初搾り
木が軋む音が、小屋の中に響き渡る。
頬が触れ合う距離で、顔を近づけあって
搾油機の下部に付いているノズルをみんなで凝視し続ける。
「⋯⋯まだか?」
ジーノが焦れったい様子で呟いた。
ギギッと音が大きくなったと思うと、
ピタッと音が止まった。
「壊れたか!?」
ギルが不安そうに、搾油機の上部の木製のネジの部分を見上げる。
「最後の方のネジ山を細かくしているから、
こっからはゆっくりなんじゃ」
キュッキュッと、高い音に変わると、
ノズルから一滴、樽へと滴り落ちた。
それを見て、ゴクリとつばを飲む。
徐々に、2滴、3滴と滴り。
いつしか、止まること無く、
濃厚な琥珀色の液体が流れ始めた。
「⋯⋯で、出たわ!」
止めどなく出てくる液体を見て、
「やったわ!⋯⋯イッタ!!!」
「オッブゥ⋯⋯」
嬉しさのあまり立ち上がると、
頭に強烈な衝撃を受け、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
背後で、バンズのうめき声が聞こえる。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
アシュが、慌てて駆け寄ってくる。
みんなも私の心配をする。
「おい、俺の心配はないのかよ!」
被害者であるバンズに、誰も駆け寄っていなかった。
「⋯⋯ごめんなさいね」
頭を擦りながら、バンズに謝った。
「それよりも、ひまわり油じゃ」
ジーノの一言に、再度ノズルに視線を向けると、
油はまだ出続けていた。
「⋯⋯すごいわ」
思わず心の声が出てしまった。
「あのお化け花から、油が取れるなんて⋯⋯」
ギルが、感慨深げに言った。
「これでやっと⋯⋯領地を救える」
ずっと流れ続けるひまわり油を見て、
胸が一杯になった。
シードルに続く商品に悩んでいた中で、
子供達が教えてくれたお陰ね。
ジーノとギルが、搾油機に問題ないかを確認し、
領民に作業を引き継いで、
ギルの作業場に移動することにした。
作業台を囲むように、みんな座ったのを確認して、
「油を搾るところまで来たわ」
作業台を軽く叩いて、成功を称えた。
「それで、油の用途はなんじゃ?」
ジーノが聞いてきた。
「基本的には、炒め物などの調理用なんだけど⋯⋯」
間を少し置いて、人差し指を立てて、
「石鹸や肌に塗るといった美容にも使えるのよ」
「じゃ、貴族様向けってことか?」
バンズが、鋭い質問をする。
「両方よ!」
「「両方?」」
みんな口を揃えて聞き返した。
「一般層には、簡単な処理をしたものを販売し、
貴族向けには、香料を混ぜて付加価値を加えて売るわ」
「そんなんで、売れるのか?」
チッチッチッと、人差し指を左右に振って、
「売れるか?じゃなくて、売るのよ!」
「って言ってもよ⋯⋯」
バンズが言いたいことはわかる。
事前に、布石は打ってある。
「私が、なぜ模造されやすいオセロを売ったかわかる?」
「少しでも売上を増やすためじゃないのか?」
「それもあるけど、今のオセロの買い手の8割が貴族なのよ」
これを聞いて、何人かは理解したようだ。
「オセロのお陰で、『ヴェルデン』という名は少なからず広まっているわ」
「そういうことか」
「そう、バーカスからオセロを買った貴族の名簿は買ってあるから、
その貴族に、試供品として渡すだけでいい」
ゴクリとみんなが息を呑んだ。
ダメ押しと言わんばかりに、私は続ける。
「後は使った貴族が、お茶会や夜会で宣伝してくれるってわけよ」
「そこまで、先を見ていたのかよ!」
バンズが作業台を叩いて、感心しているようだった。
貴族は、オリーブ製のオイルと石けんを使っているが、
これは、馴染みにくくてベタつきやすい。
その点ひまわり油であれば、馴染みやすくてベタつかない上に、
香りを付加しやすいから、日常的に使える。
「一般層向けはどうするんだ?」
「そっちは、ラードを多く混ぜた石けんを売るわ」
「ラードの量で差別化するんじゃな」
「そうよ」
とはいっても、石けんの製作はオイルが売れてからだ。
まずは、ひまわり油とひまわりオイルを普及させないと、
話が進まない。
「まずは、ジーノとギルは水車と設備が壊れないように注意して」
「へい」「はい」
「ガリルは、種がネズミや鳥に取られないように」
「わかったぜ」
「バンズは⋯⋯、特にないわね」
「だよな」
これにはみんなして笑いあった。
笑いが収まったタイミングで手を叩いて、
「よく聞いて!ひまわり油が上手くいくかコケるかで、
ヴェルデンが大きく発展するかが変わるわ」
さっきまでの笑って緩んでいた顔が、一気に引き締まった。
「シードルもよく稼いでくれているけど、
領地を生まれ変わらせるには足りないの」
瞼を閉じて、ゆっくりと息を吸う。
領主邸の修繕もしたい。
領民のツギハギだらけの家だって直してあげたい。
生きるためだけの食事から、楽しい食事へと変えたい。
はじめて領地に来たときに見た、
『今日も硬いパン』と言った痩せた子供も、
それを申し訳なく頭を下げる母親も忘れられなかった。
瞼を開け、
「ひまわり油が成功すれば、今年の冬は間違いなく暖かく過ごせるわ」
「おう」「楽しみだぜ」「はい」
「それじゃ、持ち場に戻って」
号令と共に、各々が持ち場へと戻っていった。
後は、私とマリーの腕の見せ所ね。
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