今はまだ、建てられない
自分の部屋に戻る途中、屋敷を見て回った。
「みんなの家もそうだけど、ここもどうにかしないとね」
壁が崩れ柱が見える廊下、板で塞がれた窓。
この世界に来て衝撃を受けた光景。
「ジーノとギルに頼んで、屋敷の修繕の見積もりをお願いしないと」
お父様もお母様も、屋敷は最後で良いと言っていた。
お金が足りなくて、本当に嫌になるわね。
部屋に戻り先月までの帳簿を見つめる。
「間違いなくお金は稼げいる」
帳簿には、シードルや太陽のオイルなどの利益が、
領地の税収の1年分以上があることが記されていた。
「でも、何をやるにしても額が足りないのよね」
ため息をつきながら目を閉じた。
13年⋯⋯いや、20年近くこの領地は停滞していた。
それを補うには、今以上に稼がないといけない。
意気込んで取り組んだ、ひまわり油も好調とは言えない状況だ。
食堂や酒場に売り込んだが、味と質は喜ばれたが、
既存の油よりも使用出来る回数が少ないために契約にまでは至れていない。
本当ならこれもテコ入れをしないといけないけど、
どうしても冬の準備にリソースを傾けてしまう。
「私って、領地運営よりもお金を稼ぐほうが得意なのにな⋯⋯」
なのに、食堂や住居問題といった専門外に手を出したのが、
間違いだったかと考えてしまう。
疲れているせいか、はたまた思ったどおりに進まないもどかしさか、
理由はわからないが、ネガティブな思考が止まること無く駆け回る。
「⋯⋯ヤバい、パンクする」
目を開け無理やり思考を止める。
止めたはずの思考が、さっきのことを思い出させる。
『別に去年もおんなじ家で冬を越したんじゃ、
今年になったからって、すぐに死んだりはせん』
『今考えていることは誰も望みません』
「2人にこれを言われるなんてね」
右手を強く握り込み、何度か額を叩いた。
「まだ、私はやれる」
止めた思考を再度フル回転させながら、
ペンを走らせ続けた。
「ジーノ!見積もりできた?」
修繕の見積もりを聞くために、修繕中の事務所を訪れた。
「ちゃんとやっておいたぞ」
紙を持ちながら、ジーノが事務所の中から出てきた。
「わかりやすく分類もしておいた」
手渡された紙には、大中小と分けられていて、
その横に数字が書かれていた。
「大中小の意味は?」
「大は1日、中は半日、小は数時間程度の修繕具合って感じじゃ」
単純に、大体何日だって伝えられると思っていたので、
これには感心した。
「ということは⋯⋯おおよそ4週間ほどで出来るってことね」
「大体そんな感じじゃな」
取り掛かるタイミングはジーノに任せることを伝えた。
「話は変わるけど、ちょっと話があるの」
「今度はなんじゃ?」
「出来れば、他の大工やギルも一緒に聞いてほしいわ」
「わかった、ちょいと呼んでくるわい」
なにも聞かずに、ジーノはみんなを集めてくれた。
「これを見てほしいの」
アシュから紙を受け取りみんなの前に広げてみせた。
「なんじゃこりゃ?」
「昨日、62軒建て替えのに、2年から3年掛かるって話になったのは覚えている?」
「あぁ」
「それで、どうにか工期を短く出来ないか考えた結果⋯⋯」
みんなが紙に視線を向けていたのを私に向けた。
「組み立て工法ならどうかと思ったの」
「「組み立て?」」
紙を指さしながら説明を始める。
「今って、柱を立ててそこに梁を渡してから、
壁板を貼ったり、屋根を作ったりしているわよね」
「そうですね」
ギルが相槌を打ってくれた。
「事前に大きい木枠を作って、そこに壁板を貼ったものを作っておいて、
それを現地でつなぎ合わせる方法なら工期が短くなると思ったけど、どう?」
これは元の世界のツーバイフォー工法と言うものだ。
ジーノとギル、そして他の大工たちが各々話し合い出した。
「事前に作るとはいっても、全体で見たら工期自体は変わらなくならないですか?」
1人の大工が質問してくる。
「これを作業場で冬の間に作るとしたら?」
「そういうことか!」
別の大工が意味を理解し声を上げた。
「そして、木枠の大きさを統一して、
独身なら縦に木枠2面、横に木枠3面と家の大きさも統一する」
「結婚している家なら縦3面横4面みたいに、
大きさも木枠の数で変えられるのか」
発言した大工を軽く指差し、
「そういうことよ!冬は家を建てれないけど、
その間に木枠を量産しておいて、春に一気に取りかかれると思うのよ」
穴が開くくらい紙を睨んでいたジーノが聞いてきた。
「構造としては面白い、だけどこりゃ釘を大量に使うぞ」
鋭い指摘だ。
「わかっているわ、だからみんなに相談しているの、
作業場から現地に運ぶ方法や運びやすい大きさ、
そして1枠作るのにどのくらいの釘が必要か」
この投げかけにみんなが動きはじめた。
「おい、今の独身と結婚しているやつの家の大きさを調べろ」
「木枠を正方形か長方形かでも変わってくるな」
「1軒作るのに使ってる釘は何個だ?」
16人の大工が、意見を出し合いながら、
いつの間にか木材を軽く組み立て、簡易木枠を作り出し、
あぁでもないこうでもないと言い合っている。
「なんか⋯⋯勢いがすごいわね」
「修繕しているときよりも、熱が入っていますね」
アシュと一緒に、大工たちの熱量に面を食らってしまっている。
「そりゃ、家を建てられるって聞いたら黙っていられんわ」
ジーノが木材の切れ端を椅子にして、話してくれた。
「牛舎や水車も、そして食堂もそうじゃが、
今までなにかを作ることが出来なかった」
「直すほうばかりってこと?」
「うむ、作らなきゃ腕は鈍るばかり、
若いやつの中には、家の建て方すら知らんやつもおる」
ここにも、停滞の弊害が及んでいるとは。
「ワシだって、水車がなきゃ⋯⋯」
言葉は途中で途切れた。
それでも、ジーノの気持ちは汲み取れた。
「ついでで悪いけど、屋敷の修繕の見積もりもほしいの、
こっちは完全修繕で出して」
「やっと、領主様の屋敷を直せるのか」
すぐには直せないけど、目標があれば私は進める。
「こりゃ、今日は作業できんな」
3人で、大工たちの熱量を見守りながら笑った。
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