食堂の初日
マァムに食堂をお願いしてから2週間。
やっと開店の日を迎えることが出来た。
パン屋から2軒離れた場所に丁度空き家があったので、
そこを解体してギーノたちに食堂を建ててもらった。
「お邪魔するわよ」
外からでも感じた匂いが、
扉を開けると一層嗅覚を刺激してきた。
「結構立派ね」
6人掛けのテーブルが5卓並んで、
奥には、受付と調理場があった。
「リズ様、お待ちしておりました」
食堂を見渡していると、調理場からマァムが出てきた。
「今日から開店ね」
「美味しいご飯を出せるように頑張ります」
胸の前で小さな手をグッと握って、やる気を見せてくれた。
「それで⋯⋯本当に200人分も作っていいのでしょうか?」
マァムのやる気は一気に引っ込んで、
私がお願いしたことを不安そうに聞いてきた。
「えぇ、3日間は昼だけ200人分を作ってほしいの、
朝と夜は160人分くらいで構わないわ」
マァムに意図を説明していないが、
昼を過ぎれば、自ずとわかると思う。
「逆に、足りなくならないと良いわね」
マァムが不思議そうにしていると、
食堂の外から人の声が聞こえはじめた。
「なにかしら?」
マァムと一緒に、扉を開け外を見ると、
20人ほどが集まり、賑やかになっていた。
「そろそろ開店の時間のようね」
「はい!」
マァムが、扉の前の看板を「Open」に変えて、
ヴェルデン食堂の初日が始まった。
2週間前、領地内に食堂の開店を知らせた。
領地全体で薪代を節約して、食事の質を向上させるためであると、
だけど、それを強制するわけではなく、
朝と昼は食堂で、夜は自分で作っても構わないと説明している。
本音は全員が全食を食堂で賄ってほしいけど、
家庭の味を蔑ろにするつもりはない。
合理性の上に、母親の味を犠牲にはしたくなかった。
邪魔にならないように、パン屋の方に移動して、
食堂の状況を見守った。
「結構並んでいるわね」
捌く人数よりも、並び出す人のほうが圧倒的に多い。
「これ⋯⋯まずいかも」
思っていた以上に、人が短時間に集中してしまっている。
食堂の中の状況は、想像するに容易く、
これは手伝いに行かないといけない状況だと判断した。
「アシュ、行くわよ」
「かしこまりました」
アシュに声を掛け、駆け出そうとすると、
肩になにかを感じ、引き止められた。
「いいから見てなって」
肩に目をやると手が置かれ、その先を見るとバンズがいた。
「どういうこと?」
「ここも初日はあんな感じだったが、
数日すると、領民も理解してか時間がバラけるようになる」
「変に捌けると問題になるってこと?」
バンズは小さく頷いた。
ふぅと気持ちを落ち着かせて、
バンズの言葉を信じて見守ることにした。
「しかし、料理が上手い人を教えてくれって言って、
2週間で食堂を作るのは、本当に行動おばけだな」
なんて言った後に、ちょっと小馬鹿にするように笑ってきた。
「やれることはすぐにやる!これで1日1万イェンの節約になるの。
早ければ早い分、節約額も大きくなるでしょ!」
バンズの笑いに対して、少し不貞腐れた感じで返してみたが、
「でも、あそこの1日の材料費や人件費は?」
「⋯⋯4、万イェン」
「建物や調理器具は?」
「⋯⋯回収不能」
消え入りそうな声で返す羽目になった。
ポンと、バンズが私の頭に手を置いた。
「まぁでもあれだ、嬢ちゃんも領主様の娘なんだって感じだな」
「えっ!?どういうこと?」
「普通、利益度返しで領民のために食堂なんて出さないってことだ」
「領民あっての領地で領主だからね」
何度か優しく、頭に置かれた手が頭を叩いた。
そうしている間に食堂からは、
空だった皿に料理を載せて出てくる人や、
お腹を擦りながら出てくる人が混じり始めてきた。
「どうにか回っているようね」
「だから心配しすぎだって」
バンズの呆れは分かるけど、
元の世界のお客を待たせる怖さを知っているせいか、
ソワソワが収まらないでいる。
「あの⋯⋯リズ様」
「うん?」
数m先から2人の若い男性に声を掛けられた。
「どうしたの?」
「えっと⋯⋯」
何かを言いたそうにしているのに、
続きを言えないでいる。
「食堂で何かあったかしら?」
この言葉に2人は反応し、
「いえ!ただお礼を伝えたかっただけなんです」
「食堂の?」
「はい、独り身の俺達は飯を準備するのが面倒でしたので」
真っ直ぐな感謝を向けられて、
なんだか、くすぐったい感じがするけど
「食事は美味しかった?」
「それはもう!」
言葉の後に続いた2人の笑みを見れば、
食べなくても料理の出来が想像できた。
「じゃ、それをマァムさんたちにもしっかり伝えて、
仕事もしっかり頑張ってね」
「「はい!」」
駆け足で去っていく2人を見送った後に、
食堂の方に視線を戻すと、親子が目の前に立っていた。
「どうしましたか?」
「この子がリズ様にって」
5歳ほどの女の子が母親の手を取りながら近づいてきた。
目線を合わせるため、膝を曲げ問いかける。
「どうしたのかな?」
「あのね、ごはん、おいしい」
たどたどしい言葉の中に、この子なりの精一杯の気持ちがこもっていた。
「じゃ、いっぱい食べて大きくなろうね」
「うん!」
「本当にありがとうございます。
この子を見ながら、食事を作るのが難しい時があったので」
「いつでも利用してくださいね」
それからも、多くの人達が食堂から出るときに、
笑みをこぼしながら出てくるのを目にすることになった。
「作ってよかったな」
バンズの問いに、小さく微笑んだ。
「あの⋯⋯」
背後からの声に、ビクッと驚いて振り返る。
「おう、どうした?」
そこには、横に広い旅人の装いをした人が立っていて、
バンズの反応を見ると、バンズとは顔なじみのようだ。
「あの人だかりはなんですか?」
「あれか?領地初の食堂だ」
彼の手にはしっかりと、ヴェルデンイモが握られていた。
「食堂という事は、私も利用しても?」
「それは⋯⋯どうなんだ?」
答えを求めるようにバンズが私の方に顔を向けてきた。
「えぇ問題ありません。ただ、領民以外ですと1食350イェンになります」
「350ですか」
彼はヴェルデンイモを頬張りながら、食堂の列へと向かっていった。
「へぇ、領民以外にも出すのか」
「まぁ少し割高にしてはいるけどね」
という自分の言葉に違和感を覚えた。
旅人たちの利用を見据えて、偉そうに200食を作らせたのに、
肝心の価格を伝えていなかった。
「ごめん、マァムに伝え忘れていたわ」
バンズを残して、急いで食堂へと駆け出した。
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