旅立ち3 GC118.8.1
機関部では、別の喧噪が広がっていた。
「見ろよリサ! こいつは俺の自信作だ!」
陽気な大声とともに現れたのは、筋骨隆々の男ロック。本名はオルベリオ・スタインだが、自ら「ロックと呼べ」と言い張る。艦内に筋トレ器具を持ち込み、または自ら鉄パイプを組み合わせて装置を自作していた。
「またそんなガラクタ作って……」
隣で腕を組むリサ・カルミナは呆れ気味に言った。二十八歳の機関担当で、技術オタク気質の才女。酔えば何時間でもメカ談義を続ける癖があるが、仕事となれば頼れるプロだ。
「このバルブ、規格が古いやつが付いてるのよ。すぐ交換しておいて。あと勝手に資材持ち出さないでよ」
「へいへい、わかってるって!」とロックは笑い飛ばす。
その様子を眺めていた医務主任マリエル・フォンタナが、白衣の袖を整えながら口を挟んだ。
「あなたたち、ちゃんと眠れてる?出航前からはしゃいでると宇宙で調子悪くするわよ。」
マリエルは二十九歳。地球出身で冷静沈着、艦内では医療、栄誉管理、艦内衛生を担う存在だ。
こうして、艦内はすでに小さな社会として息づき始めていた。
その頃、科学主任カイ・ノルドはラボにこもりきりだった。無精髭を撫で、モニターを睨みつけながらデータを打ち込む。艦内でもっとも体力が乏しく、運動には不向きな男。しかし、エネルギー研究にかける情熱は誰にも負けなかった。
「まったく……俺がこんな船に乗ることになるとはな。与圧服で走れと言われたら即死だぞ」
彼はぼやきながらも、瞳は研究への熱で輝いていた。
「おいカイ」
タリアンがふらりと顔を出した。
「少しは外に出ろ。もう帰って来れなくなるかもしれないんだぞ。最後の日光浴になるかもしれん」
カイは振り向き、不機嫌そうに眉をひそめたが、親友の顔を見ると力を抜いた。
「日光? 俺にはこのモニターの光で十分だ。それに、お前が艦長だからな。必ず帰って来ると信じてるよ。日光浴は帰ってからでいい」
その言葉は皮肉めいて聞こえるが、実際は唯一の信頼の証だった。
二人は幼い頃からの付き合いであり、酒を酌み交わすときだけは互いに胸の内をさらけ出す仲だった。
やがて、全員がブリッジに揃った。
カウントダウンが無機質な声で響く。モニターに映る火星の地平に、太陽がゆっくりと昇っていた。
タリアンは椅子に腰を下ろし、深く息を吸った。
「……行こうか」
その言葉とともに《アストラル》が振動を始める。融合炉の唸りが船体を駆け抜け、次の瞬間には赤い大地が遠ざかっていった。
GC118.8.1 14:01
火星軌道上を離れ、宇宙へと旅立つ瞬間だった。




