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02

全ての警察庁――その地下深く。


誰も知らない。

いや、“都市伝説”と呼ばれる場所が存在する。


そこは、古今東西。

妖怪、霊、都市伝説、超能力者。


それら“異常”に関わる事件を扱う部署――

「警察庁特殊課」


そんな噂話がある……


エレベーターが、地下二階より下へと降りていく。

表示はない。

階層を示す数字も、到達を知らせる音もない。


ただ、無機質な下降だけが続く。


やがて、不意に停止する。


エレベーターが止まり

扉が開く。


薄暗い空間に降り立った人物は、懐中電灯を手に取る。

狭い通路。

コンクリートの壁が、圧迫するように迫る。


その男は体格がいい。

スーツがはち切れそうなほどの筋肉に、

短く刈り込まれたスポーツ刈り。


だが顔つきは仏のように穏やかで、どこか徳すら感じさせる。


背には、小さく見えるが標準サイズのリュックを背負っていた。

――袋寛治


この場所には、何度も来ている。

慣れてはいるが、この閉塞感だけは好きになれない。


やがて、ひとつの角を曲がる。

そこにあったのは――錆びついた扉。


何十年も使われていないような、重苦しい扉。

中央には、奇妙なくぼみがある。


八の字を横にしたような形――


寛治は、胸ポケットに手を入れる。

取り出したのは、重厚な手錠。


それを、迷いなくくぼみに差し込む。

寸分の狂いもなく、はまる。


そして――

ドアノブに手をかける。


ぎぃぃ……


古びた扉は、あっさりと開いた。

その部屋に入った寛治は、思わず小さく息を吐いた。


相変わらず――薄暗い。


いくつもの机が並び、資料が雑然と積み上げられている。

いや、積み上げられているというよりは、

散乱していると言った方が正しい。


「……ふぅ」


そんな中で、ひとつだけ異質なものがあった。

何も置かれていない、真新しいデスク。


本棚には、薄い資料がいくつか挟まれている。

他の机はどれも、使い込まれ、

資料や私物が雑多に積み上げられている。


それに比べて、この一つだけが――妙に整いすぎていた。

寛治の席だ。


配属されたばかりの彼のデスクは、まだ何も馴染んでいない。

残りの4つの席。

それぞれに主はいるが、どれも年季が入っている。


良く言えば慣れている。

悪く言えば――いい加減だ。


その中で、ひとつだけ“動いている”席があった。


薄暗い室内に、ぼんやりと浮かぶ光。

パソコンのディスプレイだ。


カタカタカタ……

乾いたタイピング音が、静かな空間に響いている。

「アリスさん。おはようございます」


――ぴたり。


タイピングが止まる。

「あら。おはよう? 寛治くん。久しぶりね」


軽い調子の声。

ディスプレイの向こうから、ひょいと顔が覗く。


眼鏡をかけた、小柄な女性。

だがその目には、くっきりとした隈が浮かんでいた。


寛治は苦笑する。

「アリスさん……また徹夜ですか。駄目ですよ」


「んー? 大丈夫大丈夫。ちょっと楽しくなっちゃって」

悪びれた様子もない。


この部屋にいるのは――

袋寛治と、

徒暦アリス(本名・山田花子)。


今は、その二人だけだった。


寛治はリュックを自分の新しい机に置き、

静かに中身を取り出していた。

「良かった。アリスさんだけでも居てくれて」


特務課の人間は、基本的に自由行動だ。

事件がなければ、誰もいないことも珍しくない。


「なによー。私、引きこもりじゃないわよ?」

アリスが不満そうに口を尖らせる。


「いえ、そういう意味じゃないですよ」


寛治は苦笑しながら歩み寄り、リュックの中から包みを取り出した。

「これ、昨日の休みにC県へ行った帰りです。よかったら」


アリスは箱を見ると、見慣れたロゴにぱっと表情を明るくする。

「おお、Cせんべいじゃん! なに、行ってきたの?」


差し出された手に、寛治は包みをそのまま渡した。

「はい。友達と自転車でマスツーリングしてました。

天気も良くて、気持ちよかったですよ」


「へぇ~……(リア充かよ)」


アリスは小声でぼやきながら、さっそく包みを開ける。

「いや~、寛治くんくらいだよ? お土産なんて持ってくるの」


「はは……コーヒー淹れてきますね」


「ありがとう! やっぱいいね、気配りできる男は」


寛治は奥の休憩室へ向かう。


戸棚には、使い込まれたマグカップがいくつも並んでいた。

その中にひとつだけ、まだ新しいカップ。


寛治はそれを取り、

もうひとつ――ピンク色の使い古されたカップと並べる。


コーヒーを淹れる。

片方には砂糖とミルクをたっぷり。


もう片方は、ブラック。


戻ってきた寛治は、

パソコンを操作しながらせんべいをかじるアリスの隣に、

そっとカップを置いた。


「あ、ありがと」


「いえいえ」

自分の席に戻り、ブラックコーヒーを一口。


特務課は、特殊案件がなければ比較的自由だ。

だからこそ、暇な時間も多い。


寛治は普段、生活安全課の手伝いをしている。


――にもかかわらず。

今日はここに来ている。


ただ土産を渡すためだけか?


……違う。

特務課でなければ、できないことがある。


昨日


C県に向かう途中のでの休憩――


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ?

寛治くんって、確か警察官だよね?」

中森恵子。

友人が、少し離れた場所で声をかけてきた。


周囲に聞かれたくないのか、二人きりになる位置まで移動する。


その様子を見て、義人と勇がニヤついた。

「おいおい、逢引きか?」


「違います!!」

恵子が顔を赤くして否定する。


寛治は苦笑しながら問い返した。

「警官だけど……どうかした?」


恵子は少し俯き、言いにくそうに口を開く。

「実は……妹の友達が、行方不明なの」


「……」


「南ちゃんって子。二日前から帰ってないの」


寛治は一瞬、言葉を選んだ。

「ごめん、事件の内容は軽々しくは話せない」


「……そっか」

恵子がスマートフォンを取り出す。


画面には三人の少女。

笑顔で写る、何気ない日常の一枚。


その中の一人を指差した。

「この子が南ちゃん。すごくいい子なの。非行とか、絶対しない」


――だから。

「絶対、誰かに攫われたんだよ」


寛治に話すうちに、恵子の目は涙で滲んでいた。


寛治は、そんな彼女を見て、静かに口を開く。

「一応、専門的な話になるけど――」


「このくらいの年頃だとね、家出や連絡なしの外出って珍しくないんだ。

ほとんどは、ちゃんと見つかるケースだよ」


少しだけ間を置く。


「事故や事件に巻き込まれる割合も、実はそこまで高くない。

だから……今の段階で、悪い方に考えすぎる必要はないよ」


恵子はゆっくりと顔を上げた。

「……そうだよね」


寛治は、穏やかに頷く。

「気持ちよく走ろう。

思いつめすぎると、良くない」


「うん……今日くらいは、忘れる」

少しだけ笑って、恵子は続けた。


「寛治くんに話して、楽になった」

吹っ切るように、自転車へと戻っていく。


「よし、休憩終わり!」

その背中を――寛治は、ただ見送った。


複雑な表情のまま。


寛治は、その名前を知っていた。


花守南。


A県立中学に通う、十三歳。


生活安全課で捜査中の、行方不明者。


下校途中に失踪。


通報は即日

――だが

未だ、見つかっていない。

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