GC.118.8.6
UTC22時。
〈アストラル〉艦橋。
広大な虚空の中で、ただ機器の低い唸りだけが響いていた。
星は無数に見える。
真空の闇を貫いて届く光は、ただ一定の強度でそこにあるだけだった。
イグナスは艦長席に腰を下ろし、報告モニターを眺めていた。
航行データに問題はない。各種インジケータに異常値が感知されると、アラームが鳴る。だがほとんどが軽度な異常であり、すぐまた静寂が戻る。
――扉が開く音。
「入るわよ。イグナス。」
リサが入ってきた。手にはボトルとグラスを二つ。
「ちょっとだけ付き合って。」
「俺は勤務中だぞ。」
「通常航行中なら問題ないわ。今の時代、船は人よりずっと賢いもの。」
イグナスは肩をすくめて笑う。
「……それはそうなんだがな」
軽くグラスを合わせる音。
リサは一口飲んで、静かに言葉を継いだ。
「AIはね
昔は“人類を支配する”なんて言われてた時代もあったけど、結局そうはならなかった。
AIはある点では人を超えたけど、人を“置き換える”ことはなかったの。」
「……どういう意味だ?」
「AIは計算もデータ収集も、人より早くて正確。
多くの場合、正しい選択をするわ。
効率や合理性に則ったね。
でも想像力や勘、可能性を考慮する時、AIはとたんに役立たずになるの。非効率であれば切り捨てるのがAI。
人間は時として非効率を選んでブレイクスルーを生み出してきたのよ」
イグナスは静かに頷いた。
「つまり、AIは道を示すが、使うのはは人間――か。」
「そう。今はまだ大丈夫と言われ続けて300年くらい経つけど、未だに重要な局面をAIに任せるようなことはしていない。結局はそういうことなのよ」
リサの声が少し熱を帯びる。
「AIはもっとも正しい答え”を出すけど、
それが人にとって最善とは限らない」
イグナスが少し笑う。
「ずいぶん人間側に肩入れしてるな。」
「技術者だからよ。AIを“人の代わり”にするんじゃなくて、
“人の能力を拡張する道具”として扱う――それが私の信条。」
リサはグラスを置き、
ゆっくりと艦橋のスクリーンを見上げた。
「この艦のAIも完璧に見えるけど、
最終承認のシステムは人間の判断に委ねられてる。
合理的じゃないと思う?
でも、そうじゃないの。
合理の枠を超える決断ができるのは、結局、人だけなのよ。」
イグナスは短く言った。
「……それが、人間の存在理由か。」
リサは口角を上げて、ほんの少し笑った。
「そう。だから、AIがどれだけ発達しても、
最終的に“責任”を負うのは人間。
その重さを忘れたら、私たちはただのオペレーターになるわ。」
少しの沈黙。
そしてリサは軽く笑い、グラスを持ち上げた。
「当直中に語る話じゃないね。」
イグナスは小さく首を振った。
「そんなことない。」
静かな艦橋に、わずかに機器の光が揺らいだ。
その冷たい輝きが、二人の影を長く伸ばしていた。




