たかだ寝室
「はじめて領主様の屋敷に入ったが⋯⋯」
ジーノが続きを飲み込んだ。
「いいのよ、遠慮しないで言って」
「あぁ⋯⋯なんか申し訳なく思ってな」
「どうして?」
「俺達がもっと稼げていれば、領主様に苦労をさせないで済んだなって」
この屋敷の現状はジーノや領民のせいではない。
「逆に私は誇らしく思っているわ。
領地があんななのに、屋敷や私たちの食事にお金を掛けていたら殴っていたかも」
軽く笑い、冗談を言った。
「直すとなると、結構金が掛かると思うぞ」
頭を掻きながらジーノが口にする。
「すぐに出来ないのは理解しているわ」
私は、とある部屋を素通りした。
「おい!ここの部屋は良いのか?」
ジーノはノブに手をかけていた。
「そこは――」
返事を待たずに、ジーノが扉を開けた。
「勝手に開けないで、お父様たちの寝室よ」
ジーノから返事が返ってこない。
扉の前で、微動だにしないで立ち尽くすジーノに不安を感じ、
駆け寄ろうとすると、
「なんじゃこりゃ!?」
ジーノの怯えた声に急いで駆け寄り、中を覗いた。
目に飛び込んできた光景に息を呑む。
「うそ⋯でしょ⋯」
開けたドアと微かな窓の隙間から差し込む光によって、
どうにか部屋の状況を疑うことが出来た。
窓は完全に板で塞がれている。
壁紙なんてものはなく、壁板がむき出しで場所によってはそれすらもない。
「セバス!!!!!!!!」
私は屋敷中に聞こえる怒声を上げた。
あまりの大きさに、ジーノが飛び跳ねる。
1階から駆ける足音が聞こえる。
「お嬢様、どういたしましたでしょうか?」
「これはどういうこと!!!」
2人の寝室を指差し説明を求めた。
セバスはゆっくりと目を閉じ眉間に力を入れ、
覚悟を決めて口を開いた。
「⋯⋯旦那様と奥様が決めたことです」
「ふざけないで!牢屋だってこれよりはマシよ!
お父様たちが決めたことでも、私に伝えることは出来たでしょ!」
セバスは、うつむいたまま答えてくれない。
「リズ、私が決めたことだ」
階段から、別の答えが返ってきた。
「そうよ、セバスをそんなに責めないで」
お父様とお母様が私の怒声で様子を見に来たようだ。
後を追うように、シルク、アシュ、ハル、ナツも駆けつけた。
「責めるとかそういう話じゃないの!
なんで執事でもあるセバスがこれを良しとしていたのかを聞いているの!」
言葉を口にするたびに、強く握った拳を足に叩きつけていた。
「アシュやハルにナツは、このことを知っていたの?」
お父様たちの後ろにいる3人を睨みつけて問い掛ける。
「私たちは、旦那様たちの寝室に入ることをかたく禁じられていました」
ナツの言葉に、ハルが何度も頭を縦に振っていた。
「アシュは?」
「⋯⋯シーツは⋯⋯私が変えていました」
視線を逸らしながらアシュが答えた。
「ならいくらでも私に伝える機会があったわよね!」
私の問いに小さく肩を震わせる。
「⋯⋯旦那様に、言わないようにと」
「どうして!」
お父様に視線を向け、理由を求めた。
お父様は、小さく顔を横に振って、
「寝るだけの部屋だ。小綺麗である必要がないからだ」
「そうよ。普段は私は別の部屋に、パパは書斎にいるのだから、
必要に思っていなかったの」
違う。必要とか必要じゃないって話じゃない。
はじめは確かに部屋の有様に驚いたが、
それを知りながら、私に知らせないセバスとアシュにもショックを感じた。
「じゃなんで!セバスとアシュに口止めをして、
ハルとナツには入らないように命じたのですか!!!」
「たかが寝室で、お前やシルクに心配を掛けなくなかっただけだ」
そう、たかが寝室だ。
でもそれが、屋敷で一番退廃していることを飲み込めるだろうか。
「ジーノ、続きは今度で良い?」
「⋯⋯大丈夫だ」
そのままジーノを置いて、部屋へと走り出した。
あぁ~頭が痛い。
久しぶりに大きな声を出したな。
ベットで寝ながらベッドの天蓋を見つめる。
冷静になれば理解は出来る。
誰も悪くないってこと。
そう誰も悪くない犠牲に、心が追いつかなかっただけ。
「だからって、それでいいの?」
納得しかけか思考に、声を出して問いかける。
「はぁ⋯――」
ため息をつき終わる前に、ドアがノックされた。
「⋯⋯お嬢様」
ドア越しに、緊張したアシュの声が聞こえた。
「今は放っておいて」
ここまで来るのにも相当の勇気を出してきたアシュを、
冷たくあしらう。
それでも、ドアは勝手に開けられた。
「だから放っ――」
ベットから起き上がり、ドアに叫ぶと、
お母様が立っていた。
「お、母様?」
「声を荒げないの」
そう言うと、そのままベットへと歩み寄ってきた。
「何か用ですか?」
バツが悪く思い、反対を向いてベットに寝転がった。
「ちょっといいかしら」
「⋯⋯」
ベットが軽く沈み、頭に温もりを感じた。
「寝室のことはごめんないね」
「⋯⋯」
「リズが頑張っているのに、寝室を直してなんて言えないじゃない」
お母様は優しい声で話しながら、頭を撫で続ける。
「⋯⋯だからってあれは」
振り絞って、言葉を返す。
「寝室もそうだけど、隠されていたのが許せないんでしょ」
「⋯⋯はい」
「本当にね、寝室の状態なんてパパも私もどうでも良かったのよ、
寝室に掛けるお金があるなら、リズやシルクに領民のみんなに使ってほしいだけよ」
この言葉に胸が痛くなった。
食堂にはお金を掛けて立て直したのに、
商団事務所は空き家を修繕するだけで済ました自分と重なったからだ。
そしてもう一つ。
私は女社長で、この人の娘リズなんだと再認識した。
撫でてたお母様の手を掴み、起き上がって顔を合わせた。
「とはいっても、隠されてたのは納得できません」
「それは素直に、ごめんないね」
頬にお母様の手が触れた。
「知ったからにはあのままには出来ません。
明日すぐにジーノに修繕の依頼を出します」
「無理をしなくていいのよ」
この人は本当に⋯⋯。
「無理ではありません。親があんな部屋で過ごすのを見過ごせるほど、
私は二人のことを嫌いではないだけです」
この言葉に、小さく、そして優しくお母様が微笑んだ。
「それじゃ、お願いするわね」
「はい!」
ドアの前には、お父様が立っていた。
静かにリズとお母様のやり取りを見届けて部屋を後にした。
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