回りだす7年ぶりの水車
ジーノとギルがアザをこしらえてから半月。
眼前には、2階くらいはある2機の水車が鎮座している。
やっとここまでたどり着けた。
あの2週間を振り返ると、今でも胃がキリキリする。
自分ながら褒めてあげたい、
外注に逃げずに、よく踏ん張ったって。
水車の始動には、多くの領民が見に集まっていた。
「こう見られると緊張しますね」
「なにを言っているんじゃ」
ジーノがギルのお腹を肘で小突いた。
「そうよ!これがこの領地の2つ目の事業を支える、
重要な設備なんだから、胸を張りなさい」
「はい!」
水車の前には、ジーノたちの他に、
お父様とお母様にシルク。
そして、水車に関わった他の職人も集まってくれていた。
「それじゃ、リズ様の合図で堰を開放するぜ!」
川の上流からガリルが叫んできた。
「じゃ、3.2.1ってみんなで数を数えて、
最後に、開放!って叫ぶわよ!」
集まった領民に、一緒に合図をするように呼びかける。
「準備はいい?」
「「は~い!!」」
「それじゃ――」
「「3」」
「「2」」
「「1」」
『開放!!!』
ガリルが、大きいハンマーで堰止めしていた板を壊すと、
勢いよく川が水車の元に流れ込んできた。
そして、川の水かさが水車の輪板まで届く。
「頼む、回ってくれ」
緊張するなと言ったジーノが、両手を合わせて願っていた。
ギルも真剣な眼差しで、水車を見続けている。
ギギッと音が微かに聞こえだす。
音と共に、微かに動いたが、
回り切るまでに至らない。
「⋯⋯ダメなのか」
ギルが、失敗を覚悟して膝をついてしまった。
領民たちの中にも、重たい空気が流れはじめたとき、
「本流が行くぞ!!!」
ガリルの声の後に、板を割った音が響き渡る。
音に一呼吸遅れて、さらに勢いがある水が流れてきた。
水かさは更に上がり、木が軋む音が次第に大きくなる。
そして、やっとゆっくりと確実に、
木の軋む音を鳴らしながら水車は回りはじめた。
「やったぞ!若造!」
しゃがみこんでいるギルにジーノが飛びついた。
「や、やりました!ジーノさん」
職人2人が、動き出した水車を見て抱き合う。
それを見たみんなも、拍手と大きな声援を掛けて、
2人の努力を労った。
「2人ともお疲れ様」
「いえ、僕たちだけでの仕事じゃありません」
「そうじゃな」
ジーノとギルは、他の職人たちの方を向いた。
私も彼らの方を向いて、
「みんなお疲れ様!そして、ありがとう!」
私がお礼をすると、みんな照れた様子で、
鼻や顔をかき出した。
水車の始動を見届け、領民たちは戻っていき、
ここには、私とお父様と職人たちだけが残った。
「本当はね、記念して領民みんなでってしたかったんだけど、
まだ、そこまでの余裕がないから――」
そう言って、ひまわり油の保管場所として建てた小屋に案内した。
「エールとシードルを1樽ずつに、肉とヴェルデンイモを用意したから、
好きなだけ飲み食いしなさい!」
中には、職人たちの頑張りを労って、
軽い宴会の場を用意しておいた。
「本当に、いいですか?」
「まじか!?酒を飲んでいいのか?」
「今日だけは特別よ!」
歓声なのか悲鳴なのかわからない声を上げて、
職人たちはエールの樽に群がった。
2時間もしないうちに、2樽がものの見事に空になった。
「本当に、大人はお酒が好きね」
あまりのみんなの飲みっぷりに、
用意したかいがあったと思えた。
「酒なんて、10年以上飲んでませんからね」
「こんなに騒いだの自体、10年以上ぶりでっせ」
そっか⋯それだけ、みんなに我慢を強いていたのね。
脱穀機と搾油機は、どのくらいで出来上がるのか聞きたく、
ジーノを探したが、見つからなかった。
「ギル、ジーノは?」
「おやっさんなら、領主様と外に出ていきましたよ」
「じゃ、邪魔したらダメね」
戻ってくるのを待つことにした。
「そう言えば、ジーノが言ってた円に固執するなって、
どういう意味だったの?」
「そう!それですよ!本当に驚きました」
酔いもあってか、ギルは饒舌に話してくれた。
「僕は軸を全部円しないといけないと思っていました」
「それが普通じゃないの」
「それがですね、軸の両端だけ円にすれば良かったのです」
どういうこと?と思い、窓から見える水車に目を向ける。
確かに、軸の部分が四角になっている。
「しかもですね、両端の円の部分も軸を削るのではなくて、
別の円にした部品をはめ込む仕様になっています」
「なるほど!摩耗しやすい回転部が、交換出来るのね」
「そうです!普通の水車なら軸全部を変えないといけないので、
本当に素晴らし構造になっています」
言われてみれば、わかることだし、
理に適っている。
「この構造だけで、お金を取れるのに、
なんでずっと隠していたのよ」
「それがですね⋯⋯この構造は3年前に思いついたと言っていました」
「3年前!?」
口ではあんなことを言っていたけど、
ずっと待っていたのね。
ジーノの水車への執念に、胸が熱くなった。
「なんの話をしてたんじゃ?」
気がつけば、お父様とジーノが戻ってきていた。
気のせいかも知れないけど、
2人の間にあった重い空気感が無くなった気がする。
「なんでもないわ」
「なんじゃそりゃ」
「それよりも、脱穀機と言った部分はどのくらいで出来そうなの?」
「あぁ脱穀機と搾油機じゃろ、あんなもん2週間あれば出来るわ」
2週間なら余裕でひまわりの収穫に間に合う。
「そっちも出来上がったら、また宴会開いてくれるんだろ?」
味をしめた顔で私に聞いてくる。
これを聞いた他の職人も、期待をして耳を大きくした。
「残念!次はありませんよ!」
「「えぇ~」」
職人たちから落胆の声が出る。
「その代わり、ひまわり油がうまくいったら、
冬を前に、領民みんなでお祭りをしましょう!」
お父様の眉が一瞬動いた。
「最後の収穫を終えたら、収穫祭をみんなでしょう」
もう一度いうと、お父様の眉間にシワが寄っていた。
本当は冬を前に、みんなの家を直したり、
やらないといけないことはたくさんある。
それでもこの領地には、みんなで笑い合う時間が必要だと思った。
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