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未完の帝国

「なんとも、不思議なフネだなぁ。あの光はスターライン航法に似ているけれど」


 デュークは奇妙な光を放つ宇宙船を眺めながら、超空間航路で眺めた「ドクトルとネコの、“メチャンコ不思議”な科学のおはなし」を思い出していました。


「いや、相対速度はそんなに違わないし。そもそも視認出来ている時点で、超光速というわけでもないか」


 彼はフネをまじまじと眺めて自分との距離と位置から、そのフネが特段速いということもないことを確かめ――


「あ、加速した……って、あれっ?! 噴射してないのに加速しているっ?!」


 そう、そのフネは推進剤の尾をまるで引いていないのです。Qプラズマの輝きもなければ、反応質量の放出もない――にもかかわらず、その船は宇宙の闇をさらさらと滑るように加速しているのでした。


「何ですとっ!? それは物理法則に反していますぞ!」


「ほほぉ、なんともけったいなフネであることよ」


「にゃぁ(不思議)」

 

 なにしろ宇宙船というものは、何かを後ろへ捨てて前へ進むものだからです。Qプラズマでも、イオン噴射でも、光子ロケットでも、理屈はだいたい同じ――後方へ運動量を押しやって、その反動で前へ出るのです。


 だって宇宙には地面も空気もありませんから、帆船みたいに水をかいたり、飛行機みたいに風を蹴ったりはできないから――反応質量もなしに加速しているというのは、要するに、蹴るものも捨てるものもないのに前へ進んでいる、ということになるのです。


「まるで宇宙に櫂やオールを挿して、フネが勝手にすべっている感じだ」


「なにかの魔法でも使っているのでしょうや? 進んだ魔法は科学と同じ、という奴かもしれませんな」


「なにかの思念波能力の類ではあらんか。ニャルや、わかるまいか?」


「にゃん(使ってない)! にゃにゃ(ふしぎふしぎ)?」


 一同の中では最もサイキック能力に優れてたニャルが否定したところを見ると、どうやらサイキックの類でもなさそうです。デューク達は、目をぱちくりさせて驚くほかないのですが――


「あれは魔法ではない」


 オコートがすっぱりと断言しました。


「概念航法の類か、超弦航法だろう。空間を力ずくで押すのではなく、法則のかかり方そのものを、航行に都合のよい向きへ揃えておるのだ」


「ええと、概念機関って、第五艦隊根拠地で見たことがありますけれど、まだ試作品ですよねぇ。惑星内軌道列車のサイズが限界だとか……」


「そのとおりだ。我々はアレを使って多少なりともモノを動かすことはできるが、恒星間航行に使える程までに成熟させてはおらん」


「ということは、あのフネの……持ち主は相当な科学力をもっているんですね」


「うむ、航行技術と言う意味では、我々を超えていることは――」


 そう言ったオコートは、ブフォォと鼻から息を吐きながら「疑うべくもない」とつまらなそうに言いました。


「へぇぇ、共生知生体連合を超える科学力を持っているなんてすごいなぁ」


 デュークの言葉は、いかにも無邪気な感想でしたが、その中身は無邪気では済みません。銀河有数の科学力を持つ共生知生体連合を、こと航行技術で上回る相手など、そうそういるものではないのです。


 そして、そういう相手が自分たちの目の前に現れたとき、それを何と呼ぶべきか――年若い彼にも、もう分かっていました。


「アレは……」


 ブルリと龍骨が震え、司令部をわずかに揺らします。


「脅威ですね……」


「うむ……」


 デュークが漏らした感想に、オコートはいかにもそうであると言った風に頷き、深刻そうな表情を浮かべました。


「まずい、実にまずい……」


「う……」


 前執政官にして元帥である老イノシシのその表情と言葉に、デュークはゴクリと唾を飲み込むほかありませんでした。


 空気が、鉛みたいに重くなりました。

 誰もすぐには口を開けません。

 冗談も、軽口も、喉の奥でそのまま固まってしまったのです。


 相手は、ただ奇妙なフネではない。

 共生知生体連合を、こと航行技術で上回る何か。

 そんなものが、自分たちのすぐ目の前を、平然と滑っている。


 その事実は、士官候補生たちの胸に、じわじわと嫌な重みを落としていました。


 あれが、もし敵なら。

 あれが、もし量産されていたら。

 あれが――


「ふぇぇぇ……」


「うわわわわわ!」


「しおしおのぱー、じゃ、おしまいじゃ――!」


「にゃん……」


 デューク達の情けない声が、しんとした司令部に、ひどく大きく響きました。士官候補生達の頭の中で、脅威と言うものが負の想像力を活性化させて爆発させたのです。


「きょ、共生宇宙軍人は……狼狽えない! う、狼狽えるなっ!」


 オコートが、手をプルプルさせながら、大声を上げました。


「きょ、共生知性宇宙軍の軍人は決して動揺したりうろたえない――と言うことはないのだが! 少なくとも脅威を目にして思考を停止してはならない!」


 オコートはメチャンコ動揺しているかのようで、手にした眼鏡がブルブルと震えています。


「め、目の前にそんなものがあれば、創意工夫と勇気をもって最適解を導き解決するのが共生宇宙軍人たる努めであり、中央士官学校候補生ならばなおさら、である!」


 などと言ったイノシシは――


「……まぁ、ワシの若い頃にも、あれを見て驚いたものだからな。ちょうど今のおぬしらみたいにな」


 そう言って、オコートは震えていた眼鏡をすっと掛け直しました。


「ふぇ……?」


 鼻息をひとつ鳴らした老イノシシの顔には、もう先ほどまでの狼狽はありません。

 いつもの、食えない前執政官の顔でした。


 そして――


「ぶ、ブフォォ……いや、すまん。すまんのっ」


 老イノシシは鼻を鳴らし、ついには肩を揺らして笑い出します。


「な、なんで笑うんですかぁ?!」


「いやなに、ついさっきまで“アレは脅威ですね”と、いかにも歴戦の名将めいた顔で唸っておったくせに、その次の台詞が“ふぇぇぇ……”ではな。落差があまりにも見事で、ついからかってしまったのだ」


 オコートは、ようやく笑いを収めると、目元ににじんだ涙をぬぐいました。


 そして彼は最後にもう一度だけ、あのフネへ目を向けます。


「……まあ、安心するがいい。アレほどの代物が、ぽこじゃか量産されておったら、とっくに銀河の勢力図は書き換わっておる」


「え? あ……そ、それもそうか」


「アレは外交船でな。かつて超科学をもって銀河の半ばを制したとも言われ、だが、その栄光ゆえに自壊した帝国の船だ」


 オコートは、奇妙な光をまとった船を見やりました。


「往時の残り香だけを漂わせ、今ではただ長い余韻の中を漂っておる。少なくともワシの知る限り、害意を剥き出しにする手合いではない。ただ、生きておるのか死んでおるのかも曖昧なまま、ひたすら無為の時を積み重ねておる――そんな連中よ」


「そんな帝国が……」


「そう、名を“エンパイア・オブ・プレコンプリート(未完の帝国)”――真の名はいつしか忘れ去られ、今の言葉ではそのように呼ばれておる」


「へぇぇ、未完の帝国――ですか。銀河って、ほんと広いんだなぁ」


「うむ、なにせ銀河中央だからな、もっと癖の強いヘンテコな勢力だっておる。

 ……ま、楽しみにしておるがいい」


 それだけを言ったオコートは口の端を軽く上げて、実に愉快そうな顔をしたのです。

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