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04

弥勒は、寛治に軽く制する仕草を見せる。


そして再び目を閉じ、遺体の口元に耳を当てた。


沈黙。


何分経ったのか、わからない。


嫌な時間が流れる。


安置所は妙に肌寒い。


……やがて。


びくり、と弥勒の体が小さく震えた。


ゆっくりと目を開く。

だが、その表情は――どこかがっかりしていた。


「袋寛治くん。久しぶりだね。元気してたかい」

まるで今気づいたかのような、軽い声。


「お久しぶりです、弥勒さん」

寛治は頭を下げる。


A県の特務課は、寛治を含めて五人。

常駐しているのは、徒暦アリスと金田一無。


御堂弥勒と土門清明は、ほとんど顔を出さない。

全国をふらふらしている、という話だ。


寛治にとって弥勒は、まだ距離のある先輩だ。

せいぜい、前の事件で顔を合わせた程度。


土門に至っては、一度も会ったことがない。


弥勒の印象は――掴めない男。

飄々としていて、どこか学者めいた話し方。

落ち着いていて、理屈が通っている。


だが――


「いや~この子、喋らないんだ」

死体を見下ろしながら、楽しげに言う。


「どうも眠ってる間か、昏倒してる間にやられてるね。残念だよ」

軽い調子。


「外傷はナイフ。胸を何度も刺されてるんだけど……クスリかな?」


一拍。


「まあいいや。興味なくなった」

――異常だった。


「ところで寛治くん。私に何か用でもあるのかい?

君とはあまり話したことなかったから……そうだな、君は――」

弥勒の口が止まらない。


場違いな雑談を続けようとする。

「私の趣味は――」


「すみません」

寛治が、割って入った。


「話の途中で申し訳ないですが――

梶原春子さんについて、お聞きしたいんですが」


その名前が出た瞬間。

弥勒の動きが、止まる。


ぺらぺらと動いていた口も、ぴたりと止まった。


――次の瞬間。


表情が変わる。


恍惚。


そして、どこか嬉しそうな笑み。

「春子?」


声が、弾む。

「もちろん知ってるさ」


一歩、近づく。


「なんだい。あの子のこと、聞きたいのかい?」


「私は存外忙しいんだよ。どうしようか」


寛治は、すぐに資料を差し出した。


花守南。


弥勒はそれを受け取り、ざっと目を通す。

「ふむ……なるほど

春子が消えた状況に、よく似てるね」


「はい。四年前の事件と酷似しています」

寛治は頷く。


「ただ、同一犯と断定はできませんが……」


弥勒は資料から目を離さない。

「でも、気になるかい?」


小さく呟く。


寛治も同じだった。


四年前の事件。


あの情報をアリスに見せられ、どうしても引っかかる。

いてもたってもいられず、ここに来た。


「弥勒さん。四年前の事件――詳しく教えてください」

深く、頭を下げる。


弥勒は一瞬きょとんとしたあと、笑った。

「ははは。同じ職場なんだから、そんな畏まらなくていいよ」


そして――


「いいね。私も興味が出てきた」

資料を軽く叩く。


「一旦、特務課に戻ろうか。詳しい資料は私のデスクにある」

歩き出す。

軽い足取りで。


「説明してあげるよ」

振り返りもせず、続けた。

「ちなみに、こいつは」


一拍。


「“人食い怪物”だよ」


くすり、と笑う。

「うん。楽しくなってきた」

そのまま、安置所を出ていく。


誰にも聞こえない、小さな声で。

「……また、あの声が聞こえるのかな」


寛治は一瞬、立ち尽くす。

嫌な予感がした。


それも、はっきりと。


慌てて、後を追う。再び特務課に戻ってきた寛治。

ドアを開けた瞬間、部屋に響いていたタイピング音がぴたりと止まる。


「お、寛治くん。弥勒に会えたの?」


アリスがパソコン越しに顔を覗かせる。

その視線が寛治の後ろに移り――


「あーー、弥勒。あんたね。

居るなら一回くらい顔出しなさいよ」

露骨に嫌そうな顔で文句を飛ばす。


「はは、相変わらず手厳しいね」


弥勒は気にも留めず、ひらひらと手を振る。

そのまま自分のデスクへ向かい、引き出しを開ける。


迷いはない。


中から取り出したのは、分厚い資料の束。


それをそのまま寛治に渡すと、顎で奥を指した。

「こっちだ。会議室で話そう」


「はい」

短く返事をして、後に続く。


会議室。


ドアを開けた瞬間、弥勒が小さく声を漏らした。

「おや……こんなに綺麗だったかな」


室内は整っていた。

床は磨かれ、埃ひとつない。


以前の面影を知っている者からすれば、別の場所のようだ。


「自分が掃除しました」

寛治があっさりと言う。


「さすがに、あのままじゃ使えなかったので」

以前は、惨状だった。


床には資料、机にはゴミ。

ホワイトボードは斜めにズレたまま放置。


だが今は違う。


ボードも修理され、まっすぐに壁へ固定されている。


「……いいね。清潔なのは好きだよ」

弥勒は満足げに頷くと、ボード下の黒ペンを手に取った。


くるり、と指先で回す。


そして、迷いなく書き込む。


 


捕食者事件プレデターケース


 


「さて」


弥勒の声が、少しだけ楽しげに弾む。


「この事件、私はこう呼んでいる」


文字は整っていた。

読みやすく、無駄がない。


まるで講義でも始めるように、弥勒は続ける。


「四年前――最初の発見は四体」


さらさらと、ボードに情報が追加されていく。


・被害者:未成年

・遺体:白骨化

・一部損壊(欠損あり)

ペンが止まる。


弥勒は、わずかに口元を歪めた。


「共通点は単純だ」


くるり、と振り返る。


「――“食われている”」


静かに言い切ると同時に、

弥勒はペン先で“白骨”の文字を軽く叩いた。

「袋に入れられていたのは、

肉が一切残っていない骨の状態だ」


くるりとペンを回す。

「私が唯一“声”を聞けたのは、梶原春子くんだけだよ」


寛治の視線が、資料の名前に落ちる。


「彼女は行方不明から一か月後に発見された」

弥勒は、自分のこめかみを指で叩いた。


「私の能力はね、死後一か月を過ぎると急激に精度が落ちる。

 二か月もすれば、ほとんど何も聞こえない」


軽く肩をすくめる。


「だから残りの三人は、少なくともそれ以上前に殺されていた」


ペンが走る。


 


服部舞

江良公子

身元不明

梶原春子


 


「一番古いのは――服部舞。8年前の行方不明者だ、

おそらく、犯人はその頃から動いている」

弥勒の声が、わずかに弾む。


思い出している。

楽しんでいる。


「四年前に“まとめて”見つかった白骨四体」


ペンが止まる。


次の瞬間――赤ペンに持ち替えた。



全員:左手薬指 欠損



ぐり、と強く印をつける。


「共通点はこれだ」


振り返る弥勒の目が、妙に冴えている。


「当時未成年。そして――」


わずかに口元が吊り上がる。


「全員、左手の薬指がない、結婚指輪の場所だね」



寛治は無言で資料を追う。



「骨の状態から見てね」


弥勒は再び黒ペンに持ち替える。


「この子たちは“攫われた時点でほぼ死亡している”」

さらさらと書き加える。


死亡 → 解体 → 捕食

「で――ここが面白い」


ペン先が、机をコツンと叩く。


「なぜ犯人は四年前、この四体を“まとめて捨てた”のか」


寛治の視線が上がる。



「コレクションを、だ」



弥勒は愉快そうに笑った。


「丁寧に保存していたはずの“作品”を、だよ?」


一歩、ボードに近づく。

「普通、そんなことはしない」


赤ペンで、四体を囲む。


「つまり――」


ペン先が、強く止まる。


「犯人に“何か”が起きた」


 


静寂。


 


「環境の変化か。外的要因か。あるいは――」

そして、ペンを走らせる。


4年間:空白



「その後、4年間は沈黙」


さらに――

先月白骨遺体で見つかった


長崎瀬良乃(16) 高校生


「だが最近、再び動き出している」


弥勒は名前をなぞるように指で叩いた。


「同じく――骨だけの状態で発見」

「最後の言葉も同じ”食べないで”」


ゆっくりと振り返る。


「どうだい、寛治くん今、捕食者プレデターはこの町にいる」


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