陛下との謁見
「この国の男は女性に甘いねぇ。あんな奴ら、さっさと片付ければいいのに」
次兄から怒られなかったことに内心で安堵していると、長兄がソファに座りながら呟いた。
長兄の言い回しに、俺は何か違和感を覚える。
さっさと片付けるとは、どういう意味だろう?
「……兄上、やはり貴方のあの時の態度は、わざとですね」
次兄が胡散臭い目つきで長兄に視線を送る。
「わざと?」
俺が首を傾げると、次兄は大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「わざと彼女たちに媚びを売り、気を持たせて女性間で争いを起こさせたんでしょう⁉」
なんと⁉ あの歯の浮くような態度と言葉は演技だったのか。
驚いた俺が長兄を振り返ると、彼はケラケラと笑った。
「自分たちで争ってくれたら、ちょうどいいじゃないか。全員ケツが軽そうだったしな。それなりに顔の整った奴が甘い言葉でも吐けば乗るんじゃないかと試したら、本当に思い通りになっただけ。あまりに簡単過ぎて笑えた」
「結果、全員が自滅ですか」
「俺はセリーヌを傷付けられたこと、許す気はなかったからな」
あいつらが喧嘩を売ってきた奴らだろうと、長兄が俺に確認する。
どうやら長兄は、俺が王都に来て最初に受けた洗礼を聞いた時から仕返しする気、満々だったようだ。
すぐにそんな機会に恵まれて、逆にラッキーだと笑う。
「貴方のわざとらしい演技を見て、私は背中が痒くなりましたよ」
「迫真の演技だったと言ってほしい」
「大根役者」
「酷い」
お兄ちゃんは傷付いたと、うるうると泣き真似をする長兄に「えーい、うざい」と言いながらも、次兄の顔はどこか楽しそうだった。
次兄は長兄に苦手意識があると言っていたが、そんなことはない。
とっても仲の良い二人の姿を見ながら俺は茶を飲み、冷えてきた体を温めた。
次の日の午後、何故か長兄と共にオクモンド様ではなく、陛下に呼び出しを食らった。
「昨日のお茶会での出来事を、二人からも直接聞きたいそうです」
朝、登城した次兄が一旦屋敷に戻って来て、陛下からの伝言を俺と長兄に伝えてきたのだ。
「と仰られても、ルドルフお兄様やオクモンド様が報告した以上のことは、何もないのですが」
俺が困ったというように頬に手を添えると、次兄は俺の肩を抱き寄せた。
「私とオクモンド様、アーサー殿も同席するから、心配しなくて大丈夫だ」
安心させるように笑う次兄に、俺も笑顔を返す。
「王都に来て、連日王族に会う羽目になるとはな。これも弟が優秀過ぎるからだろうか?」
チラリとこちらに視線を向ける長兄に、次兄は呆れたように溜息を吐いた。
「ご自分の所為だとは思われないのですね」
「誰の所為だと言うのなら、俺よりもセリーヌだろう。なんていったって王族や魔法使いに気に入られ、令嬢を殴り飛ばしたのもセリーヌだ」
長兄が責任転嫁してきた。
確かにお騒がせ令嬢としては耳が痛いが、それでも長兄に全く責任はないとは言えない。
だってイザヴェリが来て、事を起こしたのは長兄の方だ。
俺はプーっと頬を膨らませて長兄に詰め寄る。
「殴ってません。気を失わせただけですぅ。それに揉め事にしたのは明らかにバーナードお兄様ではありませんか」
「違いますぅ。俺は愛想を振りまいただけですぅ」
俺と同じような口調で言い返してくる長兄と睨み合う。
すると、呆れた次兄に引き離された。
「ああ、もう。無駄な言い合いは必要ないから。とにかくセリーヌはすぐに用意して。陛下に正式に謁見するのだから、それなりの服装をする必要があるだろう。アクネ、用意を頼む。マーサも手伝ってくれ」
そう言って、側に控えていた侍女を呼びつけ、俺を部屋へと押し込んだ。
その後、色々こねくり回された俺は、兄たちと共に陛下の執務室の前にいる。
ビシッと正装できめた長兄とふわふわのプリンセスドレスに身を包んだ俺は、次兄とオクモンド様、アレンに案内されてこの扉の前までやって来た。
先日、王族専用の庭園でお会いしたような不意ではないので、改めてとなると緊張する。
けれど一度会えているから、前回のように動揺したりはしないだろう。
ドキドキと弾む胸を押さえていると、アレンが耳元に囁いてきた。
『本当は二度と会わせたくなかったんだけど、仕方がないね。僕の側から離れないで』
「え?」
すぐに振り向いたが、アレンはもうそっぽを向いていた。
会わせたくなかったって、陛下のことを言っているのか?
なんで?
俺は首を傾げるが、次兄に「行くよ」と促されて、姿勢を正した。
侍従の案内で執務室へと入った俺たちに、仕事中である陛下は顔を上げた。
「お仕事中、失礼いたします。陛下、こちらがコンウェル伯爵家のバーナード殿です。セリーヌ嬢とは以前にお会いしましたね」
オクモンド様が簡潔に紹介してくれる。
「バーナード・コンウェルと申します。国王陛下の麗しきご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
長兄が紳士の礼をする横で、俺もカーテシーをとる。
「急な呼び出しに応じてくれて嬉しく思う」
陛下は立ち上がり、俺と長兄に優しい笑みを向ける。
ああ、兄上の笑顔はいつ見ても癒される。
「そちらに座ろう。楽にしてくれ」
俺がふにゃっと笑み崩れていると、部屋の中央にある重厚なソファへと促される。
一人で座る陛下の横にオクモンド様が座り、前の二人掛けのソファに長兄と俺が座る。
次兄はオクモンド様の後ろに立ち、アレンは陛下の後ろに立った。
ここでは次兄はオクモンド様が主であり、アレンは陛下が主となるのだろう。
長兄と俺は客人という立場になる。
「改めて昨日の話が聞きたいのだが、良いかな?」
「陛下御自らとは恐縮です。どのようなことをお話すればよいのでしょうか?」
「そうだな。イザヴェリ・バトラードは現れた時から情状不安定であったか?」
「いえ、私には正常に見えましたが」
「そうか。ではやはり公爵の虚言であるな」
陛下が長兄に訊ねたことは、イザヴェリが最初から冷静な判断ができていたかどうかだった。
あの後、イザヴェリの事件を聞きつけた公爵がすぐに陛下の元に詰め寄り、娘は正常ではなかったと訴えたそうだ。
「あの子は優しい子ですから、私が王宮で酷い仕打ちにあっていることに心を痛めていたのです。冤罪を掛けられ、貴族から非難され、やつれていく私を見かねたイザヴェリは、わたくしがオクモンド様にお父様を助けてくれるよう頼んでくるわ。と言って、あの日オクモンド様の元へと向かったのです。まさか先客がいたとは思ってもいなかったようですが、見れば知った顔ばかりだったし、多少は融通を利かせてもらえると皆様に甘えたのでしょう。ですが、一緒にいた令嬢の心ない言葉や同席していたコンウェル伯爵令嬢の傲慢な態度に、疲弊していた心が悲鳴を上げてしまったようです。冷静に判断ができなくなったあの子は感情のままに動いてしまい、事態を引き起こしてしまった。イザヴェリは普通の精神状態ではなかったのです。恩情を。優しいイザヴェリに、我がバトラード家にこれ以上の冷たい仕打ちをなさらないでください。我が家は建国以来、ずっと王家を支えてきた忠臣です。今一度、広い心で見直し、イザヴェリをオクモンド様の側に侍らせてください。そうすれば真実が見えるはずです。どうか、陛下。間違った考えをされませんように。賢明なご決断をお願いいたします」
ながっ!
バトラード公爵は以上の言葉を一息に話したとのこと。
根性だな。
因みにこれらは、記録係が書いたものを別紙に書き写して見せてもらって、代表で長兄が読み上げた。
途中、興が乗った長兄が芝居交じりにバトラード公爵の感情を入れて読み上げたのがおかしくって、陛下の前だというのに笑いそうになった。
そんな長兄を次兄は睨んだが、オクモンド様と陛下は笑っていた。
アレンはいつも通りの無表情。
なんとなく場が和んだのは言うまでもない。




