみたら釘が見当たらないわね」
元の世界で釘が打ち付けられている場所には木栓が使われていたり、
そもそも壁自体が藁かなにかを粘土で固めているものが多かった。
「ですので、釘はやめて木栓にしますが、
その分、壁板を厚くしないといけなくなります」
「でも、前にジーノが1軒10万ちょいと言っていたのよ」
「あれはこれまでと同じ建て方での話じゃ」
「そういえば、以前他の領の大工に聞いたら200万なんて言われたけど」
「普通に建てればそのくらいは行くだろ」
20倍近い乖離に納得がいかない。
「なんで、ジーノたちなら10万で建てられるの?」
ジーノや大工が顔を見合わせ、何を言っているんだという様な顔をしている。
「あのな嬢ちゃん、他の領の大工はそれで金を稼いで食っているが、
ワシらは領主様に食わせてもらっているから、儲けはいらんのや」
「それに、僕たちは木材の大半を領地の木で賄えるので、
比重の大きい材料費を抑えられるのです」
ギルが付け加えて説明してくれた。
それからも、一人暮らしと複数人で暮らしている家の数も調べていて、
そこから、枠の大きさ、必要な枠の数なども計算されていた。
「もっと私が口を出すことになるかと思ったけど、
普通に考えられていて驚いたわ」
「なんじゃ、ワシらが木を打つだけしか能がないと思ったか?」
「そういうわけじゃ⋯⋯」
気まずい空気を感じ、口が滑ってしまったと思ったが、
「言われなくてもわかっておる。ワシらは作ることしか能がないが、
作るためなら、ひまわりの種くらいしかない脳みそを使って計算くらいするわ」
ジーノの言葉の後に、大工みんな笑い合う。
「あとは実際に1軒、試しに作ってみないとわからん事が多いな」
「提案をしておいてなんだけど、この工法でいいの?」
「どういうことじゃ?」
組立工法は簡単に言えばプラモデルだ。
事前にパーツを作っておいて、現地で組み上げていくだけで家ができる。
そして、同じ間取りの家しか建てられない。
「同じ家をただ組み立てろと私は言っているようなものでしょ」
この問いに、ジーノもギルも大工たちも静かになってしまった。
静かが沈黙に変わりかけたとき、
一人の大工が立ち上がり声を上げた。
「確かに味気ないです。家を建てるというは大工の技術を見せる場でもあります」
私が切り出したとは言え、領主の娘に物言いをするのは勇気がいることだ。
それを表すように、大工は小さく震えていた。
「ですが⋯⋯大工の誇りを理由に、早く出来ることを捨てていいほど、
俺達の家はいい状態ではありません」
勇気を出した大工の言葉に、周りの大工も頷いていた。
みんなの顔を見て、同じ思いであることを感じ取った。
「それならこの工法で、62軒を安く!早く建てれるように考えて!」
「「よっしゃ!」」
雄叫びにも似た声を上げなら、大工たちが捌けていく。
「試作で1軒建ててもいいんじゃな?」
「無駄にはしないでよ」
「腕が鳴るわい」
右腕を肩から回し、嬉しそうにするジーノ。
「それで、寝室の件だけど」
「そうじゃった」
ジーノの作業場で、寝室の打ち合わせをする。
「事務所や住宅のこともあるのにわかっているけど、
私にとっては、重要なことなの」
「嬢ちゃんだけじゃなくて、ワシにとっても重要なことじゃ」
「それで、出来ればジーノとギルだけで修繕をお願いしたいの」
「まぁ、あれを他の奴らには見せれんわな」
他の人たちを信用していないわけではない。
単純にあの光景を複数の人の目に晒すべきじゃないという判断によるものだ。
「嬢ちゃんの気持ちは理解した。
ギルにはワシから言っておくから大丈夫じゃ」
「ありがとうね」
「窓ガラスは注文しないといけんから時間が掛かるのと、
それなりの金が掛かるけどいいのか?」
「痛い出費だけど、しょうがないことよ」
「了解じゃ、後日寸法とか取りに行かせてもらうわ」
「わかったわ」
打ち合わせが終わり、私が立ち上がろうとしたときに、
人差し指で私を呼んで、小声で話した。
「寝室の件もそうじゃが、後ろのメイドさんとはしっかりと仲直りしとき」
本当に、見る所はちゃんと見ているのね。
今日も、いつも通りにアシュは領地に行く私に付いてきた。
そう、付いてきたのはいつも通りだ。
だけど、振り向けばすぐそこに居たアシュは、
今日だけは、数歩離れていた。
「大丈夫、私とアシュの仲だから」
「そうならいいんじゃがな」
作業場を後にし、屋敷へと続く道中。
「アシュ。いつまでそんな離れているつもり?」
振り向きながら問いかける。
不意の問いに、身体をビクつかせ、
振り向いたときには、下を向いていた。
「⋯⋯」
「私が今でもあなたに怒っていると思っているの?」
「⋯⋯はい」
小さい返事が返ってくる。
どんなにアシュが優秀とはいっても、彼女は17歳の少女だ。
リズの記憶の中にも、泣きついた記憶はあっても、
怒鳴ったり怒っている記憶はなかった。
「あのときは、感情的に大きな声できつく言ったのは謝るわ」
私はアシュの方をしっかりと向いて頭を下げた。
「お、お嬢様やめてください」
慌てふためくアシュをそのままに、
「でもね、これだけは覚えていてほしいの。
例えお父様やお母様の指示であっても、アシュが私に言えばどうにかなるかもと思ったときは、
迷うこと無く私に知らせてほしいの」
普通ならありえないことだ。
雇用主の指示を無視するなんて、メイドであれば簡単に出来ることではない。
「前に言ったよね?アシュは”家族以上”だって、
あの言葉に嘘はないわ。だからお願い。
時には自分で考えて判断をして、何かあっても責任は私が取るから」
言い切ると、アシュは一生懸命に涙を抑えようとしていた。
「申し訳ありません⋯⋯、ごめん⋯なさい」
アシュの方に歩いていき、優しく抱きしめた。
いつもは大きく感じていたアシュが、
今は、小さい少女のように思えた。
「⋯⋯お嬢様、わたし⋯⋯」
腕の中で落ち着きだしたアシュに提案をする。
「そのお嬢様をやめようか。
お嬢様じゃなくて、リズとアシュに呼んでほしいな」
「⋯⋯リズ様?」
「そう!これからはそう呼んでほしいわ」
腕の中からこちらを見上げる顔は、
目を赤くしながらも微笑み返してくれた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけたら★評価とフォロー・感想お願いします。




