調査団来訪
帳簿をまとめるといっても、日頃まじめにやっているから、
それほど苦になる作業ではなかった。
ただ、どこまでさらけ出していいのか、
そこの匙加減がわからないでいる。
「隠そうと思えば、いくらでも隠せるんだけど――」
お父様と、調査団の対応に関して話し合いをした結果、
基本はお父様が対応するが、その場には同席させて貰えるようになった。
「本当はもっとお父様と協力して、
今回のこと以外もやるべきなんだろうな」
正体バレかけ事件があってから、
精神的な壁を作ってしまっている自覚は感じている。
「男同士だったら、お酒を飲みながら腹を割って話せたのかしら」
この世界に来てから8ヶ月が経つけど、
私がなぜこの世界に来たのかは未だにわかっていない。
そして何よりも1番不安なのが、
私のせいで、本当のリズを殺してしまったのではないかということだ。
今もこうして、私という人格がリズとして生き続けているけど、
本当のリズの人格が、どうなっているのかは不明のままだ。
リズの中で眠り続けいるのであれば、
それはそれで安心だけど、もし目覚めたとき、
私はどうなるんだろう。
時折こんなことを考えてしまう。
堂々巡りの思考の中で、遠くからせわしない足音が近づいてくる。
その音は、私の部屋の前で止まるやいなや、
「お嬢様、調査団が来られました」
息を切らしたハルが、扉を開けながら駆け込んできた。
「ハル!部屋に入るときはノックをしないと」
「すみません⋯⋯」
11歳のハルは、たまにこういうことがあるけど、
そこが憎めなくて、可愛い。
「じゃ、行きましょう」
帳簿をハルに持ってもらい、応接室へと向かった。
応接室では、2人の文官とお父様が話をしていた。
「失礼いたします」
挨拶をして、席へと座った。
「娘のリズです。勉強のために同席させたいのですが、
よろしいでしょうか?」
「えぇ、かまいません」
青年の文官が優しい笑顔をこちらに向けて、
了承してくれた。
「リズと申します、お邪魔にならないようにいたしますので、
よろしくお願いいたします」
「へイザーだ」
40代ほどの文官がそっけなく答える。
「私は、ギルバートと申します」
青年の名は、ギルバートね。
「早速、今年の帳簿を見させてもらいますか」
不敵というか、裏がありそうな笑みをこぼしながら、
へイザーが帳簿を催促してきた。
ページがめくられる音だけが、応接室に広がる。
「ふむふむ、6月から急激に売上が増えてますな」
「シードルという酒を売り始めたのが6月です」
へイザーの問いに、お父様が答える。
「シードルの売上を油の事業に回しているようですな」
「シードルだけでは、頭打ちになってしまうので」
帳簿や資料にも、
ひまわりから油を抽出していることは書いていない。
ひまわりは南部であれば、どこでも咲いているようだけど、
油が取れることは、知られていない。
先行者利益を大きくするために、極限まで隠し通したい。
「ただ、油の売上はそこまで立っていないようですね」
「先月から売りはじめたばかりですので」
「なるほど」
ギルバートは小さく頷いた。
その後も当たり障りのない質問に対して、
お父様が返答をし続けた。
「ジャガイモとやらも税の対象とさせて頂いて、
シードルや油の分を含めますと――」
ジャガイモに関してはしょうがないけど、
シードルと油は最低でも売上の5%が必須。
「ジャガイモは収穫量の5%で、
シードルなどは、売上の10%でいかがでしょうか」
へイザーが当然だろという顔をして言い放った。
売上の10%?
それって利益の20%以上を取るのと同義よ。
「10%の根拠は?」
お父様が静かに問いかける。
「利益率が書かれている通りなら、
10%でも問題ないと判断しただけですな」
言っていることは、むちゃくちゃよ。
「利益率が低くなった場合、売上から徴収では成り立たない可能性が」
「そうならないように、努力するのがあなたの仕事ではないのですかな?」
へイザーって文官、正論のように言っているけど、
さっきから暴論を振りかざしているだけよ。
お父様の方を見ると、沈痛な表情を浮かべて黙ってしまっている。
へイザーが話をすすめている間も、
ギルバートは静かに帳簿に目を通しているが、
話に入ってくる様子はない。
ダメか。
出来ることなら、私が話に入ることは避けたかったけど、
売上の10%も持っていかれるわけにはいかない。
「よろしいでしょうか」
「リズちゃんだったかな、どうしたんだい?」
子供だと見下した口調に不快感を覚えながら、
「売上の10%の徴収をお考えのようですが、
事業拡大のために、水車などに資金を投入した部分の扱いはどうなりますか?」
「なにを言っているんだい?それはそっちの都合だろ」
あぁ、こいつは馬鹿だ。
「確かに事業を拡大するのはこちらの都合ですが、
事業が大きくなり、売上が増えることで税収が増えるのはそちらも嬉しいことでは?」
「そうなればいいが、全部が全部そうなるとは限らない、
子供が思っているほど簡単じゃないんだよ」
その舐め腐った態度をボロボロにするしかないわね。
「じゃ、事業を拡大して売上が増えても、
その分は取らないと約束頂けますか?」
「はぁ、何を言っているんだ」
「事業拡大の投資に関して、なにも考慮頂けないのに、
成功したときの増加分も取るって、ただ甘い蜜を吸っているだけはなくって」
さっきまでなにも反応していなかったギルバートが、
帳簿をおいて話に耳を傾けていた。
「稼いだ分を納めるのが、この国で暮らすものの務めだ!!」
「あなたは、何もしないでも売上が増えると思いなのですか」
「⋯⋯」
「酒場などの場合、家賃などは税収の計算から除外されると、
王国法で決まっていると思いますが」
「それがどうした」
「例えば酒場が、2号店を別の街に出したとしても、
家賃等は除外対象ですよね?」
「言うとおりだが」
「それなのに、水車や倉庫の増設はそうならないのはおかしくありませんか?」
「ただ、2号店ではなく既存の店を大きくする場合は除外対象にはならない」
「その場合はどういう計算に?」
「担当する文官による」
はい!ありがとうございます。
「でわさっきから静かなギルバートさん、
あなたならいくらにしますか?」
急に振ったにも関わらず、ふっと軽く笑って話しはじめた。
「はじめは売上の6~7%と思っていましたが、
もう少し話を聞いて、煮詰めてみるのもいいかと思い始めてます」
「その数字の根拠を聞いても?」
「事業の将来性ですかね。今の段階で多く取るよりも、
事業を大きくする余力を残したほうが、将来的に税収が増えると見越した数字です」
へイザーより、ギルバートのほうが話がわかりそうで助かるわ。
「先ほど、もう少し煮詰めても良いと言っていましたが、
どういう意味でしょうか?」
「ここまでの規模の商いを領主が行う場合、
普通は領主お抱えの商団を作るのですが、ヴェルデンではそれをされていない、
簡単に言えば、財布の区別が難しいんですよ」
シードルの粗悪品を作っていたバリス領も商団を持っていたわね。
あれには、そういう意味があったのね。
「商団があると税率が下がると?」
「今の段階で言い切れませんが、ヴェルデンは領地で収穫したものを、
加工して販売していますが、収穫物の原価が曖昧なんですよ」
なんとなく、ギルバートが言いたいことがわかってきた。
「でわ、商団を作って、領地からりんごを仕入れるようにすれば、
そこは明確に出来るわね」
「その通りです。理解が早くて助かります。
そうしていただけると、ここに書かれている利益率にも信憑性が増します」
ギルバートって文官、若い割に頭が切れる。
商団を作ることなんて、まったく思いつかなかったわ。
「先にお聞きしますが、決定権はお二人のどちらにあるのかしら」
へイザーがギルバートの方に顔を向けた。
「僕の方にあるようです」
無邪気な笑顔を向けながら、答えてきたけど、
なに?決定権がないやつが、売上10%とか言っていたってこと?
「へイザー文官が税理を提示たとき、
あなたが黙っていた意図を教えてもらえるかしら」
うーんと、短く悩んだ後に、
「そのまま鵜呑みにするなら、それはこちらとしていいことですので」
試されていたってこと?
「それで領地が衰退してもいいの!!」
「ヴェルデンはこれまで、なにもしてこなかった。
それは、いつ潰れてもおかしくない状況であったの理解されていますか?」
ギルバートの鋭い指摘に、私とお父様は息を止めてしまった。
「そんな領地が、幸運なのかはたまた誰かの助けによるものかわかりませんが、
息を吹き返す機会を得ることが出来た。ですが、売上の10%を鵜呑みにするなら、
まぁ、結局はいつかは潰れると思いました――」
こいつ、自分がなにを言っているか理解しているの?
「それなら早く潰れてもらって、新しい領主をあてがったほうが、
最良だと思うのは普通のことではないでしょうか?」
言ってることは一利ある。
でも、本人たちを前にそれを普通言う事なの。
「そう思っていたのですが、リズお嬢様が話に入ってきてから、
私の考えは少し変わりました」
「私が?」
「13年間、ただただ税を納めて生きながらえるだけどの領地に、
息を吹き込んだのはあなただと確信したからです」
ギルバートの言葉に、目をパチパチするだけのへイザー。
帳簿とこれまでの領地を知っただけで、
そこまで読んだってことね。
「仮にそうだとしたら、どう変わったのかしら」
「商団を設立して、商団の頭にリズお嬢様が就くのであれば、
商団の税率を売上の5%として、投資の部分も考慮したと思いますが、
いかがでしょうか?」
「あなた本気なの?15歳に商団の頭をやれと?」
「話によると、隣国では16歳で大手商団の頭をやっている方がいると聞いています」
商団設立に関しては、私にとってメリットのほうが多分多い。
ただ一つ疑問点が残る。
「商団の利益をヴェルデン領の発展に使った場合はどうなるのかしら?」
「それについては、領地発展への貢献となりますので、
税の対象から除外されますから思う存分やって下さい」
安売りされている笑みに、違和感を感じるけど、
商団を作らない理由がない。
「お父様はどう思われますか?」
「悪い話ではないと思う。後はリズがどうしたいかだ」
いままでは、領民に日当を渡して仕事をお願いしている。
この部分の帳簿の処理が難儀だったけど、
商団を作れば、業務委託的な処理が可能になる。
それ以外にも原価の算出に、何よりも領地にお金を使った分、
税が安くなるのはかなり魅力的だ。
「商団の設立に多額の費用がかかるとか?」
「いえ、こちらが用意するものにサインをいただくだけで完了します」
こんな美味しい話があっていいの?
相手はさっきまで、お父様が潰れても良いと思っていたやつよ。
「難しいようでしたら、一番はじめに私が提示した。
売上の7%で、話を終わらしても構いません」
そんなのは無理だ⋯⋯
「わかったわ――」
息を深く吸い込んでから言い放った。
「商団の頭くらいやってやるわ!」
ヴェルデンが豊かになるなら、商団のトップくらい、
簡単に勤め上げてやるわよ。
「それではこちらにサインと、
商団の名称を記載下さい」
差し出された紙にサインをして、
商団の名前なんて決まりきっている。
「ヴェルデン商団ですか」
突き返した紙を見て、ギルバートが呟いた。
「えぇ、とってもわかりやすいでしょ!」
「そうですね」
後ろの方で、アシュが小さく手を叩いていた。
「それでは、ヴェルデン領の税に関しては、
ジャガイモの収穫量の5%を上乗せした分を納めいただき、
ヴェルデン商団に関しては、売上の5%と、
投資の部分に関しては、90%を免除対象とします」
領地に関しての部分は、お父様がサインをした。
どっと疲れたわ。
でも、私が考えた案よりもいい形で着地が出来て安心した。
それじゃ、次は私が攻める番ね。
「私から一つ提案があるのだけど、いいかしら」
ギルバートとへイザー、そしてお父様も、
なにが始まるんだと、不思議がっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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