崩れ始めた日常
酒場が開店すると、ポツリポツリと客が来店し、
10分ほどで、満席になっていた。
客の注文を取る従業員。
慣れた手つきで調理する女将。
「はい、焼き鳥肉と豚肉の炒め出来たよ!」
「エール3杯、8番卓」
出来上がった料理を見るだけで、
涎が溢れそうになるくらい美味しそうだ。
いや、店の繁盛具合を見るに間違いなく美味しい。
「アシュ!これからが私たちの出番よ」
「はい!」
グラスがたくさん載っているトレーを持って、
客のもとに向かった。
「新しいお酒の試飲をしています。1杯いかがですか?」
「おっ!タダならくれ」
グラスを渡すと、男の客たちはすぐに飲み干し、
感想は今までと似たりよったりだ。
「うーん、これで250イェンならエール飲むな」
「もっとガツンと来るやつくれ!」
逆に予想通りに女性客の反応はまずまずであった。
「あら!甘くて美味しいわ」
「酔い過ぎたくないから、これはいいわ」
中には、男女で反応が逆の人たちも居たりしたが、
概ね予想通りの反応だ。
「ふぅ、とりあえず今の客は回りきったわ」
遅れて戻ってきたアシュが困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「変な方たちが多くおりました」
アシュの服装を見てそりゃそっかと納得した。
しょうがなく、私が回ってアシュに試飲の準備を任せた。
「お嬢ちゃん」
「はい?」
さっき酔いたくないと言っていた女性が声を掛けてきた。
「さっきのやつ、1杯貰えるかしら?」
「すぐにお持ちします」
ヴェルデンイモのときもそうだったけど、
はじめて売れるときは嬉しくて胸がいっぱいになる。
「これが最後の1杯です」
そう告げて、女性客にグラスを手渡した。
「え!?もうないの?」
「ごめんなさい、今日はこれで完売です」
女性は悲しそうに席に戻っていった。
持ってきた100杯分の樽が3時間で空になるとは⋯⋯
「ねっ!言ったとおりだろ」
女将が完売したことを喜んでくれた。
「売れる見込みは感じていましたが、ここまでとは」
「女が酔うっていうのは問題が起きるんだよ」
事前調査でも結構出ていた声だ。
この世界で女が酔うというリスク。
「それでも、疲れた1日を締めくくるのに、うまい飯と酒を飲みたいのは、
男も女も一緒ってこと」
「そんなお酒になれたら嬉しいです」
「それで、仕入れの話をしようか」
そう切り出した女将の顔は商売人になっていた。
「100杯分の樽で、22000イェン!」
「高いよ嬢ちゃん、19000イェンだ」
「じゃ⋯⋯20000イェンね、これ以下は難しいわ」
「それで手を打とうじゃないか」
女将と握手をして、取引成立だ。
「明日からでいいかしら」
「そうだね、昼過ぎくらい届けてくれると嬉しいわ」
まずは1店舗での販売にこぎつけた。
ここで売れれば、樽を増やして販売先を増やしていける。
「女将さん!お先に失礼します」
「気をつけてかいんなよ」
アシュとお礼をして、店を後にする。
「3時間で25000イェンよ、アシュ」
「大金です」
アシュが操る荷馬車に揺られ、売上を喜んだ。
「これからは、1樽20000で売れるから⋯⋯」
頭の中で電卓を弾いて計算する。
「1樽、15000イェンの利益が出続けるわよ」
アシュに抱きついて、余韻に浸った。
1ヶ月が経ち、ヴェルデンイモもシードルも好調だった。
いや、好調過ぎた。
「上方修正すべきかしら」
1ヶ月の収支表を見て私は微笑んだ。
女将の酒場からの口コミが広がり、
11店舗と取引するくらいまで成長した。
中には、元の世界で言うキャバクラとまで取引している。
これによって、1ヶ月でヴェルデン領の税収2ヶ月弱を稼ぎ出した。
「お嬢様、朝食の準備が出来ました」
「今行くわ」
ナツに知らされて、食堂へ向かった。
「お父様、お母様、シルクおはようございます」
「リズ、おはよう」
私の後ろをついてきたナツ。
そして、シルクの席の後ろに立つハル。
アシュの負担がはんぱないことはわかっていた。
でも、新しくメイドを雇う余裕がなかった。
それが今では、2人雇えるまでになった。
アシュが、やっていた屋敷の仕事をナツに引き継いで、
ハルにはシルクの面倒を任せている。
2人とも領民からの雇用のため、
今は、セバスの猛特訓を受けている最中だ。
席について、お父様たちに並べられた料理を見る。
酵母を使ったパンに、スープ・ヴェルデンイモと肉。
やっとここまでこれた。
数日前から、2人にも私と同じ食事を出せるようになった。
そして、夕食にはシードルを楽しんでいる。
ヴェルデンイモを食べて。
「美味しいですね」
「ほんと、美味しいわ」
「うむ」
お母様が優しく微笑み返してくれた。
2人の顔を見ると、血色が良くなっている気がした。
パンと時折のりんごだけの食生活なんて、
本当は無理だったのよ。
隣で無心で食べるシルクに、
「美味しい?」
「はい、お姉様のパン美味しいです」
シルクには、酵母パンがなぜか、
私のパンとして認識されてしまっている。
最低限のラインまで来れたことを実感して、
食事を食べ続けた。
朝食を取り終えて、昼過ぎに日課の散歩に出た。
まぁ、散歩と言ってもパン屋行って、
次に、倉庫にシードルの状況を確認しに行くだけなんだけど。
「ハルとナツ、結構セバスにしごかれてるみたいね」
「セバス様は厳しい方ですから、私のときも怖かったです」
「アシュでも?」
「セバス様の頭に、角が見えました」
くだらない話をしながらパン屋へ足を向ける。
「リズ様!!!」
パン屋への道中で、私を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り向くと、外販に出ているはずのマリーが、
息を切らしながら走ってきた。
「マリーどうしたの?」
「大変です。シードルが⋯⋯」
息が上がってうまく話せないマリーを落ち着かせて、
続きを聞いた。
「シードルがどうしたの?」
「いつも通り、出店の前にシードルを届けに行ったら、
安い取引相手を見つけたから、もういらないと言われました」
「だれに?」
「アイゼン食堂とフルッシュ酒場とあと3店舗です」
目の前が一瞬暗くなった。
やっと軌道に乗って、これからというときだって言うのに。
私が黙っているせいでマリーが責任を感じてしまい、
「リズ様、ごめんなさい」
「何言ってるの、マリーは全く悪くないわ」
私の立ち振る舞いを反省した。
「すぐ知らせてくれてありがとう」
「勝手ですが、一大事だと思いまして」
「良い判断よ、今日はヴェルデンイモの販売は休んでいいわ」
模造品が出てくることは、ある程度予想はしていたけど、
こんなに簡単に契約を反故にされるとは思っていなかった。
この世界の価値観の違いをまだ理解しきれてなかった。
「とりあえず、詳しく話を聞きたいからパン屋へ行きましょう」
「はい」
背中に嫌な汗が出る。
やっとここまで積み上げてきたものが崩れかねない事態だ。
パン屋へと向かう足が、いつもより早くなった。
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