表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/63

GC.118.8.11 探索

青白い照明が無機質な空間を満たし、機器の低い振動音だけが空気を震わせていた。

壁面に並ぶモニターには、流れるような波形が幾重にも重なり、淡く消えていく。


「博士、外部センサー群から報告です」

研究員の声が静寂を破った。「帯域E、微弱なエネルギー反応。振幅は基準値の……0.004。ノイズレベルぎりぎりです」


「観測座標は?」


「第47区画の小天体群。質量は一・八×十の三乗トン、回転周期およそ十一時間。特に活動性はありません」


カイは無言のまま、端末に手を伸ばした。青の光が彼の横顔を照らす。

波形の一部を拡大すると、ノイズの海の中に滑らかな脈動があった。

ランダムな自然放射の揺らぎには見えない。規則性――あるいは呼吸のような周期。


「自然放射ではないな。……周期がある」


研究員が覗き込み、眉をひそめた。「確かに。ノイズの揺らぎが均一すぎる。人工的な信号にも似ていますが、強度が弱すぎます」


「帯電か、金属鉱の影響かもしれん。重力分布と磁場偏差も同時に出してみろ」


指示に従い、複数のグラフが展開された。

どの数値も、教科書通りの安定を示している。異常というには弱すぎ、しかし完全な無にもならない。


「誤差の範囲内ですね」と研究員。


「“誤差の範囲”か……便利な言葉だな」

カイは小さく笑った。「だが、その便利さが観測を鈍らせる」


研究員は息をのんだ。

カイの眼差しは、まるで未知の何かを見透かすように冷静で、そしてわずかに楽しげでもあった。


「調査の申請を出しますか?」


「いつも通りだ。念のため、だ。アストラルの任務は“可能性を潰す”ことにある。何かを見つけるより、“何もない”と証明する方が難しい」


「了解しました。採取班に連絡を」


そのとき、通信端末が点滅した。

艦長タリアンの低い声が響く。


「カイ、また航路申請か? お前の名前を見ると、ユナがため息ついてるぞ」


「小天体群の縁に微弱な反応だ。異常と呼ぶほどではないが、念のため確認しておきたい」


「“念のため”ね……」

タリアンの声には苦笑が混じる。「前回の“念のため”で丸一日足止めしたのを忘れたとは言わせんぞ」


「科学とはそういうもんだ。退屈で平凡な作業の積み重ねなんだよ」


「……分かった。航路変更を許可する。まったく、・・・科学者の目のつけどころはサッパリ分からんな」

 通信が切れる。


格納庫に、低く唸るような音が響いていた。

真白な整備灯の下、多目的調査艇ルナトレースが、冷たく輝く機体を静かに震わせている。

アストラルに搭載されている全長三十メートルにも満たない小型艇である。船外活動の全てを担う、ある意味アストラルで最も重要な装備の一つである。

小型核融合炉搭載の最新型であり、各種アームや観測センサー、凝集光砲も備えている。また、惑星内航行も想定しており、大気圏突入、離脱も可能な万能艇である。

「博士、準備完了です」


「了解。出発前最終確認――放射計測、異常なし」


「異常ありません。観測対象小天体“β-7A”。重力・磁場ともに安定、接触航路に障害なし」

 

「よし。ルナトレース、出発準備完了だな」


艦内のドアが開き、重い足音が響く。

イグナスが入ってきた。

クールで無口な男だが、何故か楽しそうに見える。


「副艦長なのにわざわざすまない。イグナス」

カイが声をかける。

「俺達研究班は誰も小型艇なんて操縦できない。操縦よろしくお願いします」


「問題ない。俺は小型艇の操縦が好きなんだ」

イグナスは操縦席に腰を下ろしながら、珍しく口元を緩めた。

「軍にいた頃は特殊部隊所属だったが……本当は戦闘艇乗りになりたかったんだよ」


カイは少し目を見開いた。

普段、彼が自分の過去を語ることなど滅多にない。

「そうだったのか。意外だな」


「操縦席が一番落ち着く。……静かだからな」


その言葉に、研究員たちは思わず微笑んだ。

ルナトレースの操縦席に灯が点り、制御盤が淡く光を放つ。

イグナスの指先が滑らかに動くたび、機体の各部が反応する。

姿勢制御、出力調整、誘導信号、通信ライン確立。

まるで巨大な生物を蘇らせるような、正確で静かな動きだった。


「通信、アストラルとリンク完了」

研究員が報告する。

タリアンの声が、通信スピーカーに響いた。


『こちらアストラル。ルナトレース、発進を許可する。観測目標は小天体β-7A。安全な調査を祈る。』


「了解。こちらルナトレース、出発する」

イグナスが応答すると、磁気ランチャーが起動し、船体が低く唸る。


カイは振り返り、短く言った。

「行こう。何かあると良いんだがな」


「了解、博士」

イグナスの声が静かに響く。


赤灯がカウントを始めた。

三、二、一――


音が消え、ルナトレースは光のしぶきを残して宙へと解き放たれた。

アストラルの巨大な影が遠ざかる。

前方のスクリーンには、灰色の小天体β-7Aが、ゆっくりと自転しながら近づいてくる。


「到達まで約45分。安定航行に入る」


イグナスの報告に、カイは答えた。

「了解。……安全運転で頼む」


船体を包む光の筋が、スクリーンを横切って流れていく。

推進機関は安定、航路も完璧。

カイは計測装置のデータを眺めながら、研究員と短くやり取りを交わしていた。

ルナトレースの内部は、いつものように静かだ――と思っていた、その時だった。


「さすが最新鋭機だな」

操縦席のイグナスが低く呟いた。

「反応が良い。……少し遊んでいいか?」


「……ああ」

いつもの彼らしくない問いに、カイは思わず生返事をしてしまった。


「少し加速するぞ」


次の瞬間、重力がカイの体を押し潰した。

視界の端が歪む。

ルナトレースには重力制御装置が搭載されていない――純粋な慣性Gが直に来る。

「ちょ、ちょっと待てイグナス、これは——」


「素晴らしい!」

イグナスの声がわずかに弾んでいた。

彼は操縦桿を握りしめ、滑らかに船体を翻す。

慣性の波が体を左右に揺らす。

外の星が弧を描き、モニターに白い軌跡を残す。


「少し旋回するぞ」


「・・・」

カイは声が出せない。

ルナトレースは急旋回に入っていた。

慣性で計測機器のケーブルが宙を泳ぎ、研究員の誰かが悲鳴を上げる。


イグナスの唇がわずかに歪む。

それは滅多に見せない、少年のような笑みだった。

「くっ……最高だな。機体の追従性が完璧だ」


「……怖い」

カイは椅子の手すりを握りしめ、乾いた声で呟いた。


ルナトレースが旋回を終え、速度を落とす。

船内に再び静けさが戻る。

イグナスは満足げに息を吐き、操縦桿を軽く叩いた。

「いや、いい船だ」


カイは白衣の襟を直しながら、少し息を整える。

戦闘艇部隊配属にならなくて良かったな。

カイは心の中で呟いた。


イグナスは答えず、ただ前方のスクリーンを見据えていた。

星々が静かに流れる。

目的地――小天体β-7Aまで、あと30分


目的地までの航行は、今まで経験したことのないほどのエキサイティングさだった。

急加速、急旋回の連続に、何度もカイの胃の内容物が上がりかける。だが、必死にこらえる。

研究員の何人かは、眠っているようだ。幸い、皆、生きているようだ。帰りもある。ここはそっと寝かせてやろう。


艦は目的の小惑星の軌道に滑らかに乗る。

カイは呼吸を整え、計測機器を手元に集める。

少し頭がクラクラする。

「さて、調査開始だ」


艦は小惑星の周回軌道に静かに乗り、ルナトレースのハッチが開かれる。

与圧服に身を包んだカイと研究員たちは慎重に足を踏み出す。冷たく暗い空間、だが手順は日常的なものだ。反応があれば記録し、必要があればサンプルを採取する。


「よし、機器を展開するぞ」カイは研究員たちに声をかけ、放射線計、磁力計、重力センサーを設置していく。

モニターに映る数値は大きくは変動せず、特に異常値は観測されなかった。唯一、磁力センサーに微細な異常が出る。

「これは…テトラテーナイトの可能性が高いな」カイは解析装置を操作し、サンプル採取の準備を始める。


小さな石を慎重に掘り出し、保護容器に収める。黒く透けるその石は、一見すると普通の石英のようだが、磁性鉱物の成分を含んでいることを確認できた。

「なるほど、ここからの揺らぎはこの鉱石の磁力によるものだったか」カイは納得する。微弱なエネルギー反応は検出できなかった。想像を膨らませる必要はない、科学的に説明できる範囲の現象だった。


研究員たちも順に計測とサンプル採取を終え、ルナトレースへ戻る準備をする。

「よし、皆、艦内に戻るぞ。」


ハッチを閉じると、艦内は再び静寂に包まれる。カイは手元の小石を眺めながら、胸の奥にわずかな好奇心を抱いた。それは、日常的な科学調査の中にひそむ小さな謎のひとつに過ぎなかった。


アストラルへの帰路は幾分マシだった。小惑星帯を抜け、航路も安定している。


ルナトレースの反応は鋭く、正確で、思い通りに動く。しかしその正確さが、時折信じられないほどの急加速や急旋回を生む。カイの胃は何度も揺さぶられ、冷や汗を拭うたびに心臓の鼓動を感じる。


研究員の何人かは与圧服の中で眠っているようだ。失神しているとも言う。無理はない、カイもギリギリ耐えている状態なのだ。カイは軽く頷き、無言で彼らを見守った。ここは寝たままの方が幸せだろう。


イグナスは相変わらず真剣な眼差しで操縦桿を握り、微動だにせず、ルナトレースを滑らかに進めていく。だが、カイにとってはあまりにも刺激的すぎた。微細な計器の揺れひとつ、ほんのわずかな傾きひとつにさえ、心が揺さぶられる。

それは1時間弱程度のフライトだったが、無限の時間に感じられた。

 カイは操縦席の隣で計器を眺めながら、心の中で呟いた。


「……操縦をイグナスに頼むのはやめよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ