GC.118.8.4
アストラル出航から3日目
UTC22時。艦橋の照明は夜間モードに落とされ、艦内は深い蒼の陰影に包まれていた。
モニター群が低く唸り、外宇宙の粒子センサーがかすかに反応を示している。
その静寂の中、ブリッジのドアが音もなく開いた。
「お邪魔するよ。タリアン」
振り向くと、カイが片手に銀色の酒瓶をぶら下げて立っていた。
タリアンはため息をつきつつも、目尻に笑みを浮かべる。
「勤務中の俺の前で酒を飲むなんて、いい度胸だな。」
「お前も飲めばいいじゃないか」
カイはにやりと笑い、持参した小さなカップを二つ並べた。
琥珀色の液体が注がれ、わずかに漂う香りが冷たい空気を温める。
「……しかし、不思議なもんだな。」
タリアンが一口含みながら言った。
「どれだけ科学が進んでも、人間は酒をやめない。」
「そういうもんだろ。」
カイは肩をすくめる。
「昔は仕事中に飲むなんて御法度だったらしい。『職務規律違反』だとかでな。だが今は、“強制酔い覚まし薬”がある。飲み忘れたら地獄を見るけど。」
「ひどい副作用が出るんだろ?」
「頭痛と吐き気、あと脳の平衡感覚がバグる。重力下で倒れるレベルだ。だが薬の効き目は完璧。10分で素面、血中アルコール濃度ゼロ。副作用もないときたもんだ」
タリアンは苦笑し、カップを軽く傾ける。
「便利な薬だよな。まさに人類の至宝である。発明した奴は、聖人認定してやってもいいな。」
「同感だ。」
カイはカップを掲げて小さく乾杯した。
「マリエルは飲まないらしい」
「マリエル?」
「そう。彼女は便利な薬があっても一滴も飲まない。酒は毒にしかならない」だそうだ。
タリアンはふっと目を細め、艦橋の窓越しに星を見つめた。
「なるほどな……らしいな、マリエルらしい。」
「ロックのヤツはどうなんだ?アイツは酒は筋肉に悪いとか言ってそうだけどな」
カイが答える
「彼が言うには酒は筋肉の潤滑油らしい」
二人はしばらく無言で外を眺めた。
彼らの視線の向こうでは、無数の星が静かに輝いている。




