隠れた領地を支えていた人
領内の食事を一括管理することをお父様に提案した次の日に、
大まかな話をバンズに伝えた。
これまで領内の食を支えてきてくれたし、
これからは、食堂と一緒に一層領内の食を支えてほしかったからだ。
「ねぇバンズ、領内で料理が上手な人は誰かしら?」
「そうだな⋯⋯」
真剣に考えながらも、窯からパンを出す手は止まっていなかった。
こんな問いをされても普通は困るだろうなと、
口にしてから後悔してしまった。
「そりゃ、牧場近くのマァムだな」
「そうですね」
バンズの答えにアレクも賛同した。
「2人ともその人の料理を食べたことがあるの?」
「領のやつならみんな食べてるんじゃないのか」
領内にそんな人がいることをはじめて知って、
領にはまだまだ隠れた逸材がいることを嬉しく思った。
「旦那さんが猟師で、よく独身の人たちとかに、
狩った獲物を使った料理を分けてくれているんです」
アレクが話した彼女の振る舞いに、感銘を受けた。
猟での獲物は、領主邸に3割納めるだけでよく、
後は全て狩った人のものというのがここでのルールなのに、
それを分け与えるなんてそうそう出来ることではないからだ。
「大げさかもしれんけど、ここの食の半分は俺で、
もう半分はマァムが賄っていると思う」
バンズが言うからこそ重みがある言葉に、
この世界に来て半年近く経つのに、彼女に会っていなかったことを後悔している。
「牧場の近くに居るのね」
「家の前に、毛皮を干しているから行けばすぐわかる」
「ありがとう」
居ても立ってもいられず、足早にマァムの元へと向かった。
「ここで間違いなさそうね」
確かに家の前に、イノシシらしき皮が1匹丸々ぶら下がっている。
煙突から煙が出ているのを見ると、
マァムは家にいるようだ。
ドアを軽くノックして、
「すみません、リズと申します。
マァムさんはいらっしゃいますか」
ドア越しに声を掛けると、中でバタバタとした物音とがして、
音が静まった後に、ドアがゆっくりと開いた。
「領主様の娘様の?」
「はい、そのリズです」
開いたドアの先には、不安そうな顔をした、
30歳すぎの私よりも背の低い女性が立っていた。
「うちのものがなにか問題でも起こしてしまいましたでしょうか?」
不安にしていたのは、領主様の娘が家に来ることなんてそうそうないからだった。
「いえなにか問い詰めたり来たわけではありません、
マァムさんにお願いをしたく来ただけです」
私の言葉に、不安そうな顔は少し緩んだが、
まだ、肩に力が入っているようだ。
「私にですか?」
「はい、話に聞きましたが、マァムさんは食事をみなに振る舞っているそうですね」
「⋯⋯はい」
「なぜ、そういったことをされているのですか?」
私の問いに、後ろにいるアシュを見たり、
目がせわしなく動き回っていた。
多分聞き方を失敗してしまった。
両手を上げてあげながら、
「別に責めているわけではありません。
自分たちだけで食べていいのに、回りの人に振る舞っているのが気になってしまって」
マァムが一度視線を落とし後に、
私の方を見直して答えた。
「ここでは食事はとても重要です⋯⋯。
私たちだけがいいなんて言っていられません」
肩の力を一気に抜いたようで、肩を下げて続けた。
「⋯⋯パンもりんごも、領のみんなが作ってくれているから食べられるので、
それに少しでも恩返しが出来ればと思ってしていました」
この言葉を聞いて私は思わずマァムの手を握ってしまった。
「なんて素晴らしい人なんですか!」
突然なことに、マァムは顔を赤くしてうつむいてしまった。
「パン屋のバンズが言っていました。
領の食の半分は、あなたが支えていると」
「そ、そんな⋯⋯」
「そんなあなたにお願いがあります」
握っていた手を離し、1歩下がってから、
「あなたに領地の食事を作っていただきたいのです」
「え!?わ、私にですか?」
「はい!」
話が長くなると察したのか、マァムが家の中へと招き入れてくれた。
中に入ると、外からでも微かに香っていた、
なにかしらの美味しい匂いが鼻を刺激してきた。
「もしかして、調理中でしたか?」
「肉の下ごしらえをしてるだけなので大丈夫です」
二人掛けの対面テーブルに案内されて、椅子に座った。
「お付きの方もこちらの椅子に」
「いえ、私はお嬢様の後ろでかまいません」
アシュの答えに、しぶしぶマァムが対面に座り、
先程の話の続きを始める。
「今は各々でパン屋でパンを買い、スープなどを作っていますが、
それを一箇所にまとめて調理すれば、薪を節約できるとは思いませんか?」
「えぇ、言っている意味はわかります」
「節約した分を使って、食事を少しでも豊かにしたいのです」
「それを私に任せるってことですか?」
「そうです。ただ薪を節約して肉とかを増やすだけでなく、
美味しい食事を振る舞いたいのです」
ただ肉や料理の数を増やすだけじゃダメ。
美味しくて、また食べたいと思ってもらえないのならやる意味がない。
「でも、なぜわたしなんですか?」
「バンズもアレクも、ここに来るまでに何人かに聞きましたが、
マァムさんの料理は美味しいと皆言っていました」
「そっそんな⋯⋯大げさですよ」
びっくりた反応を見せたが、
最後は小さく微笑んだように口元が緩んでいた。
「材料費は私たちが出しますし、調理場を新しく建てる予定です。
みんなの分を調理するのであれば、香辛料なども買うことが出来ると思います」
「買い出しはどうしたらいいのでしょうか?」
「シードルを配達しているものに頼んでもいいですし、
可能であれば、配達について行ってもらってご自身でされても問題ありません」
小さく頷きながら、マァムがおもむろに席を立ち台所へと向かった。
どうしたのかとアシュの方を振り向き、二人して顔を見合わせた。
再度マァムに目をやると、部屋を満たしていた香りの元の鍋から
スープらしき物を皿に注ぎ、私たちの元に戻ってきた。
「こちらを味見して頂けますでしょうか」
差し出されたスープからは、食欲をそそる匂いが香り立っていた。
「それでは、いただきたいます」
スプーンを手に取り具材を確認すると、
肉にジャガイモと多分パンを一口サイズに切った物が入っている。
まずは、スープの味を確かめるために、
具材を載せずにすくい上げて口へと運んだ。
「!!!」
コショウや塩とは違う別の風味に、綺麗に肉の脂身の味が混じり合っている。
次に肉とスープをスプーンに載せて口に含んだ。
噛むと肉から肉汁とスープが溢れ出し、肉の美味しさを引き立てている。
「食べたことがない味付けですね」
「森で採れる薬味を使って味付けをしています」
「薬味の知識もお有りなんですね」
「香辛料は⋯⋯あの高いですから」
少し申し訳なそうに答えてきたことに、
こっちが逆に申し訳なく感じてしまう。
「アシュも食べてみて」
私はアシュに、お皿とスープを差し出したが、
「お嬢様が召し上がったものを私が食べるなんて⋯⋯」
「私が口を付けたのはまずいよね」
あまりの美味しさに、ついアシュにも味わってほしくてしてしまったことだ。
「お嬢様が問題ないのであれば⋯⋯」
「え!私は気にしないわよ」
そう言うと、アシュは皿とスプーンを手に取り、
なぜか手を震わせながらスプーンを口へと運んだ。
「塩コショウとは違う味付けですが、美味しいです」
アシュの反応は素直だった。
「えぇ、本当に美味しかったわ。
香辛料の代わりに薬味で代用しているのも素晴らしいわ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方よ」
その後は、大まかな話をした。
1日1000イェンでの賃金とすること。
マァム以外にもお手伝いとして2人雇うこと。
献立はマァムに全て任せること。
「大体はこんな感じでいいかしら」
「はい」
「急に押しかけて、無理なお願いをしてごめんなさいね」
「いえ⋯⋯私食べるのも作るのも好きなので、
それで、リズ様の役に立てるのがうれしいです」
私よりも小さい身体からやる気がみなぎっているのがわかる。
「私のためじゃなく、領地のみんなのために頑張ってほしいわ」
「はい!みんなのお腹を掴んでみせます」
マァムと軽く握手をして、家を出た。
屋敷への道すがら、アシュが少し不機嫌みたいだった。
「アシュ、なんかあったの?」
「私も薬味の知識があれば」
ボソッと小さく囁いた言葉はしっかりと私の耳に届いた。
屋敷の食事は全てアシュが賄っている。
確かにマァムと比べると味気ないかもしれない、
でもそれは、お父様が食費を切り詰めている原因でもある。
「アシュの食事を私が残したことある?」
「⋯⋯ありません」
「私に付いてきながら、屋敷のこともしているアシュは素晴らしいわ!」
アシュに抱きつき、感謝していることを表した。
「マァムに薬味を教えてもらえるように、アシュに時間を作るわ」
「それだと、お嬢様のお側にいられません」
抱きしめた手の力を少し強めて、
「お父様たちにも美味しい食事を食べてほしいの」
「そうですね」
「私にとって、アシュは家族以上の存在だから機嫌直して」
この言葉にアシュは顔を真っ赤にして、
頭から煙を出してしまった。
アシュから離れて、軽く駆け出した。
「おっお嬢様!」
「早くこないと置いていくわよ」
無意識に出たさっきの言葉は嘘じゃない。
この世界に来て、一番一緒にいるのはアシュで、
なぜかわからないけど、アシュが後ろにいるから頑張れる気がする。
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