第八話
冴木達が連絡を受ける少し前
熊野大吉はプールの点検を行っていた。
この学校では夏休みの期間プールを一般公開している。
そのため事前の確認は怠れなかった。
「それにしても暑いな。まだこれからが夏本番だというのに、今の時点でこれほどとはな」
汗をぬぐいながら作業を進めていると、不意にゴポポと泡がはじける音がした。
「なんだ?」
疑問に思いプールを見ようとすると、その前に足元がひんやりと濡れた。
なにごとかとプールを見るとなんと水があふれていた。
その量はすさまじく、絶えず流れていくのに、足首がつかるほどの量があふれ出していた。
「排水管が詰まったのか?それとも給水の方か?」
急いでまずは水を止めようとしたが、そこで自分に揺らめく影が差していることに気が付いた。
そのことを気にづいて足を動かせなくなったところ、水が自分の背後に流れて行っていることに気が付いた。
熊野は後ろを振り返った。
そこにあったのは水の壁だった。
3mはありそうなほど高い水の壁がそびえたっていた。
やがてあふれ出していた水はすべて壁に吸い込まれていき、足裏にはまるで最初から濡れていなかったかのような乾燥した感触がした。
熊野の脳がようやく事態を飲み込み、逃げようと一歩下がった時にはもう遅かった。
壁が上の方から崩れ、圧倒的な水の質量が熊野の頭を床にたたきつけた。
そしてその衝撃で気絶した熊野は水に呑まれ抵抗できないまま、やがてこと切れた。
その後、熊野の死体は流されプールに沈められた。
大きな水の音を聞き駆け付けたほかの職員が見つけたのは、少し朱色に染まったプールと浮かぶ熊野の死体だった。
大学病院から車を走らせ、冴木達は澪音の通う学校に戻って来た。
「まったく。今日一日だけでいろいろ起こりすぎですよ」
「頭がいっぱいいっぱいなら車に残っていてもいいんだよ」
鈴木の口からこぼれた愚痴に冴木はそう挑発した。
「冗談を、そっちこそ、いい年ですけど大丈夫ですか」
「鈴木君もまあまあ言うようになったね」
「誰かさんのおかげですね」
二人はそうやって軽口をたたいていたが、内心では不安だった。
今日すでに二度、常識を超えた事実を目にした。
これは本当に自分たちの手に負えるのか?
そうした疑問は常に頭の片隅にへばりついて離れない。
だが、二人は現場に足を踏み入れた。
なぜならば、警察官の職務を放棄する気はさらさらなかったからだ。
「どうですか?何か見つかりましたか?」
鑑識の一人に冴木は声をかけた。
「詳しい死因は司法解剖の結果待ちですがおそらく溺死ですね」
「司法解剖、つまり事件性があるということですか?」
「頭部に打撲痕はあったので、おそらく転んださいに打ち所が悪く意識が朦朧としている間にもう一度足を滑らせプールに転落そのまま溺死といったところなんですが、少々妙なところがありまして」
妙なとこ、その言葉に冴木達の緊張感が高まった。
「と、言いますと?」
「まずこのプールまったく濡れてないんですよ。もちろん乾いた可能性もありますが今日は天気も良くないですし、人が滑るような量がこの短時間で乾くとは思えないんですよ」
「水が消えたってことですか?」
「消えた?まぁそうとも取れますが」
鈴木の質問に少し不思議に思いつつも鑑識の男は肯定した。
「冴木さん。これって」
「あぁ、雨谷未央の体内と同じかもしれないな」
二人でひそひそと話しているところに鑑識の男が声をかけてきた。
「あの、それともう一つあって、むしろそっちが司法解剖に回すきっかけになったんですけど、腕とふくらはぎに引きずられたような擦り傷があったんですよ。なので何者かに殺害された可能性もあるという判断です」
一通り話を聞いて現場も見た後車に乗り込んだ後二人はため息をついた。
「これどっちですかね」
「雨谷未央の件と無関係とは思えないが、普通の他殺の可能性もあるな」
「普通の他殺って、不謹慎ですよ。気持ちはわかりますけど」
「どちらにせよ、まずは志水澪音だ。そろそろ目を覚ますだろうし、病院に行くか」
「了解です」
そうして病院に向かった二人は、志水澪音に二人の死を伝えるのだった。




