怒髪天に達した
俺は怒っていた。
めちゃくちゃ怒っていた。
ありえんくらい怒っていた。
イザヴェリは俺の大切な義息子を奴隷と罵り、大切な異母兄の血筋を庶子の汚れた血とほざいたのだ。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
彼らが、どれほどの思いをして生きてきたと思っているんだ⁉
何も知らない、ただその場でふんぞり返っているだけの奴が大口をたたくな!
そして俺に向かって凶器を振りかざした瞬間、歓喜に震えた。
やっと仕返しができる!
女とか貴族とか、そんなもの関係あるか。
流石に顔を腫らすほどボコる訳にはいかないと、ギリギリのところで理性が働いた。
だから掌底で気を失わせた。
白目をむいて倒れていくイザヴェリに、やっとスカッとした。
周囲は呆気に取られているが、そんなこと知ったことではない。
俺は手をパンパンと叩く。
側で固まっている令嬢たちに視線を送るとビクッと震えた後、その場にへなへなと座り込んだ。
どうやら戦意喪失のようだ。
ハッと我に返ったオクモンド様が慌てて「セリーヌ嬢」と名を呼んだので、俺は暫し考えた後、くるっと笑顔で振り返った。
「騎士様たちが手を出せないようでしたので、女である私が動きました。(訳:そいつらが頼りねぇんだよ)彼女を落ち着かせるにはこの方法しかなかったのですが、いけませんでしたか? (訳:あんな奴のさばらせてんじゃねえ)」
俺の言葉の副音声を聞いた騎士たちは、ブルリと身を震わせた。
そして目を丸くしているオクモンド様と次兄には、両手を丸めて口元を隠し、きゅるんと小首を傾げて上目遣いで見つめてみる。
「「ぐはっ」」
二人は胸を押さえて蹲った。
よし、これで問題は解決だ。
その後、俺のきゅるん攻撃に耐性のある次兄がオクモンド様よりも早く復活し、騎士に指示して倒れているイザヴェリと動けない令嬢たちを連れて行くなどの後始末に取り掛かった。
胸を押さえていたオクモンド様も、数分遅れて合流する。
その光景を黙って見ていると、いつの間にかエリザベート様が隣にいた。
「……貴方、凄いのね。ルドルフ様から聞いていた印象では守られているだけの、ただのお姫様かと思っていたわ」
「すみません。これが地です」
「私はその方が好きよ」
「はあ」
こちらを向いたエリザベート様の瞳は、何故かキラキラと輝いている。
「これなら、お兄様の隣で他者を(物理的に)黙らせることができるわね」
「……………………」
エリザベート様は、俺を第一王子の妃候補として狙いを定めたようだ。
いや、ありえません。
腕っぷしが強いのがいいのなら、女騎士でも当たれ。
イザヴェリに迷惑を掛けられている女同士、話ができるかと思っていたが、どうやらそれは無理なようだ。
俺は笑顔のままスススッと、エリザベート様から距離を取る。
数歩も下がらないうちに、ドンッと何かにぶつかった。
「手首痛めてない?」
いつの間にか背後にいたアレンにぶつかったようで、そのまま腕を取られて掌底を放った右手を調べられる。
「大丈夫だって。そんなことで痛めるようなやわな鍛え方はしていない」
心配するアレンの横から、長兄が手をひらひらと振ってハハハと笑う。
「バーナードが鍛えているの? だったら自分の体の加減は教えている? どうせバーナードと同じことをしようと無茶な鍛錬を強請ったりしているでしょう」
「よくわかるな⁉ まあ、一時期はそういう時もあったが、根本的に体の造りが違うことを理解してからは、考えて動くようになった。お前が思うほど馬鹿じゃない」
「ふうん。学習能力があって良かったよ」
おい、そこの義息子。お父さんはお前を、父親を馬鹿にするような子に育てた覚えはありません。
上げた口角を引きつらせていると、アレンにギュッと抱きしめられる。
「怪我がなくて良かった」
「女相手に怪我なんてする訳ないだろう」
「自分で無茶して怪我する可能性があるでしょう。勢いあまって転ぶとか、自分より重い彼女を持ち上げようとして手を痛めるとか」
「……………………」
全く信用がないことを理解した。
アレンは俺を獣とでも思っているのだろうか?
考えなしに突進して怪我するとか、どこの馬鹿だよ。
俺が呆れてアレンの腕の中で顔を背けると、エリザベート様がこちらを見ていることに気が付いた。
あれ? と思った時にはオクモンド様と話をしていたので、気のせいかもしれない。
それともオクモンド様とくっつけようと策でも巡らせているのか?
少しだけ、エリザベート様を警戒してしまう。
暫くしてオクモンド様と次兄、エリザベート様がこちらにやって来た。
「すまないな。せっかくのお茶会を台無しにしてしまった」
オクモンド様が謝罪するのを、長兄が笑顔で否定する。
「オクモンド様が謝られることではありません」
「ありがとう。申し訳ないついでに、本日はこれで解散にしてくれ。後日埋め合わせはするから」
オクモンド様と次兄はこれから、後始末をしなければならないため忙しいのだ。
長兄が頷く横で、俺も頭を下げる。
「いえ、お気になさらずに」
「本日はありがとうございました」
俺たちの態度に、オクモンド様は目元を綻ばせて「楽しかったよ。またね」と手を振り去って行った。
エリザベート様は控えめに会釈をして、オクモンド様の後ろをついて行く。
次兄には「帰ったら話を聞くからね」と寝ずに待っていることを遠回しに厳命された。
声に少しだけ硬いものを感じる。
俺が出しゃばったから怒っているのだろうか?
でも、怒られてもいい。
俺は直接手を出せて、王都に来てからのイライラがスッキリしたのだ。
我が行動に、悔いはなし!
晴れ晴れとした俺と長兄を、馬車乗り場までアレンが見送ってくれた。
アレンは愛おしそうに俺の頭を撫でると、長兄に対して手を振った。
「時間があれば、またおいで」
そう言った長兄にアレンは頷くと「明日、行く」と真顔で言う。
「明日かよ」
ゲラゲラ笑う長兄は、本当に楽しそうだ。
だが、次兄のあの態度では今夜は俺だけではなく、長兄にも雷が落ちるはず。
笑ってられるのも今の内だぞ~。
時計の針が、日をまたいだ時間に次兄は帰って来た。
そうして寝巻のまま俺と長兄が談話室に向かうと、次兄が俺に飛びついてきた。
「なんて危ないことをするんだ、セリーヌは。もしも逆上したイザヴェリ嬢に傷付けられたら、どうするつもりだったんだ。もう二度とあんな危険な真似はしないでくれ」
泣きつくような勢いでまくしたてる次兄に、俺は押されながらもその背中をポンポンと叩いた。
「ですが、お兄様。騎士様が動けないあの状況では、誰かが怪我をする恐れがあったのですよ。それならば、同じ女である私が動いた方がいいと思ったのです」
「だけど、エリザベート様やイザヴェリ嬢と違い、セリーヌはか弱い女の子だ。上手くいったからいいようなものの、万が一怪我でもしていたら、私はイザヴェリ嬢を殴っていたかもしれない」
誰がか弱い女の子だ?
まだ夢を見るかと呆れながらも、俺は大袈裟に驚いた声をあげる。
「まあ、ルドルフお兄様が暴力ですか? それは似合わないので、上手くいって良かったです。あ、私は罪に問われるのでしょうか?」
そうそう、ここ大事。
いくらイザヴェリが大暴れしたからといっても、俺は公爵令嬢に掌底をかました女だ。
これは紛れもない事実だから、バトラード公爵からの抗議は当然あるだろう。
王宮はそんな彼を押さえることができるのか?
俺は不安げな表情を作って次兄を見つめた。
するとキョトンとした次兄が、腕の中にいる俺を見た。
「何の罪? セリーヌは逆上したイカレタ女を止めてくれただけだよ。例え罰する必要があったとしても、私が全力で守ってみせる。セリーヌが罰せられることはない」
おお、次兄がカッコいい。
本当に、俺にデレている時とは全くの別人だ。
俺は素直に「ありがとうございます」と微笑んだ。




