医務室にて
GC.118.12.01
医務室
ここはやけに白い。
白い壁、白い天井、白衣の女。
俺の名前はダグ。33歳。宇宙海賊・・・だった。
俺は今ベッドに横になっている。何かの検査をしている。時折俺の体を光が走る。
包帯だらけの腕とマリエルを何となしに見つめる。彼女は無言でタブレットを見ている。
髪を束ねた横顔がやけに整っていて、
「俺、死ぬ前にこんな人に看取られるのか?」とか思ってしまう。
「動かないで」
その声に背筋がピシッと伸びた。
まるで軍の上官みたいな響き。
「……すまん」
「謝らなくていいわ。動かなければいい」
はい。動きません。
「サーチ完了。いいわよ。動いて」
何かの検査してたのか。
⸻
さて、なんで俺がここに寝てるかって話だ。
俺はごく普通の家庭で育った。
父は工場勤務、母は食品企業に勤めていた。
三人兄弟の次男で、成績は並。
とにかく普通に育ってきた。それなりに充実した学生時代を過ごし、高校出てプラント整備士になって、
毎日油まみれになって機械を磨いて、
「まぁ、こんなもんか」って人生を受け入れてたんだ。
数年後、親の勧めで見合いしたときも、特に疑いもしなかった。
彼女は愛想がよくて、よく笑う人でさ。
……でも、あの笑顔、今思えば“営業スマイル”だった。
「あなた、手先器用なんですね」
って言われて、つい調子に乗った俺が悪かったのかもしれない。
気づいたら宇宙船の中。
「新婚旅行だ!」って言われて乗ったら、
そこは海賊船だった。
それが俺の“転職初日”だ。
「はい、これからはチームでやっていこうね」
って言われて、手渡されたのは結婚指輪じゃなく、銃だった。
そりゃあ逃げるタイミングなんてなかった。
気づいたら“裏方整備員”になってて、まあそれなりに仕事を与えられて、上手くやってきた。そして今回は強化装甲を着せられた。突入部隊の弾除け役だ。
運良く死なずに済んだが、負傷して治療してもらっている。
普通の人生とは程遠い。なんでこうなったんだ?
ダグは自問自答する。
「再生医療だから傷はすぐ良くなるわよ」
マリエルがそう言って、無表情のままタブレットを閉じた。
その声は、冷たい。
だが、なぜだろう。
その冷たさが、妙に心地よかった。
俺はしばらく黙って天井を見つめる。
真っ白な光が眩しくて、目の奥がじんと熱い。
なんだこれ……涙か?
馬鹿だな。今さら何を泣いてるんだ。
「……あの」
「何?」
「い、いや……なんでもない」
口から出そうになった言葉を飲み込む。
“ありがとう”なんて、言えるわけがない。
海賊が医者に礼なんて言ったら、かえって気味が悪いだろ。
それでも――
胸の奥で、久しぶりに“人に扱われた”感覚がした。
誰かに怒鳴られるでもなく、命令されるでもなく、
ただ治療され、ただ言葉をかけられる。
こんなに優しくされたのは、いつぶりだろう。
海賊になってからはあまり味わってないな。
マリエルが淡々と作業を行っていく。
それでも俺は、横顔を見つめ続けた。
“冷たい天使”ってのは、案外こういう人のことを言うのかもしれない――
そんなことを思いながら、何か心に沁みるものがあった。
GC.118.12.04
医務室
「もう、動いていいんだな?」
「無理しなければね」
マリエルは淡々と答える。
それだけなのに、なぜか“よくやった”と褒められたような気がした。
――それで、だ。
このまま寝てるのも落ち着かねぇ。
恩もあるし、ただの厄介者ってのも癪だ。
「何か手伝うことはあるか?」
「……は?」
マリエルは端末から視線を上げる。
「ほら、その、掃除とか、薬品の補充とか……できることなら」
「あなた、海賊でしょ」
「元は整備士だ。成り行きで海賊になっちまっただけだ。」
マリエルはしばらく黙って見つめ、それから小さく息をついた。
「……まあ、雑用くらいならいいわよ」
「あ、ありがとう」
ありがとう・・・か。しばらく言ってなかったな。感謝の気持ちが大切なんて小学生への都合の良い方便だと思っていたが、何ていうか、ちょっと分かった気がする。
その日から、医務室に助手が一人増えた。
主に雑用をこなす。さすが元整備士だけあり、ダグは器用だった。




