きっかけなんてなんでもよかった
昼過ぎにオセロ広場に行くと、昨日以上の人が集まっていた。
「やったー3連勝だ!」
「次よ!すぐに次やろう!」
子供も大人も、ましてや性別関係なく、
オセロに夢中になっているのを見ると、
娯楽って必要だなとしみじみ思った。
「何やっているんだ?」
領外から来た人に尋ねられた。
「ヴェルデン生まれの新しい娯楽よ」
「新しい娯楽ね⋯⋯」
ルールを説明して、子供と対戦させてみると、
「挟むだけなのに、こんなに難しいんだ」
と、首を傾げながら順番待ちの列に並び直していた。
そんな光景を微笑ましく眺めていると、
後ろから、聞き慣れた声に呼ばれた。
「リズ様、バーカスでございます」
振り向くと、唯一うちに出入りしている商人が立っていた。
「バーカスさん、お久しぶりね」
「樽を納めに参りましたら、こちらのほうが賑わっておりましたので、
少しばかり寄らせていただきました」
完璧なタイミングでバーカスが来てくれた。
「ねぇ、新しい娯楽に興味はありませんか?」
最高の笑顔で、バーカスに問いかける。
「ほうほう、なるほど、これは面白いですね」
1回遊んだ後に、遊んでいる人たちを見て、
「それで、リズ様はこれをおいくらで売っていただけると?」
「話が早くて嬉しいわ」
はじめは領外の人に1個ずつ売る予定だったけど、
バーカスならまとめて買ってくれるはずだ。
「1個2000イェンで、30個すぐに渡せるわ」
「結構強気な価格ですね」
「そりゃ、流行を作る商品ですから」
この世界の娯楽はたかが知れている。
子供は野山を走り回るか、石を的に当てて遊ぶ。
大人は酒を飲んで酔うのが、平民の娯楽だ。
貴族だとしても、お茶会や夜会などをするか、
年に数回の狩りしか娯楽はない。
「酒場で1回10イェンで遊べるように置いたりとか、
貴族に、知能遊戯だと言って売り込めば結構売れると思うわよ」
「なるほど⋯⋯」
腕を組みながら静かに考え込むバーカス。
頭の中で、計算しているのだろう。
何度かの唸りの後に、
「わかりました、30個買わせていただきます」
「お買い上げ、ありがとうございます」
ジーノの作業場で、オセロの引き渡しを行った。
「リズ様、こういうとおかしいかも知れませんが⋯⋯」
「簡単に模倣されるって話でしょ」
「気づいておられましたか」
驚嘆して、眉を一瞬持ち上げるバーカス。
「一応家門の焼印を入れてはいるけど、
模造は気にしないわ」
「豪胆でございますね」
「まぁ、売るときには『ヴェルデンのオセロ』とは、
伝えて貰えると助かるわ」
「かしこまりました」
バーカスとの取引が終わり、荷馬車に乗って去っていった。
「ということで、ジーノさん30個追加依頼ね」
「はいはい、2日後に取りに来な」
ジーノの作業の早さと精巧さには本当に驚いている。
「これを水車に向けてほしいのに⋯⋯」
「なんか言ったか?」
思わず、心の声が口に出てしまった。
「材料を取りにいくときに、ギルさんの様子を見ていると思うけど、
うまくいくと思いますか?」
「なんでワシに聞く?」
「ジーノさんなら、ギルさんが躓いている原因とか、
わかるんじゃないかと思って」
「⋯⋯」
黙り込んでしまった。
これ以上聞くとヘソを曲げそうなので、
作業場を出ようとした。
「若造に伝えろ。円に固執しすぎだってな」
「え!?」
振り向いたときには、ジーノは奥に戻っていた。
「円に固執しすぎ?」
私には、わからなくても、
ギルに伝えれば通じることなのかしら?
とりあえず、ギルの作業場へと向かった。
昨日と変わらずに、ギルは軸の削り出しに没頭している。
「どうですか?」
「お嬢様⋯⋯」
作業の手を止めて、こちらを向いた顔には、
疲労が色濃く出ていた。
「ギルさん!休んでいますか?」
「えぇ、休んでいます」
声に覇気を感じられなくなっている。
作業場の隅にあった失敗作は、1日で倍近くになっている。
「今日は、作業をするのを禁止します」
苦渋の決断ではあるが、ギルを使い潰す気はない。
「ですが、2機分の軸を作らないといけません」
「わかってはいるけど、あなたに倒れられる方が困るのよ」
これを聞いて、見るからに落ち込むギル。
「申し訳ないです、足を引っ張ってしまい」
「焦ってやっても、いいものは作れないわ」
「はい⋯⋯」
今伝えていいのか悩んだけど、
このままじゃ、自分を責めそうなので伝えることにした。
「ジーノさんがね⋯⋯」
「え!?ジーノさんがなにか言っていましたか?」
ジーノの名前を出した途端、沈んでいた顔が、
一瞬明るくなっていた。
「円に固執しすぎだと言っていました」
「円に固執⋯⋯」
目を閉じて考えている。
「伝えたからね。今日はしっかり休みなさいね」
「わかりました」
返事はしてくれたけど、
ぶつくさ言いながら、図面とにらめっこするギル。
ジーノの助言から1週間が経った。
何度かギルの作業場に顔を出したが、
軸が完成する様子は無かった。
逆に、ジーノの助言がギルを堂々巡りさせてしまった感まである。
「200万かぁ⋯⋯」
外注の見積もりを見ながら、
そろそろ決断しないといけないと、私も焦っていた。
200万イェンは別に出せない額ではない。
ただここまで引っ張ってしまったことで、
お金以上に失うものが出来てしまった。
「はじめから外注に出せば、ここまで悩まなかったわね」
ため息しか出ない。
廊下を走る音が聞こえ、その音が次第に近づいてきて、
私の部屋で止まったと思うと、扉が勢いよく開いた。
ナツが、慌てた様子で駆け込んで来て、
「お嬢様!ジーノ様とギル様が――」
ナツの慌てようを見ると、
1ヶ月前の、ハシュの騒動が頭に浮かんだ。
「取っ組み合いでもはじめたのかしら」
「一緒に作業されておりました」
「え?」
ナツの言ったことが理解できず、
聞き間違えかとさえ思った。
急いで、ギルの作業場に向かうと、
確かに、ジーノとギルが図面を見ながら話し合っている。
「どういうことかしら?」
どういった経緯で、こうなったのかを聞こうと声をかけると、
「どうしたのその顔!!」
こちらを向いた2人の顔には、アザが出来ていた。
2人を座らせて話を聞く、
「昨日、ギルがジーノのところに教えを乞いに行ったと」
「はい、いくら頼んでも聞く耳を持たない態度にイラッとしてしまい、
『お嬢様が領地のために、水車が欲しいと言っているのに、
いつまでガキのようにヘソを曲げているんだ』と言ってしまいました」
ギルの気持ちは十分わかる。
多分、私が20とか30歳なら相当前にキレていたから。
「それで、ジーノはどうしたの?」
「お嬢ちゃん、なんで呼び捨てなんだ?」
「いい年した大人が、アザをこしらえているんだから、
敬称なんていらないでしょ」
「⋯⋯、ワシだって、ヘソを曲げているわけじゃねぇ、
ただ、ワシの想いを踏みにじられたままなのが許せねぇんだ」
「それで?」
2人は顔を見合わせてモジモジしながら、
「はじめは口喧嘩だったんですが、
気がついたらお互い手が出て、こんな有様に」
ギルが目の周りのアザを指さした。
「喧嘩した経緯はわかったけど、
ジーノが手伝い出した理由がわからないわ」
ジーノを見て問いかけるが、
そっぽを向いて応えようとしない。
「ジーノさん⋯⋯」
ギルが嗜めるように声を掛ける。
ジーノがそっぽを向いたまま腕を組んでこたえる。
「ふん!お嬢ちゃんが悪いんだぜ」
「私?」
急にこっちに矛先が向いた気がして驚いた。
「はじめから、水車を作ってくれって言わずに、
領地のためにって言わねぇから」
「え?」
どういうこと?全く理解できないんだけど!
戸惑う私を見て、ギルが付け加えてくれた。
「要はですね、お嬢様は領地を良くするために、
水車が必要だということを言わなかったからヘソを曲げたと」
「誰がヘソを曲げたって!」
「ジーノ!静かに」
「へい」
「本当にそれだけなの?」
そんなことで、私はこの2週間近く悩んでいたの?
「多分ですが、理由は何でも良かったんだと思います」
ギルがジーノの気持ちを代弁する。
「はじめは本当に、誇りを踏みにじられたことだとは思います。
でも、お嬢様や他の人の頑張っているのを見て、
動き出すきっかけを待っていただけかと」
きっかけを待っていたって⋯⋯
私は立ち上がって、ジーノの前に立った。
「ジーノ!」
「なんじゃ?」
「私はこの領地を豊かにするわ。そのためにはみんなの力が必要なの」
「⋯⋯」
すっとジーノに手を出す。
「あなたの力も貸してくれないかしら」
そっぽを向いていた顔が、手に向けられたが、
じっと見つめたまま手を取ろうとはしなかった。
この流れで、ヘソを曲げ直すの?
なんてことを考えていると、
ジーノが足を叩いてから、
「ふん!それを早く言え!」
不貞腐れたことをいいながら手を取ってくれた。
「じゃ、これはもう要らなくなったわ」
ポケットから取り出した、200万イェンの見積もり。
「外に出すつもりだったのですか?」
はじめて知ったギルは動揺しているが、
「本当の最終手段として、用意はしていたわ」
「作るだけで200万とは、ボッタクリもいいところじゃ」
「2人のお陰で、払わなくて良くなったわ」
2人の目の前で見積もりをビリビリに破って捨てた。
「これで、後戻り出来なくなったからね」
「ふん、外の奴らよりいいもの作ってやるわい」
「絶対に作ってみせます!」
結局最後は、作業の邪魔だと、
ジーノに追い出されてしまった。
「ねぇ、アシュ」
「なんでしょうか?」
「私の伝え方が悪かったのかしら?」
「人って難しいですね」
「ほんとよね」
アハハハとアシュと笑いあって、屋敷に続く道を歩いた。
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