05
「どうだい、寛治くん今、捕食者はこの町にいる」
弥勒は、ひとしきり語り終えると――ふと熱が冷めたように口を閉じた。
「……そうだったね。梶原春子くんのことを知りたいんだったね」
思い出したように呟く。
寛治は手元の資料に目を落とす。
そこには、びっしりと文字が書き込まれていた。
被害者の生い立ち。
身長、体重。
行方不明当時の親の証言、友人関係。
果ては――その日の朝食まで。
異様なほど細かい。
春子だけではない。
他の被害者についても、同じように記録されている。
「この子はね――」
弥勒は楽しそうに語り始める。
だがその内容は、いつの間にか事件から逸れ、
被害者の些細な日常へと脱線していく。
やがて弥勒は、ふと思い出したように携帯を取り出した。
「これ。親に許可をもらってね。春子くんの動画だ」
再生される。
短い映像。
リビングで、犬とじゃれ合う少女。
無邪気な笑い声。
――普通の、どこにでもある日常。
「どうだい、この声」
弥勒の声が、わずかに震える。
「いいだろう? ああ……思い出すよ、四年前を」
恍惚とした笑み。
「瀬良乃くんのも、手に入るといいんだけどね」
そのまま弥勒は、再びボードに何かを書き始める。
もはや寛治の存在など意識していない。
独り言のように、ぶつぶつと呟きながら。
寛治はそれを横目に、資料へと集中する。
梶原春子。
A市立中学校。
陸上部。
花守南と、同じ。
部活帰りに失踪。
一か月後、遺体で発見。
他の被害者も、時間帯こそ違えど共通点がある。
全員、帰宅途中で消えている。
(……同じだ)
だが。
資料をいくらめくっても
容疑者に関する記述が、ほとんどない。
寛治は顔を上げた。
「弥勒さん。当時の容疑者についてですが――」
「容疑者?」
弥勒はペンを止めずに答える。
「……あまり興味ないね」
軽い一言。
その一言で、すべてを切り捨てる。
ボードには、
被害者たちの“日常”がびっしりと書き込まれていく。
隙間を埋めるように、さらに小さな文字で。
(……だめだ、この人)
寛治がそう判断しかけた、その時。
ガチャ、とドアが開いた。
「はぁ……やっぱり脱線してるわね」
呆れた声。
アリスだった。
「寛治くん。一応、南ちゃんの足取り、
消える直前まで掴めたわ」
一瞬、空気が変わる。
「本当ですか!」
寛治の表情が一気に引き締まる。
「無視していいわよ。弥勒なんて」
「……ありがとう、ございます」
寛治は弥勒に一礼し。
そのまま逃げるように会議室を後にした。
弥勒の話を切り上げ、寛治はアリスのパソコンの前へ移動した。
すでにアリスは、行方不明当日の監視カメラにアクセスしている。
南が映っている箇所だけを抜き出し、時系列で並べていた。
「正直――」
椅子に深く座り直し、アリスが結論を口にする。
「南ちゃんは、学校内で攫われたんじゃないわね。
帰りの通学路。そこが一番確率高い」
画面が切り替わる。
地図。
南の帰宅ルートが表示される。
学校から自宅までは徒歩五分。
周辺は住宅街。
だが面しているのは国道で、交通量は多い。
途中には、大手コンビニや飲食チェーン店も点在している。
「このルート、ほぼカメラで追えるのよ」
朝の映像が再生される。
時刻は、六時三十分。
まだ人通りの少ない時間帯。
南が一人、少し早足で歩いている。
やがて同じ部活の生徒と合流し、笑いながら並んで歩く。
「朝練ね。行動パターンも自然」
次の映像。
帰り。
制服姿の南が、校門を出ていく。
――ここまでは、問題ない。
「で、ここから」
アリスが指を動かす。
別のカメラへ切り替え。
……だが。
そこに、南の姿はない。
「え?」
寛治の目が細くなる。
さらに別のカメラ。
……いない。
さらに。
……いない。
完全に、途切れている。
寛治が思わず口にする。
「学校出てすぐ……攫われた?」
「ええ」
アリスはあっさり頷く。
だがすぐに、指を止めた。
「――ただし」
画面を拡大する。
学校から伸びる道。
その一部に、赤い印。
「ここ。約二十メートル」
「この区間だけ、カメラがない」
寛治は無言で見つめる。
短すぎる空白。
だが――十分すぎる。
「南ちゃんがここで脇道に入った可能性もあるけど……」
アリスは首を振る。
「今どき、普通の住宅にも防犯カメラあるわ。
それも引っかかってない」
一拍。
「つまり――」
指先が、赤い区間をなぞる。
「この“二十メートルの中”で消えた」
寛治の中で、像が組み上がる。
「車……」
「そう。国道沿いだしね。拉致なら一番現実的」
アリスは次々と画面を切り替える。
「この時間帯に通過した車、全部洗う。
ナンバー押さえて、ドラレコ当たれば――追えるわ」
「これ、生活安全課に回すね」
送信操作。
軽い音。
「まあ、ここまでは簡単。問題は――」
言いかけたところで。
「――同じだよ」
背後から、声。
いつの間にか。
弥勒が立っていた。
アリスが露骨に顔をしかめる。
「……びっくりするからやめてくんない?」
弥勒は気にもせず、画面を覗き込む。
「梶原春子くんも、同じだった」
静かな声。
「帰り道。時間帯もほぼ同じ」
寛治の背筋が、わずかに冷える。
「当時の警察も、同じように調べた」
弥勒は続ける。
「でもね――」
一拍。
「春子くんは、“どのカメラにも映っていなかった”」
空気が、止まる。
アリスが眉をひそめる。
「……は?」
「今よりドラレコ普及率が低いとはいえ、ゼロじゃない」
弥勒は首を傾げる。
「それでも、“何も残らなかった”」
アリスが苛立った声を出す。
「じゃあ何?
あんたの言うプレデターみたいに、姿消してるって?」
「さあ」
弥勒はあっさりと笑う。
「もっと原始的かもしれないね」
意味深な一言だけ残す。
そして、踵を返す。
「じゃあね。寛治くん」
特務課を出ていく弥勒にアリスが
「アンタ何処行くつもり?」
「瀬良乃くんに会いに行ってくるよ。今、ちょっと滾っててね」
ドアへ向かいながら、付け足す。
「そうそう。薬指だけじゃない」
足が止まる。
「もう一つ、見つかってない部位がある」
わずかに、笑う気配。
「髪だよ」
静寂。
「被害者は全員、そこそこ長い髪だったのにね」
「食べれない部位だから、燃やしたか。
それとも、どこかに大事に取ってあるか……」
軽い調子で言い残し
弥勒は出ていった。
ドアが閉まる。
寛治は、ゆっくりと画面に目を落とす。
花守南の写真。
肩まで伸びた髪。
きちんと結ばれている。
(薬指……髪……)
そして。
(……映ってない)
寛治は花守南の資料をもう一度開いた。
横で、アリスが苛立ったように言う。
「……あいつ、ほんとムカつく」
キーボードを叩く音が強くなる。
「いいわよ。絶対見つけてやる」
その声には、わずかに熱がこもっていた。
――
ここ……どこ?
目、開けた。
なんか音がする。
コトコトって。
……鍋?
ぼやけてて、よく見えない。
起きなきゃ。
そう思って、動こうとして
ムリ。足、動かない。
え?
下を見る。
……え?変な方向に曲がってる。
やだ。
やだやだやだ。
なんで。
なんで私。
なにしたの。痛いはずなのに。
でも――
怖い。
息、うまくできない。
そのとき。
急に暗くなる。
光が消える。
なに――
上
影
でかい。誰かいる。
無理
声、出ない。
影が、しゃべった。
「 」




