第六話
暗闇の中、子供の形をしたなにかは、私に一歩ずつ近づいてくる。
それは少しずつ形を変え、やがて未央の形になった。
でも、その口は変わらず三日月に裂けている。
少し違うのは洞のような目から黒い涙を流していることだ。
私は怖くなって目を閉じた。
だけどいつまでたっても何も起きなかった。
私は恐る恐る目を開けた。
なにもいなかった。
後ろを見ても、上を見ても、なにもいなかった。
私はほっと息をついた。
「次は誰?」
耳元から声が聞こえた。
声の方向にゆっくりと頭を向けると未央の顔が私の鼻先が触れそうなくらい近くにいて...
「はっ」
目を覚ました澪音はしばらくの間荒い息をしながら天井を見続けた。
5分ほどをかけてゆっくりと今までのことを思い出した。
そうすることで今が現実なのだと理解できて、鼓動と息を整えることもできた。
最後の記憶は確か冴木という名前の刑事に川から引き上げられ道に寝かされたところだった。
周囲の会話から察するにここは病院なのだろう。
落ち着いた澪音が体を起こし周囲を見ると冴木刑事と自分の母親が話しているのが見えた。
「ほんとうに、この度はなんとお礼を言ったらいいのか」
「お母さん頭を上げてください。それに我々はすぐそばで見ていたのにもかかわらず、未然に止められなかった。むしろご息女を危険にさらしてしまった私の方が謝罪しなければいけません」
そう言いながらなんとか母の頭を上げさせようと冴木刑事はきょろきょろとあたりを見渡して澪音と目が合った。
「あっ目が覚めたんですね。いやぁほんとによかった」
それは無事でよかったという意味なのか、母が頭を上げる理由ができたという意味なのか、どっちなんだろうと目線を送ったら視線をそらされたのでおそらくは後者なんだろう。
一言くらい文句を言おうと思ったがそれは出来なかった。
直後母に思いっきり抱きしめられたからだ。
「本当に心配したのよ保健室の先生から早退したって連絡が来て、それなのに全然帰ってこないと思ったら川でおぼれたって連絡が来て。昨日未央ちゃんがいなくなっちゃったのに今度はあなたまでと思って、お母さん本当に生きた心地しなかったのよ」
そう言って涙を流す母につられて、澪音の目からも涙が流れた。
昨日からいろんなことが起こった。ずっと不安だったし怖かった。
それでも涙は一度も流さなかった。
ここで泣いてしまったら座り込んでしまって二度と立てないと思っていたからだ。
だけど今ここでなら。
母の支えがあるのなら立ったままでも泣くことができた。
これは不安と恐怖に押しつぶされた涙なのではなく、安心と温かさであふれた涙だからだ。
そうして二人はしばらくの間涙を流し合った。
涙も出し切ったころ、タイミングを見計らって冴木刑事が声をかけてきた。
「親子の時間を邪魔してしまい大変申し訳ないのですが、志水澪音さんに少々聞きたいことがございますので一度お母さんには退席願えますでしょうか」
非常に気まずそうな冴木刑事の言葉に母は少しうつむきながら従った。
人前で思いっきり大泣きしてしまったことでその耳は真っ赤に染まっていた。
そしてそれは澪音も同様だった。
何回か大きく深呼吸することでなんとか意識を切り替えることができた。
澪音から話しかけることはしない。
目の前の人物がどこまで見ていたのかがわからないからだ。
余計なことまで話すつもりは一切なかった。ただ聞かれたことだけを答えるつもりだ。
「ふぅ~どうやら相当信用がないみたいですね」
そんな頑なな澪音の姿勢に冴木は苦笑いだった。
「それではまず報告から、あなたは約6時間ほど眠っていました。その間の今から4時間半ほど前に、雨谷未央さんと思われる遺体が発見されました。そしてそのさらに3時間ほどの午後16時ごろ、熊野大吉さんが死亡しました。」
「え?」
澪音の時が止まった。
さっきまで感じられていたはずの暖かさは、今はまったく感じられなかった。
体の芯から冷え切り、その肩は寒さに震えた。
胃から何かがこみ上げてきそうになったが、朝から何も食べていなかったので嗚咽しか出なかった。
「二人の死者が出ました。状況は深刻です。もう警察ごっこも探偵ごっこもやめていただきたいのですが、知ってること、話してくれますか?」
冴木の声は鋭い刃をむき出しにしたかのようだった。
そんな物をのど元に突き付けられた澪音は無気力のまま声のことも祠のことも、震えたまま話すのだった。
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