科学者の苦悩
GC.118.11.30
カイの研究室。
海賊船の襲撃から10日が経つ。艦内は通常運転にもどっていた。
光学装置の低い駆動音と、計測モニターの点滅が空気を支配している。
カイは椅子にもたれ、無造作に髪をかき上げた。
「……同じだ。何をしても、出力はランダム。
これが生体反応なら説明はつくが……ただの鉱石が、こんな挙動をするはずがない。」
指先で黒い石を転がす。表面はなめらかで、淡く透けて見える。
周期も規則も無い微弱なエネルギー。意味のないノイズのようだ。
先程から背後で金属が軋む音がしている。
何故かロックが――天井のバーで懸垂していた。
「……なんだそれは?」
「研究の息抜きに使えると思ってな。取り付けといたぞ!」
「いつの間に!?」
カイは呆れながらも、汗を滴らせるロックを見上げた。
「まったく、暑苦しい男だ……」
ぼやきながら、再びモニターを見る。
石は相変わらず、一定間隔で微弱な反応を出している。
再びロックに視線を移す。凄い筋肉だ。
――筋肉?いや、違う。何だ!?
ロックの懸垂のペースと……ほぼ同じだ。
腕を引き上げるたび、ほぼ同じ間隔で波形が跳ねている。
「……偶然か?いや、そんな偶然はあり得ない」
カイは呼吸を止めて観察を続けた。
「なんだ?俺の筋肉に見惚れてるのか?」
ロックが得意げに笑う。
「違う!」
「ならば見よ!」
ロックは鋭い掛け声とともに、足を水平に伸ばして静止した。
その瞬間――石が明確な光を放ち、波形が跳ね上がる。
カイは息を呑む。
「すごい」
数秒間の静止の後、ロックが足を降ろした。すると揺らぎが完全に消えた。
「俺の筋肉が・・・すごい、だと?」
ロックは満足げに降り立ち、タオルで汗を拭った。
「よし、いい汗かいたぜ!」
カイが声をかけようとした時には、ロックは颯爽と研究室を出ていってしまった。
静寂が戻る。
カイはため息をついた。
「……何しに来たんだ、あいつは。」
だが、視線の先では石が――微かに、呼吸するようにまた光り始めていた。
GC.118.12.02
タリアンの居室
食堂の照明は落とされ、テーブルの上に二つのグラスが並ぶ。
琥珀色の液体が、緩やかに光を反射していた。
タリアン 「久しぶりだな。お前が研究室に籠ってから、もう何日経った? まさかとは思うが……俺に相談か? 言っとくが、俺は素人だぞ」
カイ 「そうだ。行き詰まってる。……つい素人にでも相談したくなるくらいにな。」
カイは額を押さえ、深くため息をついた。
いつも冷静な男の肩が、わずかに沈んでいる。
タリアン 「何があった?」
カイ 「俺は科学者だ。未知の現象など、いくらでもあるのは知ってる。だが……この石は、俺の“理解の外”にある気がする。
理屈では説明できない。構造も、物性も、ただの鉱石そのものだ。
なのに――時折、常識ではあり得ない反応を示す。」
タリアンはグラスを傾け、静かに聞いている。
カイ 「これは仮説の中の仮説だ。
……笑わずに聞けよ。
――この石は、“人間の意思や感情”に反応しているのかもしれない。」
タリアンが眉を動かす。
カイは視線を落としたまま、言葉を続けた。
「この前、瞬間的に観測したエネルギーは桁外れだった。
石の構造からは、そんな出力を説明できない。
つまり、外部の“何か”が関与している。
だが、それが何なのか、まったく見当がつかない。
……正直、怖いんだ。
俺はとんでもない方向に足を踏み入れてる気がする。」
タリアンはしばらく沈黙し、グラスをテーブルに置いた。
「俺は科学者じゃない。お前の苦悩の半分も理解できないだろう。
だが――常にお前、言ってるじゃないか。」
カイ 「……何をだ?」
タリアン 「“科学者は、まず常識を疑え”。
常識に縛られたら、終わりだって。」
一拍の間。
カイの瞳がゆっくりと上がる。
その顔に、わずかな光が戻っていた。
カイ 「……そうだな。
いつのまにか、俺自身が常識の檻に囚われていたのかもしれん。
どちらにせよ、今の設備じゃ限界がある。
俺が何かを見落としてる可能性もある。
ありがとう、タリアン。――少し、目が醒めた。」
タリアン 「そうか。なら、この酒も無駄じゃなかったな。」
2人は軽くグラスを合わせる。
その音が、静まり返った食堂に澄んで響いた。




