表層都市と銀河補完機構本部――観測記
「ここが地表か……」
デュークは第一基盤ファウンデーションの地表にあるうずたかく盛り上がった発着場に降着していました。
「あれぇ? 遠くに光のスジが見えるぞ」
フネのミニチュアを操り、本体からすぽりと抜け出した彼の視覚素子は、遠く離れたところに、光が一線となった様子を捉えたのです。
「全周を囲んでいるみたいだな。レーザー測定開始……これは……近いものでも18,000キロもあるぞっ⁈」
デュークの放った測距レーザーが返ってきたのは120ミリ秒後——つまりそこにあるものはトンデモなく離れているのです。角度から推定するに高さは10キロ級の構造物のようですが、あまりにも遠い為に押しつぶされたようになっているのでした。
「こちらも、同じ結果ですぞ……地形と言うよりは、構造物にも見えますが……」
装甲服を纏ったゴローロがヘルメット越しに遠方を探査したところ、状況は同じようなのです。
「わらわの目には光しか見えんが――まぁよいわ」
キョウカ が黄金の面当てを傾け、じっと遠くを眺めて言いました。
「にゃ(遠い)?」
ニャル は尻尾をハテナマークにしながら、思念波で「訳が分からないよ」という曖昧な言葉を漏らしました。
そこへ背後から重い足音が近づきます。
「うむ、あれが表層都市だ」
立派な軍服の上にトーガを纏い、つば広制帽を軽く押さえて現れたオコートが白い髭が揺らして、豪快に笑いました。
「ここは星系規模構造物——曲率を計算に入れても、地平線はなお続く。遠方の都市の光が連なり、横幅が視界に溶け、光束だけが巡る。そういうことだな、ブオッフォッフォ!」
そう、ここファウンデーションは差し渡し30AUもあるため、高いところから見ると、地平線は670,000キロも離れたところにあるのです。
「ははぁ、ここは高度100キロ、そして大地が広すぎるから、地平線がそんなにも伸びるんだなぁ」
「なんともスケールの大きいことじゃ」
「行ってカエルには、遠すぎますな、ゴロロ」
「にゃ(るほど)」
皆が皆々あきれるばかりなのです。
「こちらも相当なものじゃがな」
キョウカがピンヒールのようになっている装甲化されたカカトで地面をコンコンと蹴りました。すると、キン! と硬質な音が鳴り響きます。
「……ビクともせぬわ。ふむ、わらわの装甲が負けたか」
実のところ、硬い音を立てたのは、キョウカ自身の足のほうでした。そしてセルヴィーレの装甲は、共生宇宙軍の正式なパワードスーツのものと同等の性能があるのですが、これが負けるとなると、地面がとんでもなく硬いことになるのです。
「……そうだね、センシングをしたけれど、まったくこれ、反応がないや。多分、これ超構造体の類だとおもう。色は全然違うけれど、前に見たことがあるんだ」
超構造体とは、単に硬い物質ではありません。時空剛体性と呼ばれる性質を持ち、外力を受けても、素材そのものだけでなく、その周囲の空間構造までが変形を拒む、と言われています。
「やはり、ここは上代……」
デュークは何かを言いかけたのですが、オコートが怖い笑みを浮かべながら「どうした、続けたまえ」などと言うものですから押し黙るほかありません。
「え、ええと……さて、こっちはっと……」
誤魔化すようにして振り向いた彼の目玉に、とある建物が――
「あれが、銀河補完機構の本部かぁ……」
10キロほど離れたところに、高い頂を持つ山の様な建物が聳え立っていたのです。
「まるで山のようだ」
それは、山ではありませんでした。
ですが、山と呼ぶほかなかったのです。
基部は銀色の超構造体でできた巨大な台地の上に這いつくばり、その上に、白い塔、青い球殻、金色の尖塔、半透明の回廊、羽根のような通信翼、神殿めいた柱廊、軍港のような発着ゲートが、まるで別々の文明が順番を守らず積み木遊びをしたかのように重なっていました。
「一つのパーツはすごいけれど……すごさの向きがまったくもって全部違うじゃないか。なんていったらいいのかな……ええと……複雑な建物?」
デュークは“無節操”と言いかけて、なんとか踏みとどまりました。
「うむ。十年に一度、議長国が変わるたびに増改築されたのでな」
実に何でもないことのように言ったオコートは、「あそこは、ラッキー星の様式であるな。あっちは、空手星か。ワシならあそこに……いや、それを考えること自体が無粋だな」などとイノシシ鼻をポリポリ搔きながら、批評を加えました。
「増改築……ですか」
「そうだ。新議長国は、自国の威信を示すために玄関を作る。議場を作る。塔を作る。記念回廊を作る。撤去はできない。予算と面子と文化財指定が絡むからな」
「ふぇぇ……予算と面子と文化財」
デュークはなんだか、別の方向で納得してしまったようです。
「つまり、あれは銀河政治の地層ってやつですな……戦場の塹壕より複雑怪奇なのが……なんともいえんところです」
塹壕で泥水に浸かった経験があるゴローロが、しみじみと言いました。ただ、塹壕と言うものは実に合理的に構築されていますから、これと比べるのは塹壕が可哀そうでしょう。
「ふん、権威を盛りに盛った結果、何が偉いのか分からなくなっておるわ。あれじゃ、寄ってたかって思い思いに好き勝手をした帰結じゃな。後先を考えてはおらぬ違法建築であるな」
キョウカがたいへん率直な評価を下しました。
「にゃ(一度焼く?)」
ニャルはなんだかなぁという顔をしながらオッソロしい言葉を吐きました。本物のネコなら違法建築めいた構造物は、格好の遊び場になるのでしょうが、彼の美意識にはそぐわないようです。
「焼くのは駄目だけど、言いたいことは分かるよ。同感だ」
デュークはもう一度、本部を見上げました。
確かに、それは歴史と権威がある建物なのかもしれません。
でも、同時に、長い時間の中で誰も整理できなくなった、銀河政治の掃きだめのような雰囲気が漂っていたのです。




