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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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襲撃15

 GC.118.11.20 19:05


汗と血と油の臭いが混ざり、息が詰まる。

イグナスは冷静に、呼吸を整えようとする。

 わずかに肩が震えた。

——痛みと疲労が限界に近い。


それでも、彼の視線は逸れなかった。

冷たい光が瞳に宿る。

 海賊の戦斧が振り下ろされる。

火花が散り、壁際のイグナスは押し込まれる。

刃と刃がぶつかり合い、金属の悲鳴が響く。

圧倒的な膂力。イグナスの腕が悲鳴を上げる。


——持たない。


その瞬間、イグナスの視線が一瞬、海賊の胸元をかすめた。

呼吸の乱れ。リズムのズレ。

そして、戦斧を振り抜いた直後の、ほんの僅かな無防備。


イグナスは息を吸い、迷いなく動いた。


「……返すぜ」


自らの戦斧を、投げた。


至近距離からの投擲。

刃が空気を裂き、海賊の顔すれすれを掠める。

反射的に身を引く海賊。だが、それこそが狙いだった。


投げた反動と同時に、イグナスの右手が腰のホルスターに走る。

銃を抜く。

照準も構えもなく、ただ反射で引き金を引いた。


閃光。銃声。

跳ねた弾丸が海賊の肩を掠める。


「ッ……!」


呻きと同時に、海賊の体勢が崩れた。

勢いのままに、イグナスが踏み込む。

身体を回転させて押し出すように海賊の肩を殴りつけた。


巨体がよろめき、金属壁に叩きつけられる。

鈍い音とともに、海賊とイグナスの立ち位置が入れ替わった。

 海賊が笑った。

「そろそろ終わらせてやるよ。副艦長!」


その叫びとともに、海賊のハンドガンが閃く。

至近距離。

銃口がイグナスの胸を狙う。

——ほんの一瞬、目が合った。

その目に宿るのは、勝利を確信した獣の光。


だが、運命はわずかな誤差で傾いた。


海賊が引き金を引く瞬間、背後にパイプが張り出しているのが視界の端に映る。

咄嗟に、海賊は体をわずかによじった。

ほんの数センチ——だが、その動きで照準がずれる。


イグナスの眼光が鋭く光る。

——今だ。


銃声が重なった。

短く、鋭く、空気を裂く音。


イグナスの撃った弾丸が海賊の胸に吸い込まれた。

一瞬、海賊の目が見開かれ、力が抜ける。

掴んでいたハンドガンが指から滑り落ち、床に乾いた音を立てた。


海賊は膝をつき、重い体がそのまま崩れ落ちる。

イグナスは息を整えながら、銃を下ろした。

片腕に鈍い痛みが走る。

イグナスは深く息を吐き、銃口をゆっくり下ろす。

足元には、沈黙した海賊の亡骸。

金属床に流れた血が、照明を鈍く反射していた。


GC.118.11.20 19:13


イグナスは耳の通信機に手を当てる。

声は低く、しかし明確だった。


「……侵入者を排除しました。機関室、確保。」


すぐにタリアンの声が返ってくる。

「了解した。よくやった、イグナス。」

短い言葉だったが、その声には確かな安堵があった。


通信を終えると、背後から足音。

リサが駆け込んでくる。

顔には緊張の名残がありながらも、彼女の瞳はまっすぐイグナスを捉えていた。


「イグナス!」

駆け寄ると、イグナスの腕の傷を見て眉をひそめる。

「大丈夫なの? 腕が……」

だが最後まで発するよりも先に、

イグナスが低く、しかし強い声で制した。


「俺のことはいい。お前のケガはどうなんだ」


その一言に、リサは一瞬言葉を失った。

慌てて自分の腕や腹部を見回し、

小さく息をついてうなずく。


「……ええ、大丈夫。アザくらいはついてるかもしれないけど」


イグナスはわずかに口元を緩めた。

「それならいい。」


イグナスは軽く首を振った。

「機関の状態は?」


リサは一瞬だけイグナスを見つめ、それから息を整えてコンソールへ向かう。

「問題ないわよ」


リサがくすりと笑ったその瞬間、

張り詰めていた空気がようやく和らいだ。


リサは深呼吸をひとつしてから、機関室の中央に立った。

まだ空気の中には金属の焦げた匂いが残っている。

壁や床には銃弾の痕、オイルの飛び散り――まさしく惨状だった。


「……私の聖域を、よくも汚してくれたわね。」

低く、怒気を含んだ声が漏れる。

そのままブツブツと文句を言いながら、機関室のチェックを始める。


「色々傷だらけだけど、ま〜問題無さそうね。助かったわ。」


リサはひとつひとつの装置に手を置いては、傷や歪みを確かめていく。

まるで戦場の負傷者を看る医師のような真剣さだった。

 

ふと、視界の端に奇妙な影が映った。


「……あれ?」


一本だけ妙に不格好なパイプが走っている。


「何このパイプ……?」

手でなぞると、明らかに後から増設されたものだった。


リサは半眼になり、ぼそっと呟く。

「……まさか、ロックの奴。こんなところまで」

海賊との死闘で最後に勝負を決めるきっかけになったパイプだが、リサは知らない。

「後で撤去よ。脳筋め、油断も隙もないわね。」

こうして機関室の戦いは幕を下ろした。


ブリッジ内。

モニターの光が淡く照らす中、張り詰めていた空気が一瞬にして緩む。

ユナがコンソールに手を滑らせながら報告した。


「――強襲艇の反応を発見。本艦から離脱していきます。」


その声に、タリアンは深く息をついた。

「……そうか。ようやく尻尾を巻いたか。これで一安心だな。」


艦内通信越しに、ほんのりと安堵の空気が流れる。

だが次の瞬間、ブリッジの後方から軽い足音が響いた。


「さあさあ、みんな~。楽しいお掃除の時間よ!」

マリエルが手袋をはめながら、きらりと目を光らせる。

「もしも変な感染症でもばら撒かれてたら、後処理が大変なのよ。ここからかが私達の闘いよ」


ユナが引きつった笑みを浮かべながら振り向く。

「……マリエルさん、それ“楽しい”って言う感想、絶対おかしいです。」


「汚れは罪よ」


タリアンは額を押さえ、苦笑いを浮かべた。

「……はいはい。マリエル、艦内衛生と負傷者対応の指示を頼む。頼んだぞ。」


「了解~! 医務班、“徹底殺菌(やるわよ)☆”よ」


ブリッジを出ていくマリエルの背中を見送りながら、タリアンは小さく呟いた。

「……なんだか楽しそうだな」


ユナは苦笑しながら頷く。

「でも、あの人がいるから艦はいつも綺麗ですよ。物理的にも、いろんな意味で。」


タリアンは腕を組み、スクリーンに映る星々を見つめた。

「……まったく、その通りだ。」


艦内の作業は続いている。

 長い1日が終わろうとしていた。

とりあえずブリッジ勤務を終えたタリアンは、艦内の小さなラウンジに腰を下ろし、

琥珀色の液体をグラスに注ぐ。

その向かいに、少し疲れた顔のカイがいた。


「どこにいたんだ?」

タリアンが軽くグラスを傾けながら尋ねた。


カイは肩をすくめ、苦笑する。

「隠れる場所なんてなかったからな。……諦めて仕事してたよ。

我ながら、情けない話だ。」


タリアンはふっと息を吐き、琥珀色の酒を一口。

グラスの中で氷が静かに鳴る。


「情けないか?」

少し間をおいて、穏やかな声で言った。

「あんな状況で“仕事”できる科学者なんて、そうはいないぞ」


カイは少しだけ笑った。

「俺にはこれしか取り柄がないからな」


タリアンはにやりと笑う。


落ち着きを取り戻しつつある艦内。2人の声が静かにラウンジに響き、外の星々が窓越しに流れていった。

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