命運を掛ける太陽のオイル
私とアシュにマリーは、初めて見る屋敷の大きさに度肝を抜かれた。
「貴族様って、こんなに家に住んでいるんですね」
マリーの声が少し震えて聞こえた。
貧乏領主とはいえ、私の屋敷だって領地では一番大きい。
でも、そんな屋敷が優に10軒は収まる広大さだ。
門から屋敷まで、200メートルはあるだろう。
「南部の半分を統括している公爵様だからね」
はじめての売り込みに、ここを選んだのには理由がある。
オセロが貴族に広がるきっかけになったのが、
ユルガ公爵が気に入ってくれたことが大きかった。
バートン経由でアポをお願いしたら、
2、3返事で了承してくれたのも、ヴェルデンに興味がある証だと思っている。
「待たせたら悪いから、早く行きましょう」
門の守衛に、公爵夫人との約束で来たことを伝えると、
話は聞いていると言って、簡単に門を通してくれた。
屋敷の入口の前には執事が待っており、応接室に案内された。
執事が、「奥様はすぐに参ります」と言って部屋を出ていった。
ソファに座りながら応接室を見渡し、
夫人が来るのを待った。
置かれているインテリア類もさることながら、
見えるところに、塵一つとない行き届いた手入れ。
「ここにあるものだけで、数年は暮らせそうね」
「⋯⋯」
完全に飲まれているマリーに、
「緊急したって意味ないわよ、
私たちは、ただひまわりオイルを売り込みだけ」
「⋯⋯はい」
返事に余裕が感じられない。
扉が開き、夫人と私と同じくらいの女の子が入ってきた。
立ち上がって、夫人と女の子が椅子に座るのを待って、
「忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
元の世界のありきたりな挨拶を伝えた。
「話は聞いているわ、オイルを作ったとか」
声には、こちらを窺う様な圧を感じた。
「はい、新商品の『太陽のオイル』をお持ちしました」
木箱をテーブルに置き、開いて見せる。
中には、陶器の瓶が3本入っている。
「ガラス瓶ではないのかしら?」
「申し訳ありません、こちらは試供品となりますので、
陶器の瓶を使わせていただいております」
「あら、くれるというの?」
「はい」
夫人であろうと、美容オイルがタダということに食いついてきた。
「お肌に使うものですから、人によって合う合わないがございます、
ですので、試供品で使用感を確かめていただきたいのです」
「言うことは、立派ね」
「普段はどのようなオイルをお使いでしょうか?」
「最高級のオリーブオイルを使っているわ」
それを聞きながら、夫人の横に座る令嬢に目を向けた。
髪は綺麗に結われ、服だって綺麗なドレスを着ているが、
前髪が目を隠してしまうほど伸ばされていた。
そして、フェイスラインに異様に塗られている白粉が気になる。
「失礼ですが、お嬢様はおいくつでいらっしゃいますか?」
私の不意な質問に、不思議そうにしたが、
「⋯⋯14です」
「それでは、私の1個下になりますね」
「それがどうしたっていうのかしら」
その年齢で、おでことフェイスラインを異様に隠す理由は1つしかない。
「お嬢様は、ニキビで悩まれておりますね」
「!?」
驚きと羞恥心で、顔を手で隠した。
「わかりますわ、年頃ですから気になってしまいますよね」
「それで?何がいいたいのかしら?」
夫人の声に、棘が混ざる。
「確実ではありませんが、お嬢様はオリーブオイルが合わないかと」
「なにを言ってるの!!」
とうとう夫人が立ち上がってしまった。
「丁度私たちの年齢は、ニキビが出やすい身体になっております」
思春期だのホルモンバランスだの言っても伝わらないだろう。
「そんなときに、オリーブオイルを多用してしまいますと、
ニキビの発生を逆に助けてしまうのです」
私は立ち上がり、令嬢の元に近寄った。
「お嬢様、失礼しますわ」
令嬢の頬を軽く撫でると、ベタつく感触が指に伝わる。
「お嬢様、私の頬を触って頂けますか?」
私の提案に驚きながらも、恐る恐る手を伸ばし、
頬に指が触れた。
「おわかり頂けますか?」
うんうんと、小さく、そして強く顔が振れた。
「フレイナ、何が違うの?」
「⋯⋯全然ベタついておりません」
「何も塗っていないんじゃないの」
そう疑うのは普通の反応だ。
「私も、こちらにいるマリーとアシュも、
毎日このオイルを手、顔、髪に使用しております」
「髪も触っていいですか?」
私は、笑顔で答える。
「どうぞ、いくらでも触って下さい」
後ろを向いて、令嬢が髪を丹念に触っているのを感触で感じる。
「お母様、すごいですわ。指がすんなりと通ってベタついておりません」
「私にも触らせなさい」
令嬢の反応に触発され、夫人も私の髪に指を通した。
「すごいわ、オリーブオイルではこんなサラサラにならないわ」
「私たちのオイルは、ベタつきにくく、サラリと伸びます」
席に戻って、オリーブオイルと太陽のオイルの違いを丹念に説明をし、
太陽のオイルが、日常使いに向いていることを伝えた。
「それで、おいくらかしら?」
「一瓶3万イェンです」
「いい値段を言うわね」
皮肉のように夫人が価格に触れるけど、
「このオイルはうちだけのものです。
オリーブオイルやアーモンドオイルのように、他からは手に入りません」
「それって、本当に大丈夫なものかしら?」
まぁ、これも当然の疑問だ。
だから、私はこう行動をする。
「失礼します」
木箱から一瓶を手に取り、手と顔に軽く塗ってみせた。
ベタつきも無く、簡単に伸びてくれる。
「触ってみて下さい」
オイルを塗った手の甲を2人の方に差し出す。
「本当に、ベタついてないわね」
使用感は納得してくれたようだ。
それなら、最後に必要なことは、
「不快な振る舞いを先にお詫びいたします」
瓶の中に、まだオイルが残っていることを確認してもらい、
私は、その瓶を口に運んで上を向いた。
「な、何をやっているの?」
「リズ様!?」
夫人だけではなく、マリーとアシュも驚かせてしまった。
ゴクリと、わざとらしく喉を鳴らして飲み込んだ。
そして、掌の上で瓶を逆さまにして、
中身が完全に無くなったことを示した。
「私は、私の商品に自信があります。
元は調理にも使えるオイルですので、飲んでも問題はありません」
「そこまでするのに、原材料は明かせないと?」
「申し訳ありません、模造品、粗悪品の問題がありますので、
今はまだ明かすことが出来ません」
夫人な眉間にシワを寄せながら何かを考えている。
普通に試供品を受け取って、軽く使ってくれればいいのにと、
内心では思っている。
「⋯⋯あの――」
フレイナお嬢様が、静かに質問をしてきた。
「これを使えば、ニキビは良くなるのでしょうか」
「お嬢様の場合は単純にオイルと合わないだけです。
不安だと思いますが、オイルと白粉を1週間控えるだけで改善すると思います」
普通の商人なら、オイルを変えることで治りますとか言っちゃうんだろうな。
「ただ、良くなってもまたオリーブオイルを使い出すと元に戻ってしまうので、
その時は、こちらのオイルを使っていただけると良いかと」
それを聞いたフレイナお嬢様が夫人の方を向く。
「わかったわ、試供品はありがたくいただきます。
そして、もしあなたの言うようにフレイナのニキビが改善したなら――」
無意識に私は、隣に座るマリーの手を握っていた。
「半年間の専属契約を約束してあげるわ」
「「ありがとうございます」」
頭を下げて、お礼を言いながらマリーの手を強く握り、
マリーも握り返してきてくれた。
「フレイナのニキビもだけど、髪がベタつかないで、
あなたたちの髪のように綺麗になれるなら、十分買いよ」
夫人は、マリーとアシュの方を見て、
軽く微笑んでいた。
公爵邸を出て、領地へ戻る荷馬車で、
「うまくいってよかったです」
荷台で完全に力が抜けているマリー。
「令嬢がニキビに悩んでいてくれたお陰ね。
それがなければ、4割くらいだったかも」
「それって低くないですか?」
「シードルだって、そのくらいじゃない?」
そう言われればと、手を叩いて納得したようだ。
「でも、シードルのように1日に何件も回れないのは痛いわね」
「そうですね」
それでも、フレイナ令嬢のニキビが良くなって、
お茶会で話題にしてくれれば、アポを断った他の貴族の方から声を掛けてくるだろう。
お願いだから、いい広告塔になってね。
最後までお読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけたら★評価とフォロー・感想お願いします。




