やらかしちまった
「公爵の直訴を捨て置く訳にもいかず、あの場にいた全員に話を聞いた。その結果、全会一致でイザヴェリ嬢は正常だったということ。また責任転嫁した周りの令嬢も興奮状態にあったかもしれないが、正常であった。公爵が言ったセリーヌ嬢の傲慢な態度というものも、全て虚言である。これらを鑑みて、公爵の訴えは棄却する。イザヴェリ嬢には他の令嬢を傷付けた罰をしっかりと受けてもらうこととする。ああ、もちろん、その場にいた令嬢たちも騒動を起こしたということで、それ相応の罰が下される」
陛下の判断を、オクモンド様が「そうしてください」と同意した。
これで、王都に来た当日に絡んできた全員を罰することができる。
思わず『ざまあみろ』と思ったのは許してほしい。
「しかしこのような状況でまだ、イザヴェリ嬢をオクモンド様の伴侶にできると、公爵は本気で思っていたのでしょうか? 流石は旧王族派」
「私は気を持たせるような態度を、一度として取った覚えはないのだが」
次兄の呆れ声に、オクモンド様がチラチラとこちらを意識しながら困った顔で呟いた。
それを見た陛下が、揶揄うように声を上げる。
「お前がいつまでも独り身でいるのが悪いのだ。観念して、そろそろ誰かを選べ」
その言葉に過激に反応し、俺をジッと見つめるオクモンド様。
「選んではいます。色よい返事をもらえないだけで……」
陛下の前で、それ言っちゃいますか~~~⁉
陛下は熱い瞳で俺を見つめるオクモンド様を凝視している。
いたたまれなくなった俺は、そっと視線を逸らした。
いやいやいや、それ絶対、今言っちゃダメなヤツ。
背中にジトリと汗が伝う。
「王族専用の庭園で君を見かけた時も思ったのだが……そういうこと、なのだろうか?」
陛下の微妙な視線を受けるが、俺は視線を逸らしたまま動けない。
え、これ俺が返事しなければいけない状況?
チラリと隣にいる長兄を見るが、彼はニヤニヤと笑ったまま陛下と同じように俺を見つめている。
この野郎、と思いつつも長兄は大まかなことは知っていても詳細までは知らないから、正直口は挟めないだろう。
ならば詳細を知っている次兄にと助けを求めようとしたが、手前にオクモンド様がいるので彼と目が合ってしまった。
頬を赤らめジッと見つめられている。
「うっ」
ダラダラと汗をかき始めた俺に、救世主が現れた。
「いい加減にして、オーク。セリーヌは断ったでしょう。彼女は僕の」
いつもの次兄ではなく、なんとアレン。
しかも僕の、と伴侶のような言葉を口にする。
陛下の後ろから唐突に口にしたため、陛下も驚いて振り返っている。
「……確かに断られたけど、アーサーのものでもないだろう。返事はまだのはずだ。そうだろう、バーナード殿」
オクモンド様が夢から覚めたように我に返り、長兄に訊ねた。
「そうですね。当主からは私が一任されていますが、まだ返事はしていません」
「私にも、まだチャンスはあるということだ」
勢い込んで言うオクモンド様に、アレンは無表情で言葉を返す。
「ないよ。僕と違ってオークは、本人にハッキリ断られているもの」
「~~~~~」
オクモンド様が反論しようとして言葉にできず、そのまま口をつぐんでしまった。
陛下がポンッと自分の膝を叩く。
「うむ。話をまとめると、オークはセリーヌ嬢に恋をしたが、アーサーも求婚していて、まだ返事はもらっていないという状況、かな⁉」
「オークは断られているよ」
「ああ、そうか。それは、どうしてだろうか? 理由を訊いてもいいかな、セリーヌ嬢?」
親の前で求婚を断った理由を述べさせるのですか⁉
意外と鬼畜だなと、俺は陛下に恨みがましい視線を向けた。
「すまないね。こんな所で言える話でないのはわかっているが、後日教えてもらう訳にもいかないだろう。何を言っても不敬には問わないから、答えてくれるとありがたい。あれかな? やはり王族になるのが嫌なのかな?」
陛下はここで真実を知っておきたいと、そう口にするので俺はもうヤケクソで答えた。
「はい。陛下は昨日の件をお聞きになっていると思いますが、私はイザヴェリ様を掌底で気絶させました。気持ちより先に手が出るタイプなのです。そんな粗野な私が王子妃になど、なれるはずがありません」
未来の王妃が気に食わないとすぐに臣下を殴る。なんてことになったら大変だろうと、俺は大袈裟に説明したのだ。
「オクモンド様にお気持ちをいただいたことは、大変光栄に思いますが、受け取ることはできかねます。申し訳ございません」
ペコリと頭を下げると、オクモンド様はこの世の終わりのような顔をしたが、陛下はふむっと口元に手を置いた。
「それはそれで、面白そうだ」
何を仰っていますか~~~⁉
兄上が意外とお茶目なのは知っていますが、これは面白そうだで済ませていい案件ではありません。
そんな暴力王妃、大問題です。
俺が目を丸くしていると、アレンが陛下の頭をツンッと突いた。
おい、こら、アレン、何してんだ⁉
この国の王の頭をツンって……。いくら陛下がお前と仲が良くても流石にそれは駄目だろう。
もう驚き過ぎて、何に驚いたらいいかわからなくなってきた。
「何、言ってるの、ヨハン? 面白いだけで僕のセリーヌを取らないで」
「……アレンがそれほど執着するなんて、珍しいね。彼女はそれほど特別なのかな?」
「興味を持たれたくないから答えない」
そう言ってプイッとそっぽを向くアレンに、陛下は不思議なものを見たという顔でアレンと俺を交互に見る。
それから陛下はまた、ふむっと言って暫く黙考した。
「アーサーの返事を保留にしているということは、君は別に偏見があるという訳ではなさそうだ」
「偏見?」
俺が首を傾げると陛下は今までに見たことのない、皮肉気な笑みを向けた。
「先日、庭園で君に会った時にも話したが〔血まみれ王〕の私の子供は、やはり怖いのかと思ってね。だから王族に入るのは嫌なのかと邪推したのだが、同じような立場のアーサーには断っていないということは、そういう理由で断られた訳ではないということだね」
陛下の言葉に、俺はカッとなる。
ああ、もう兄上はまだそんなことを気にしているのか⁉
確かに忘れられることではないが、それにしたって俺は先日もハッキリと言ったはずだ。
俺はバンッとテーブルを乱暴に叩いて立ち上がった。
驚く男性陣と思わず動く護衛の騎士たちを無視して、俺は兄上の眼を真っすぐに見つめた。
「先日も言いましたが、私は陛下の行いを尊敬しています。貴方は民のため、国のために自らその手を汚しました。それが貴方にとって汚点になることは、絶対にありません。そのような理由で断るなど皆無です」
キッパリと告げると、誰かのゴクリと唾を呑む音が聞こえた。
妙な緊張感が走っているようだが、そんなこと知ったことではない。
俺がセディの姿なら、いい加減兄上の頬を殴っているぞ。
確かに忘れられない出来事ではあるが、誰にもできないことを兄上はやってのけたのだ。
それを非難する奴がいるのなら、俺がこの手で成敗してくれる。
俺の顔を見つめながら、陛下はその顔をくしゃりと崩した。
「ああ、そうだね。君はあの時もそう言ってくれた。すまない、私の僻み根性だ」
「僻んでも後悔しても構いません。それほど大きな出来事ですから。ですがご自分でご自分を蔑むような言葉は、お吐きにならないでください。陛下を尊敬する私が、悲しくなります」
あ、つい自分の都合を口にしてしまった。
俺は慌てて自分の口を、両手で塞いだ。
だけど、結局はそういうことなんだ。
俺はただ、尊敬してやまない兄上の口から自虐を聞きたくないだけなんだ。
そしてハッと気付く。
明らかにやらかした。
たかが十五の小娘が、何をそんなに語っているんだと。
国のトップを捕まえて、偉そうに説教を垂れたのだ。
やらかし以外の何物でもない。
タラタラと冷や汗が流れ、力が抜けた俺はストンとソファに座り込んでしまった。




